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救世の英雄とまもりがみ ~世界を守った英雄と手を繋いでお茶してたらなぜか成り上がってしまった田舎娘の話、聞く?~  作者: 万丸うさこ


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第30話 聖女!

 アンナはゆっくりと身を起こし、立ち上がってスサンナさんから距離をとった。


 いくら結界に守られているとはいえナイフを両手で握りしめた人の正面には立ちたくなくて、彼女の背後に回り込む。

 その間、スサンナさんはぴくりとも動かなかった。


 「私の実家のベントソン侯爵家はニーマン侯爵家と親戚関係で、業務提携をしています。……だけど魔王のせいで我が家は商会の販路を多く潰されて、人も多くが亡くなり……」


 まるで断頭台の刃に首を差し出すかのごとく項垂れたスサンナさんが、囁くように紡ぎ出した言葉は、アンナが聞いた「なぜ」の答えのようだ。

 さらされたうなじには、皮に張り付くように骨が白く浮いていた。


 「最近はニーマン家に大金を借りていて……」


 ニーマン侯爵とは。とアンナは首を傾げ、頭の中でどこかで聞き覚えのある家名を探る。


 「えーっと、イェルド様の元婚約者が確か、ニーマン侯爵家でしたっけ?」


 アンナの言葉に、スサンナさんは床を見つめたまま頷いた。


 「ニーマン侯爵家自体も焦っているのです。救世の英雄となったイェルド様と娘を再婚約させて、ラーゲルブラード公爵家からの許しと信頼を得たとアピールしなければ、と。魔王が倒されてこれから社交界がどんどん活発になるというのに、婚約解消のせいでとても評判が悪いですから」


 そのために……と、スサンナさんはうつむいたままアンナを振り返った。

 髪と同じ栗色の瞳がぬらりと光り、戸惑うアンナを上目使いに映す。


 「イェルド様の隣は空いていなくてはいけない。……聖女様と結婚などされては困るのだそうです」


 聖女! と、アンナは目を見開いた。


 よくわからないままに祭り上げられた聖女の身分が、まさか命を狙われる理由になるとは。


 いや待て。

 それよりもその言い方だと、アンナがイェルド様と結婚することがまるで既定路線のようではないか。


 訂正しなければならない話を聞いたような気がした。

 ――が、「それに、ニーマン侯爵家は邪神教徒と関係があります」と、スサンナさんが静かに呟いた言葉のほうがはるかに聞き捨てならない。


 「魔王のせいで領地の鉄鉱山を潰され、娘のせいで評判が悪くなってもニーマン家が揺らがなかったのは、邪神教徒たちがニーマン侯爵領をアベニウス王国での活動拠点とするかわりに多くのお金を支払っていたからです」


 「まさかニーマン侯爵自身も邪神教徒なんですか……?」


 ラーゲルブラード兄妹が今はもうニーマン侯爵家とは関係を断っているとはいえ、あまりに近いところにいた邪神教徒の存在にアンナは不安になった。


 アンナの言葉に、スサンナさんは首を振った。


 「彼らは教徒たちを利用しているだけで、邪神の存在も信じていません。けれど終末は望んでいます。というよりも、魔王が倒される前の混乱を望んでいるのでしょうね……」


 魔王が倒されて混乱から脱し、救世の英雄たちの存在の輝きが増し始めると、邪神教徒の異物感が浮き彫りになってきた。

 終末論と邪神を崇めて世間を騒がせ、追いつめられれば躊躇なく神殿に放火をするような邪神教徒たちの暴力性を、世界中の人間が危険視し始めたのだ。


 そして呪いの発動を狙う邪神教徒たちに怒りを抱いた世界中の指導者が、邪神教徒の殲滅に本気になってしまった。


 魔王がいて魔物が暴れまわり、邪神教徒たちが不安を煽って混沌としていた時はニーマン侯爵家も隆々としていた。混乱が彼らに味方をしていたのだ。

 それなのにそれらが全部なくなってしまえば、評判の悪い彼らは浮かび上がれないかもしれない。


 ニーマン侯爵は呪いのことは知らないらしい。けれど邪神教徒たちがしきりにイェルド様を気にしていることは掴んでいた。

 その側にうろちょろする癖毛の田舎娘がいることも、その癖毛が何らかの功績でそのうち聖女と認められるということも。


 邪神教徒たちが一発逆転を狙って何かを企んでいるのも知っていたらしい。

 そしてその企みがうまくいけばまた世界は混乱し、自分たちの栄華もまだ続くと考えた。


 「もしもそれがうまくいかなければ、保険としてイェルド様の隣は娘のために空けておかなくてはならない。だから殺せ、と……ニーマン侯爵は私の父に命じました。お二人の側にいる侍女が、都合よく私だったから」


 ニーマン侯爵家にもはや返せない額の借金をしているベントソン侯爵は、その命令に逆らえなかった。


 「そして私は……父に、認めてもらったことがなかったから……」


 栗色の瞳を暗く翳らせ、スサンナさんは冷たい床に座り込んだままアンナを見上げた。


 「……私の実家の、ベントソン家は代々魔法使いを輩出することが誇りの家です……そのなかで私は、魔法が発現せず、ずっと家族の恥で、お荷物だと言われてきました」


 泣き出す寸前のような歪んだ顔で、けれどスサンナさんは笑った。暗い笑みだった。


 「王城の侍女頭になっても、結婚して第三王子殿下の乳母になっても、父は〝お前は魔法も使えない、ベントソン家の恥だ〟と私に言い続けました。〝誰にでもできることをしているだけなのに、家の役に立っているような顔をするな〟と」


 自分よりも年上で、身分が高く、優しくて仕事のできる女性が、床に座り込んだままぼたぼた涙を流し項垂れている。外向きの顔を取り繕うこともできずに。

 悲しいとか憐れとか、そういう言葉では表現できないくらいに、スサンナさんの姿はアンナにとっては衝撃だった。ナイフで刺された時よりも、もっと。


 「夫も、魔法を使える子供ができるかと思ったのに、出来損ないから生まれた子供は出来損ないだったって……!」


 だから……と、スサンナさんはしゃくりあげながら続けた。


 「どうせ結界に阻まれ未遂に終わることはわかっていました。けれどきちんと犯罪として成立させるため実際にナイフで攻撃して聖女様殺害事件を起こして、全部……何もかも全部話して、私があの人たち全員を道連れに、ちゃんと裁いてもらおうと……」


 暗い視線を落とした先には胸に抱いたナイフがあって、ぞくりとアンナは背を震わせた。


 確かに彼女からは殺意も敵意も感じないけれど、生気もまた感じない。

 突然立ち上がってナイフを構えて突っ込んでくるかもしれないと、アンナは怯えて後ずさる。

 結界のおかげで刺されても傷はつかないけれど、その結界を張っている装飾品を奪われてしまったら、アンナの力ではナイフに抵抗できない。


 この会議室は王城にしては大した広さがなくて、すぐにアンナの背は壁にぴたりと張り付いてしまった。

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