諦めを殺す
「知らない天井だ」
ラスは目を覚ますとそこはとある部屋の一室だった。
「まさかここに来て有名な台詞を言うことになるとは」
周囲を見回すとラスが寝ていたベット、机に椅子、そして恐らく魔法技術で作られた照明。そして窓の外を見てみるとそれなりに高層階に位置するようだ。
部屋はそう広くないが、一人で暮らす分には十分だろうと思える広さをしていた。
前世はアパートの一人暮らしだったが、この部屋はそれより幾分か上等に見える。
「目を覚ましたか」
数度のノックを経て、部屋に部屋に入ってきたのはグラートだった。
「ああ、ここは?」
「お前が今日から暮らす部屋、寮の一室だ」
「結構いい部屋もらえるんだな」
「法術使いは常に人材不足だ、部屋はいくらでも余っている」
建築、運送、生産。ありとあらゆる事業に法術が関わってきているため、法術を使える人間はいくらいても足りないのだという。
この都市を天魔から守る防衛戦に際しても、犠牲者が出ることが避けられないため、この都市には常に法術を使える人間を欲している。
「これから半刻後に授業を始める、準備を終えたら着いてこい」
「え、もうやるの?」
「時間は有限だ、天魔を殺したいのなら悠長に休んでいる暇はない」
そう言ってグラートは部屋の外へ出る。
とはいえラスは殆ど着の身着のままでこの都市へ来たため、準備することなどあまりないのだが。
とりあえずラスは身を清める魔法を発動させる。
なんも考えてないため即興の魔法だが。
『濯ぐ天恵、泡立ちの薬、湯を張りその身を整える』
――湯浴みの法
全身が風呂上がりのようにさっぱりとし、湯船に入ったかのように体調が整えられる。
それと同時に軽い頭痛を覚える。
恐らく一度に理力を大きく消費した症状だろう。以前ほど大きく消費したわけではないが、それでもラスの保有している理力では負担が大きいのだろう。
つまりはイメージした物が過剰だったのだ。
「性能はめっちゃいいけどすごい消耗する……もう少しグレードダウンして皮脂や汚れを落とすぐらいに留めよう」
そもそも前世でラスは基本シャワーのみで湯船に入ることもあまりなかったため、言ってしまえばここまでするのは過剰であった。
だが、ついでとばかりに服も綺麗になっているのは嬉しい誤算だ。
ラスは親からプレゼントされた各種装備を持ち部屋を出る。
部屋の前にはグラートが立っておりラスを待っているようだ。
「待たせた、準備は終わったよ」
「そうか」
グラートはそう返して、歩き始める。
「まだ時間はあるが、これから何をするんだ?」
「各施設の案内だ」
昨日今日とでこの2日間関わってきたグラートだが、相応に真面目な気質だとラスは理解した。
だが、ラスから見れば至れり尽くせりである。正直ここまで優遇されて良いのだろうかと考えてしまう。
「そもそもお前はまだ子供だ、大人としてそれを放り出すことは出来ない」
ラスの表情を見て、何を考えているのか察したグラートはそう言った。
「……分かった、存分に甘えさせてもらう」
「だが訓練では甘えは許さん、甘えた人間を生かすほど天魔は優しくはない」
「それは理解しているよ、グラート」
「……それもそうか」
そう言ってグラートは歩みを進めるのだった。
「これが昇降機だ」
「まあ高層建築だしあってもおかしくないよな……」
「磁性魔法を利用しているが詳しい仕組みは知らん」
「まさかのリニアモーター」
「ここが食堂だ」
「ほーん、色々あるんだな……これ食えんの?」
ビュッフェ形式で様々な料理が提供されているが、中には毒々しい色の肉や野菜が置いてある。
「不味くはないとだけ言っておく」
「ここが浴場だ」
「こっち入ればよかったな……」
「お前は……魔法か」
「いや、今度からこっちを使わせてもらう。消費が激しくてそう簡単に使ってられないからな」
「ここが訓練場だ、第七まである」
「個人で使いたい時はどうすれば良い?」
「第一が俺の管轄だ、使いたい場合は俺に言え」
「グラートって何者?」
「ここの教官だ」
「そうなの!?」
「ここが最後だ」
札の立てられた教室が幾つも見られる。
建築科、農業科、錬金科、医療科、輸送科。
以前見た免許が必要な依頼に沿った教科にその他多種多様な立て札が見受けられる。
「言ってしまえば免許講習みたいなものか?」
「間違ってはいない。自身の目的に沿った科目へ行き、履修が完了すれば科目の教官から資格試験の許可が降りる」
そう言ってグラートは一つの教室に入っていく。
立て札には法戦科と記載されている。
「ここだ」
「……誰も居なくない?」
「……遠征や時期的特性もあるが死亡率が最も高いからな、誰もが敬遠する」
「まじか……」
安定を求めるのは何処の世界も同じなようだ。
「それに求められる能力も非常に高い。常に最前線に立って魔物や使徒、そして天魔を殺すことが目標なのだからな」
「その天魔を殺せる人間ってのは何人ぐらいいるんだ?」
「両の手で数えられるくらいだ」
「……え? ……この都市よく滅んでないな……」
「都市防衛専用の科が存在する、ここに所属しないものはそこを兼任する義務がある。だからこそ防衛が成功している」
防衛科と呼ばれるらしい。集団戦かつマージンを取って運用されているため死亡率が低いそうだ。
「この科の目的は狭まってしまった世界の解放だ。天魔を殺し尽くし、生存領域外の探索と開放をする」
それは人類に最も必要とされる能力だ。
だが天魔という強大な力を前に心を折り、諦める者が多い。
だからこそ安定、言い換えてしまえば停滞を求める者が多いのだろう。
「いいかラス、天魔というのは何も不死身じゃない。殺せば死ぬ存在だ」
「……ああ、それは俺の父さんと母さんが証明している」
「そうだ、それを理解していないからこそ皆心が折れ、諦めてしまう」
グラートの目には決意が宿っている。必ず世界を人の手に取り戻すと。
「諦めを殺せ、畏怖を殺せ、恐怖を殺せ。その果てにあるものが人類の解放だ」
「……ああ! もう一度お願いする、俺に天魔を殺す術を教えてくれ!」
ラスは土下座する勢いで頭を下げ、グラートに頼み込む。
「よろしい、席に着け。授業を始めよう」