第28話 本日ご予定がなければいかがでしょうか
約束の一ヶ月がもうすぐ終わろうとしている。
今日も今日とてイェルド様は解呪を受けている。
アンナはその時間、なんとスサンナさんの案内で買い物をすることになった。
出稼ぎ仲間の赤裸々姉さんが書いた小説の出版祝いを買うのだ。といっても、街に買いに出るわけではない。
出稼ぎ仲間たちの誰かに良いことがあったときはちょっと洒落たバーで奢るのが恒例なのだが、今のアンナは外出などとんでもない。
仕事の関係で会えないけれど、いつか奢るからね! と赤裸々姉さんの手紙には返事を出した。
それを知ったスサンナさんが、急きょ自分の生家が出資する商会を王城へ呼んでくれたのである。
赤裸々姉さんと手紙のやり取りをしたのはだいぶ前のことだったが、商会が今日呼ばれるまでにかなり時を要した。当たり前だが今のアンナに接触するのならば、いくらスサンナさんの生家が出資する商会とはいえ、念入りな調査が必要だったからだ。
提案から実現までに時間がかかったことをスサンナさんに申し訳なさそうに謝られてしまった。
アンナのことを気にかけてくれたことも嬉しいし、わざわざ実家に掛け合って商会を呼んでくれたことも嬉しい。どう考えても謝られることではない。
本日ご予定がなければいかがでしょうか。と誘われて、一も二もなく頷いた。
スサンナさんの実家であるベントソン侯爵家が出資する商会に、アンナの薄いお財布で買えるものがあるかどうかはわからない。
だけど赤裸々姉さんは王都に来てから初めてできた友達だし、スサンナさんには豪華すぎて戸惑う王城生活をきめ細やかに助けてもらった恩もある。両親との面会の時にはアンナ以上に憤ってくれた。
なにより友人の慶事に対して祝いたいのに身動きの取れないアンナへの、その心遣いがとても嬉しいので、だいぶ頑張って良いものを買う決心をしたアンナである。
「小説家なんて簡単になれるものではありませんのに、ご友人は才能がおありなのですね」
滑るように廊下を歩いて先導してくれるスサンナさんは、いつもよりちょっとおしゃべりだった。
「執筆に関する物と、贈り物の定番である装飾品なども用意させました」
アンナはこの約一ヶ月で隣にいることが当たり前になっていたイェルド様と手を繋がず移動していることに寂しさと違和感を感じながら、なるほど~と相づちを打ちつつスサンナさんに付いていく。
ここ最近、さまざまなことが良い方向へ向かっていると思う。
解呪も順調そのものと聞いている。イェルド様の髪の天使の輪は大天使の輪へとランクアップし、それに伴ってエレオノーラ様の顔色も輝いている。
イェルド様に背中をぽんぽんと優しくたたかれるようにゆっくり慰められ、アンナはあの後、妹の結婚式の招待には堂々とした太字で〝欠席〟と書いて返した。
それに対して返事はないけれど、今はとても穏やかな気持ちで過ごしている。今日もとても楽しみだった。
執筆などしたことがないアンナには、それに関する物がペンとインクと紙以外に何があるのか全く想像がつかない。
だから触れたことがないものに触れる機会を得られたことが嬉しい。
侯爵家が出資する商会の品物など、田舎の男爵家ではまずお目にかかれない代物ばかりだろう。
それを見ることができるというだけで楽しみだった。
「こちらです」
着いた先は、小さな会議室のようだった。
スサンナさんが扉を開けてくれたので、わくわくしながら部屋に入る。
部屋の中は無人だった。
中央に応接セットがぽつんとあって、照明も落としてあるのか薄暗い。
ソファのほうに歩きながら、アンナはドアを静かに閉めたスサンナさんに問いかけながら振り返った。
「ここでしばらく待つ感じですか?」
「……」
スサンナさんは、扉の横に置かれた大きな観葉植物の鉢植えから腰を屈めて何かを拾いあげてから、姿勢を戻してこちらを見た。
「スサンナさん?」
拾った何かを隠すように手を後ろに回し、無言でアンナの側に立ったスサンナさんに、何か異様なものを感じて腰が引けた。
「あの……」
「……」
「スサンナさ……っ?!」
ドンッ! と胸に衝撃があって、何があったかわからないままアンナは後ろに倒れ込んだ。




