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救世の英雄とまもりがみ ~世界を守った英雄と手を繋いでお茶してたらなぜか成り上がってしまった田舎娘の話、聞く?~  作者: 万丸うさこ


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第35話 幸運くじ高額当選者

 「セーデン家から籍を抜くんならアンナは平民になるってことだろ? そしたらほら、生活とか困るじゃないか。平民が王都で聖女として生きてくなんて大変なことだって、アンナでもちょっと考えたらわかるだろ」


 こちら側が呆気に取られて黙った隙に、オリヤンがうんうんと自分の言葉に頷きながら続けた。


 「俺なら伯爵家だし、王都にうちのタウンハウスもある。宿なしになるお前を十分支えてやれる」


 何を馬鹿なことを言っているのか、これから妻になるはずの妹の形相を見てみろ。オリヤンが王都に来たら誰が妊婦である妹に寄り添うのか。

 そもそも領地を持つ貴族は領地にいてこそ、という主張だったはずだ。だから王都へ出稼ぎにきたアンナのことを次期当主として認めず、はしたないと言って、領地で過ごす妹と好い仲になったのではなかったのか。


 と、そんなふうに、言いたいことはたくさん頭の中に渦巻いていた。

 怒鳴ろうと大きく息を吸ったのに、瞬間的に大声を上げて意見を主張することに慣れていないアンナは結局言葉に詰まってしまった。だけど頭に思い浮かんだ言葉うち、せめてひとつだけは目を見て言ってやろうとアンナは顔を上げて、オリヤンの顔をまじまじと見る。


 「……っ」


 ――ぞっとした。


 歯を見せて笑う彼の口角は今まで見たことがないほどに吊り上がり、目尻まで頬の肉が持ち上がっていた。それは一見すると、明るくて気さくな笑顔に見える。

 けれど目は丸く大きく開いていて、おっとりした人だと思っていたオリヤンの焦げ茶色の瞳は、アンナの顔を凝視したままギラギラと光っていた。


 長い付き合いで一度も見たことがなかったオリヤンの異常な様子に腰が引けて、アンナは喉に詰まっていた言葉をそのままのみ込んだ。

 なぜかオリヤンのことを止めないユーン伯爵や両親の顔を順番に見れば、彼らの様子もまた異常なほどギラギラしていることに気がついた。


 「オリヤンの言う通りだ。もちろんタウンハウスは自由に使ってくれたまえ。平民になるからといって遠慮することはないよアンナ。君は私たちユーン家にとって娘のような存在なのだから。いや、今からだって息子と結婚したら本当に娘になるじゃないか!」


 「そうだな、それがいい。アンナもオリヤン君が側にいてくれたら安心だろう。彼は筆まめだからな。お前が聖女として忙しいなら、彼を通して私たちと連絡も取れるのだし」


 その手があったか! という顔をしてアンナに微笑みかけるユーン伯爵と、そうすれば娘との縁もまだ繋がるかもしれないとほっとした笑みを浮かべる両親。

 堂々と他の女を支える宣言をした自分の夫となる男の言動と、まさかそれを全面的に認める両親へ驚愕の表情を向ける妹以外は、みんな気持ちが悪いほどの笑顔だった。


 どうしてそんな笑顔で、今さらこんなことを言うのだろう?


 首を傾げるアンナの顔を、イェルド様が心配そうに覗き込んでくる。

 エレオノーラ様がアンナとイェルド様を庇うように仁王立ちになり、「そうしよう」「良い考えだ」と頷き合う両親たちを睨みつけた。


 アンナの(がわ)に立つ二人の気配に、オリヤンたちの正体不明な熱量にぼんやりしていた思考がハッと正気づいた。

 そしてギラギラとした熱を孕んだ視線を向けて笑顔を浮かべ続けながら、「アンナが聖女になるなんてなあ」と媚びるように言う彼らのその様子に、ふと当てはまるものが浮かぶ。


 幸運くじ高額当選者に群がる、見たことも聞いたこともない親戚や友人。

 そういう知らない親戚知己の狙いは言わずもがなである。


 オリヤンがアンナのことを支えるなど言い出したのも、ユーン伯爵や両親がそれに賛同し、「オリヤンと結婚」などと信じられない言葉を吐いたのも、アンナが今日これからいただく〝聖女〟という肩書から想像できる利益のせいだろう。

 利益の中にはラーゲルブラード兄妹への取りなしも含まれているに違いない。


 それがなければアンナがセーデン男爵家の人間でなくなることも、元婚約者としてどころか幼馴染みとしての縁も切れることも、彼らにとっては毛ほども動じるものではなかったはずだ。


 この期に及んで彼らは作り笑いと優しく聞こえる言葉を報酬に、利益と保身をアンナに要求している。


 「お前たち……っ!」と白いヒールを鳴らして一歩前に踏みこんだエレオノーラ様を、アンナが止めた。

 振り返ってアンナの真意を問うエレオノーラ様へ、アンナは小さく首を横に振る。


 とてつもなく恥ずかしかった。

 アンナの両親と元婚約者とその親は、王城からの通達をほとんど何も理解していなかった。

 なぜイェルド様やエレオノーラ様がこんな場を設けてくれたのかも。


 さらに身重の妹よりもアンナを取った。

 自分たちの主義主張とは合わない行動をとるアンナを切り捨てて妹を選んだ時と同じように、自分たちの利益のために今度は妹を切り捨ててアンナを選んだのだ。


 「やめてよ……」


 そしてアンナが、それを喜ぶと思っている。


 「アンナさん」


 「大丈夫、です」


 心配してアンナの肩を抱いてくれるイェルド様の腕にすがりつきそうになりながら、アンナは恥ずかしさに震える足を叱咤して床を踏みしめた。


 こんなに優しいイェルド様は救世の英雄だ。民を思いやる次期公爵で、髪に魔王のとんでもない呪いがかかっても自身を立派に律してくじけなかった強い人。世界が自分に重くのしかかってきても、他者を思いやれる情け深い人だ。

 エレオノーラ様も魔王を打ち取った英雄の一人で、世界を滅ぼす呪いを解いた聖女だ。兄が世話になったからと、アンナにも思いやりを持って親切に接してくれる。アンナが家族とのわだかまりが解けるようにと、わざわざ間に入ってくれた。


 一ヶ月前までは顔を合わせたこともなかったイェルド様やエレオノーラ様は、アンナのことをこんなにも慮って、尊重してくれるというのに。

 それなのにどうして血の繋がった実の家族や、家族同然に過ごしてきた幼馴染みやその父親が、アンナがこれから聖女になることで得られるだろう〝自分たちの得〟に執着し、アンナのことを軽んずるのか。


 アンナは今まで出したことがない低い声で言った。


 「これ以上、この場で、この優しい二人の前で、卑しい真似をするのをやめて。自分たちの価値を貶めるような、恥ずかしいことを言わないで……!」


 こんなふうに言い合うような間柄になってしまったけれど、生まれてからこれまでの間に楽しいことも嬉しいことも幸せなこともたくさんみんなで経験してきたのだ。

 それを自らの手で叩き割るような醜い姿を、魔王を倒して世界を幸せにしたラーゲルブラード兄妹へ見せて平気な顔をしないでほしい。


 情けなくて涙が滲んだ。

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