入校試験
ラスは各種手続きを終えた後、グラートに連れられとある施設に来ていた。
建物の中だと言うのに芝生が生えており、四方は恐らく魔法的な処置が施されている鈍色に光る石材だ。
「これより監督官を務めるシャーリアだ」
脇にはシャーリアと名乗る女性がおり、そして対面にはグラートが立っていた。
髪は背中の中ほどまで長く色はダークブロンド。銀縁の眼鏡を掛けておりその顔は怜悧な印象を与える。
仕事ができるOLみたいだなとラスは考えた。
「態々組合長が出張ってくる試験じゃないはずだが?」
「仕事のことなら安心してくれ、喫緊処理しなければならない仕事はすでに終わっているからな」
「そういう理由じゃないが」
シャーリアと好奇心が抑えられないという表情でラスを見遣る。
「いや何、グラートにしては随分好意的な内容を書くものだと思ってな。それに天魔が襲来した町で唯一の生き残りだ、それはそれは興味が唆られるものだ」
ラスは思った。
――こいつもしかして碌な人間じゃないかも。
「お前が何を考えているか予想はつくが、私はまだまともよりだ」
ラスはそれを自分で言うのかとも思ったが、グラートの方を見ると小さく頷いた。
これでまともなら他にはどんな奇人変人がいるのだろうと、少々心配になるラスであった。
「まあそれは置いといてだ、試験を始めよう」
「分かった、何をすれば良い?」
シャーリアはラスの緊張した面持ちを見て小さく笑う。
「そう緊張しなくても大丈夫だ、飽くまで魔法と呪法を使えるか確認するだけだからな」
シャーリアが言うにはぶっちゃけ使えなくても問題ないとのこと。
使えないのであれば実用に耐えうる段階まで教育と訓練を行うまで。
飽くまで習熟度合いを確認し、教育や訓練を調整するためにこの試験を行うようだ。
「わかった。組合長のお眼鏡に適うか分からないけど、やるだけやってみよう」
「うむ、その意気だ。さしあたって適当な攻撃魔法でも撃ってみろ、的はグラートでいいだろう」
「だから正面に立っていたのか……」
確かにあの爆発を受けても傷一つ無いグラートならば、ラスの使う魔法程度余裕で受け切るだろう。
半ばそうなるだろうと予想していたグラートはため息を付来ながら背中のグレートソードを盾のように構える。
「……来ると良い、多少のことでは傷は負わん」
そう聞いたラスは多少躊躇いつつも魔法の詠唱を始める。
『荒れろ埋火、食らえ火鳥、飛んで火に入れ夏の虫』
――飛炎
ラスの掌から炎で作られた鳥が、羽を畳み弾丸のごとくグラートに急襲する。
だがグラートはそれを大剣の腹で受け、難なく防いでみせた。
「魔法の構築に無駄があるが、威力は申し分ない。及第点だ」
「確かに、火で鳥を作る必要は無いよなぁ」
「でも魔法を使うのはこれで二回目なんだろう? それでグラートから及第点を得られるなら十分素晴らしいことだよ」
それに魔法には華が必要だ、とシャーリアが続ける。
「魔法なんぞ、天魔を殺せれば十分だろう」
「いやいや、お前の魔法は野蛮が過ぎるぞ。我々は知性ある人間なんだ、その証として華を求めるのは何も間違っちゃいない」
会話が白熱しそうなところをラスが割って入る。
「ちょっとまって、議論なら他所でやってくれ」
試験中だと思い出した二人はそれもそうだと言い、試験を再開する。
「では次は呪法を使ってみてくれ、必要なものはあるか?」
「いや、多分いらないはず」
そう言ってラスは詠唱を始める。
『規則制定、たとえそれが血戦だとしても、敬意を忘れることなかれ』
――開戦礼
そう詠唱したラスは深々とお辞儀を行う。
そうして顔を上げるとグラートに異変が起こる。
グラートの手から滑り落ちる大剣。
「……これは」
グラートは数瞬の間思案を巡らせ、ラスと同様に深々とお辞儀した。
すると、効果が切れたのか先ほどと同様に大剣を拾うことが出来た。
「なるほど、礼を執らない者に戦闘行動を禁止にさせたのか」
シャーリアが感嘆とした声でそう呟く。
「ああ、恐らく走ることも拳を振るうことも出来ないだろう」
「代償は己も呪法の効果に入る、つまり発動者でも礼を執らなければならないことか」
「へぇーそうなんだ」
ラスとしては正直何が起こるか分からなかったため、効果が発揮されるだけありがたいと考えてた。
その様子にシャーリアとグラートは呆れた表情をした。
「そうなんだってお前な……」
シャーリアが苦言を呈する。
「いやまあ基礎は教えてもらっていたけど今まで使ったこと無いから……」
「しかしまあ自分の動作を代償に含ませるなんて面白い考え方をするな」
そこら辺は前世の創作物の賜である。
己に制約を課す代わりに有利な効果を得るというのは、創作物ではよくある話だった。
「とにかく、基礎学習と基礎訓練は必要なさそうだな。そうだな? グラート」
「ああ、問題ないだろう」
シャーリアとグラートが何か相談している最中、ラスは徐々に顔を青くさせる。
「……? どうしたラス」
「ごめん、もう限界」
そう言ったが最後、ラスはその場でぶっ倒れた。
理力不足である。
気力と根性のみで、なんとか毅然とした態度を取っていたがついに限界を迎えた。
「やはりあの呪法は消費が多かったか」
「そんなこと言っている場合ではないだろう、早く運ぶぞ」
最後の最後まで締まらないラスであった。