トーザンド
最前線主要都市 トーザンド
天魔の襲来に対抗するべく作り上げられた都市。
規模は王都を有に超える人間種の最大都市。
都市の様式としては、少ない土地を最大限活用するべく、幾つもの高層建築と広大な地下施設によって土地を確保している。
人間種のあらゆる技術や娯楽が集まる摩天の楼閣。
地上は5つの区画に分かれており、居住塔、商業塔、生産塔、行政塔、そして法術塔に分かれている。
建築様式が違う幾つもの塔が乱立しており、それを繋げる橋の存在もあってその様相は混沌を醸し出している。
地下に至っては迷宮と呼ぶに相応しく、入ったが最後そこから戻らなかった者も多くいる。
恐らく人類の生存可能領域で最も危険で、最も安全な都市。
出典、『都市概要パンフレット』より一部抜粋。
ラスは防壁の門を潜り、都市内部を眺めて呆然としていた。
幾つもの高層建築が乱立する都市内部。そしてそれらを繋げる橋。
それらは現代の建築技術を優に超えていると言っても過言では無いような気がした。
現代のような鉄筋と硝子で作り上げられたビルのようなもの。
漆喰と木材で組み上げられた前世の日本の遺産を彷彿とさせる塔。
石と煉瓦を積み上げられた中世ヨーロッパの建物が縦に伸びた塔。
前世の知識から鑑みて世界樹と呼んで差し支えない大樹の中をくり抜いて作り上げられた塔。
紫色の金属光沢を感じられる表面が滑らかな箱のような塔。
それらの建築物も、都心部のビル群の高さを優に超えてるようにも見えた。
混沌とした様にラスは頭痛を堪えるかのように頭を抑える。
ラスの考える異世界というものは飽くまで中世ヨーロッパを舞台として、異国情緒溢れる世界を期待していたのだ。
実際ラスが以前まで住んでいた町は中世ヨーロッパと言って差し支えなかったのだ。
「……聞いてない、こんな混沌、聞いてない……」
とは、ラスの心の句である。
それを聞いたグラートは更にラスに対して頭痛の種を撒く。
「地下は地上の比じゃないぞ」
「これより上があるの!?」
それを聞いたラスは空を仰ぐ。
常に日の光が差さない曇天と、視界の端を埋め尽くす塔とそれを繋ぐ橋。
本当にとんでもない世界に転生してしまったと、ラスは考えた。
だが、納得のできる話でもある。
天魔という到底力の及ばない奴等相手にこうもしぶとく生き残っているのだ。
それに、戦争というのは技術の発展を促すものだ。
何百年も戦争を続けていた人類の技術が脆弱であるはずもなかった。
「すごいな……」
語彙力の消失した、感嘆の声でそう呟く。
「着いたぞ」
「ここは?」
ラスとグラートは先ほど見た中世ヨーロッパ風の建物へと来ていた。
「魔呪統合組合だ」
魔呪統合組合。又の名を法術ギルド。
魔法及び呪法を使えるものが所属している。
主として法術開発及び仕事の斡旋。さらには教育や訓練等の学園としての側面も持っている。
この都市は多くを魔法、呪法に依存しているため常に人手不足に悩ませている。
そこで法術ギルドが教育や訓練を担い、その門を大きく開くことでその人材不足の解消をする、と言うのが設立の目的のようだ。
「組合長のところへ行ってくる、少し待っていろ」
「わかった」
ラスはグラートを待つ間、法術ギルドの内装を見やる。
受付に依頼を張り出す掲示板。近くには併設された食堂に至っては喧騒に包まれている。
「ここだけ見れば異国情緒ある異世界なんだけどなぁ……」
そう呟きながら依頼の内容を確認する。
魔物及び使徒の討伐依頼、都市の外への採集依頼など創作物でよく見る依頼から都市防壁の修繕、魔法農業の従事、更には飛行魔法を用いた運送等幅広く仕事を募集していた。
これらを見るとこの都市がどれほど法術に依存しているのかが分かる。
土木に農業、加工産業や運送、医療に至るまで法術が利用されている。
「ええっと条件は……魔法建築士に呪法医師免許、法術航空免許か……免許や資格が必要なのはどこの世界も一緒か」
それもそうかとラスは納得する。
半端な知識で重大な事故を起こせば、責任は個人のみならず法術ギルドへ行く。
それらを防ぐためには各種免許が必要なのは理解できる話だ。
しばらく依頼を眺めているとグラートが戻って来る。
「戻ったぞ」
「ああ、おかえり」
「依頼に興味があるのか?」
熱心に依頼の掲示板を見ているラスを見てそう思ったのだろう。
「そうなんだけどさ、今の俺に出来そうなものはなさそうだなって」
「当たり前だ、魔法や呪法というのは専門職だ。素人が簡単に出来るものじゃない」
だからこそ法術ギルドが教育や訓練を担っている、そうグラートは締めくくった。
「それとこいつだ」
「なにこれ」
グラートから書類が渡される。
内容を見るに居住手続きと法術ギルドへの入校手続きのようだ。
「暫くは俺が面倒を見よう」
「それは助かるが……いいのか?」
「子供が気にすることじゃない、本来ならお前は親の庇護下に入っているべき人間だ」
グラートはそれに、と続ける。
「お前には意志がある、強大な力を持つ天魔を目にしても尚殺すという意志が」
確かにラスはそう言った。
どれだけ彼我の差が離れていようとも両親を殺した敵だ。
諦めるというのは両親の犠牲を無駄にすることになる。
グラートはラスの頭を撫でる。
「精々励め」
「わかった、この恩は必ず返す」
「いらん、どうしてもと言うなら天魔を殺せるまでに強くなれ」
「……ありがとう」
こうしてラスは、天魔を殺す第一歩を踏み出すに至ったのであった。