法術の授業
教卓に立つグラートとその真正面の席に着いているラスが、マンツーマンで授業を始める。
「さて、最初は復習からしていくぞ。まず魔法や呪法とは何だ、答えてみろ」
「ああ、魔法は想像力や解釈によって効果を定め、言葉によって術式を構築する。呪法は制約や代償を用いて、相手に対する強制力や己に対する対価を得る」
法術に関する知識はラスが前世の記憶を思い出す前に、両親から受けた教育の賜物である。
「よし、ではその2つに必要なものは何だ」
「魔法に必要なものは知識を具体化する識能とそれを生み出す発想力、呪法に於いては単純な知識量とそれを用いた応用力」
「あとは理力だ、魔法も呪法も効果や規模によって変動するが相応の理力を求められる」
ラスにとって悩みの種である。数度法術を使用しただけで理力不足に陥るため、ある程度有効打は与えられても継戦能力に難がある。
「そもそも理力の総量が低くてあまり法術が使え無いんだけど、どうにかする方法ってあるのか?」
「それに関しては理力を使い続けるしかない。筋力トレーニングや体力錬成と同様に使えば使うほど理力総量が増えていく」
「地道な練習が物を言うってことか……」
千里の道も一歩からである、そんな都合の良いことは無かった。
「他にも方法はあるが今は考えなくて良い、今のお前には危険が多い」
「……少し気なるが、分かった」
「無理をされても困る」
暫くは地道な訓練が続くのだろう。ラスには目的があるためそれを辟易することはないが、だが以前理力不足に陥った時のことを考えると近道をしてしまいたいと考えるのであった。
「碌な効果はないが、理力を多く消費する魔法を教えておこう。寝る前にでも使っておけ」
「助かる」
魔法を作るのにも相応の労力が必要なため、グラートの申し出はありがたかった。
「次は詠唱に関する復習だ、分かるか」
「ええっと、魔法や呪法の術式や効果を構築する言葉の技術」
これに関してはラスも曖昧である。両親が感覚派の天才肌だったのか詠唱の構築については未だ多くの理解が及んでない部分がある。
「正しいが、足りないな。お前の言ったことは間違いではないが」
グラートは続ける。
「詠唱というのは魔法技術と呪法技術の結晶だ。お前の言った通り言葉を使って法術を構築するが、その他にも効果の内容を暴露する制約と、時間の代償によって理力効率の向上や効果増強の恩恵を受けることが出来る」
「そんな効果が」
「ああ、詠唱の内容がより詳細なほど、より長いものほどそれらの恩恵が強くなる」
ラスにとっては盲点であった。創作物に於いて、それが長文なほど大規模で消費が激しいものと考えていた。
「ただし荒唐無稽な内容では駄目だ。詠唱時間をわざと伸ばすために出鱈目な内容にしてしまうと、理力自体が想像力の補正を行うために通常より多くの理力を消費してしまう」
前世の知識で言えば、理力は詠唱と魔法のバグを自動修正してくれるがそれにはより多くの理力が必要になるということだろう。
理力さえあれば動作する分プログラミングより幾分か楽ではあるが、生死を左右する場面で態々効率の悪いものを使ってはいられないのだろう。
「だが逆に、完璧に構築された詠唱というのは他にはない利点がある、それがなにか分かるか?」
ラスは逡巡する。
言ってしまえばバグが取り払われたプログラムのようなものだ。つまりは想像力の補正が必要ないという意味になる。
「……詠唱さえ知っていれば誰でも使えるようになる?」
「正解だ」
グラートは小さい笑みを浮かべながらそう答える。優秀な生徒を持って嬉しいのだろうか。
ラスは出会って始めて見たその笑みに、少しばかり驚いていた。
「じゃあ、それを使えば天魔を殺すことが出来る……?」
「残念ながらその回答は否だ。確かに理力効率で考えれば法術としては最高峰だが、効果の面で見れば天魔に対する有効打を与えるに至らない。それが光るのは都市防衛などの集団戦だ」
「誰でも使える法術だから、か」
「そのとおりだ」
先人の轍を踏むだけでは天魔を殺すには至らない。
「そもそも、詠唱という技術はまだまだ発展途上だ。もし過去に天魔を殺す法術が開発されていれば世界はもう少し広がっている」
「それもそう、か」
法術講義は続いていく。
午前の時間は法術の講義で終えた後、昼食を取ったグラートとラスは訓練場へと来ていた。ちなみに毒々しい色の肉や野菜は意外と美味であった。
グラートの管轄である第一訓練場。広々としており、それなりの人数が訓練に精を出している。
何人かはこちらを見て会釈したり、あるいはラスに対して同情的な視線を向けている。
正直嫌な予感しかしない。
「んで、ここに来たは良いが何をするんだ? 法術はあまり使えないぞ」
「走れ」
「え?」
「肉体は資本だ。法術が使えなくとも体が十全に動けば天魔を殺す可能性はそれだけ増える」
ここに来てまさかの脳筋である。
「そもそも、お前は理力総量が少ない。それが育つまでは基本的に身体能力を向上させる訓練を中心にやっていく」
「え、でも理力って使わないと育たないんじゃ」
「寝る前に理力を使い切って気絶すればいいだろう」
この男、真面目な顔で言っているのである。
ラスはこれ以上の反論は無意味だと感じ、走りに行くのであった。
「……わかった」
そう言ってラスは走りに行くのであったが、背後で微かにグラートが魔法を詠唱する声が聞こえた。
『……速……爆…………首……落……』
不穏な詠唱内容が聞こえる。
ラスは逃げるように走るが、それでも遅かったのだろう。
グラートの魔法が発動される。
ラスに魔法陣で作られた首輪が巻かれる。
背後には導火線が伸びており、ラスの走りに合わせてそれがたなびいてる。
以前見たグラートが使う魔法の性質を考えると、どう良いように想像してもそれが辿る結末は最悪の一言だった。
「一周したら導火線を伸ばしてやる」
「殺す気かっ!?」
「ああ、精々死ぬ気で走れ」
「……畜生っ!!」
そう捨て台詞を残してラスは走るのであった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
思いの外導火線が短く、そして訓練場も広かった。それ故相応の速度は走らなければならず、走った後は膝に手を着いて呼吸を整えていた。
走ってる最中、自主練をしていた観客から賭けをしている声が聞こえた。
内容はラスが何周走れるかのようだ。
何時か泣かすと決意したラスはとりあえず、1周を根性で走りきった。
「余裕がありそうだな、もう一周だ」
「!?」
再度新たな導火線が付け足された。先程のより短く見える。
「~~!!」
言葉にならない声を上げながら、また走りに行くラス。
「もう一周」
「!」
次も
「まだだ、もう一周」
「……! ……!!」
そのまた次も。
「もう一周」
「……、……」
更に次も。
「もう一周」
「」
グラートは追い込みをかけるように継ぎ足す導火線を徐々に短くしながら、ラスに走るよう命令する。
10周も過ぎた頃、観客は飽きたのかそれぞれの訓練に戻っていった。
そしてラスは死にかけだった。
走る以外のことに考えを巡らせず、肺や足の痛みを意識から外す。
このときばかりは子供の特有の無尽蔵の体力に感謝するのであった。
「もう……ふむ、やめ」
グラートから終了の合図を聞き、ラスはその場に倒れ込む。
漸く終わった開放感とは別に、正直首元で導火線が燃える音がトラウマになっていた。
何度も危ない場面があった、その度に気力だけで速度を上げ、グラートから導火線を伸ばしてもらっていたが、限界なんて疾うの昔に超えていた。
ラスは視線だけ動かしてグラートを睨んだが、その様子にグラートが溜息を付いた。
「そもそも殺すわけがないだろう、精々火傷を負わせるのが限界だ」
「……!! ……!!」
ラスの言葉無き抗議がグラートを責める。
それをなんてことはない様子で受け流したグラートが口を開いた。
「それにしても、よく法術も使わず気力だけでここまで走れたものだな」
ラスは(その手があったか)と考えたが後の祭りである。
「そ、そも……カヒュー……そも……ゼエ……首、首輪を……ゲホ……」
「何言ってるかわからん、まずは呼吸を整えろ」
ラスが呼吸を整えること数十分、漸くまともに喋れるようになったラスが口を開く。
「そもそも、首輪を、付ける必要が、あったのか?」
「人間追い込めば自ずと限界を超えて動けるものだ」
「ふ、ふざけ……」
「それに言っただろう、甘えは許さんと」
有言実行しただけではあるがそれはもうスパルタだった。
「……分かった、もう少し休ませてくれ……」
「何を言っている、次は戦闘訓練だ」
そこからラスは、持ってきた武器の素振り、ふっとばされたときの受け身、グラートとの打ち合いで半死半生で部屋に帰ったのであった。