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救世の英雄とまもりがみ ~世界を守った英雄と手を繋いでお茶してたらなぜか成り上がってしまった田舎娘の話、聞く?~  作者: 万丸うさこ


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第18話 彼らにとっては真実の愛

 熱くなってじんじんする鼻で息を吸う。


 「……頼んでない」


 アンナの苦し気な息遣いだけが響く部屋に、父の小さな声がぽつんと落ちた。


 「頼んでないだろう」


 「え?」


 「薬草畑が駄目になったって、なんとかなったはずだ。何も娘が出稼ぎになんか行かなくたって、()()なんとかできた。それなのに。私たちはべつにお前に金を稼いできてくれなんて頼んでない! 次期当主としての責任を放棄して、先に家族をないがしろにしたのはお前だろうが!」


 「ねえアンナ、私たち地方貴族が領地に誇りを持っているのは知っているでしょう? それなのに娘が王都に入り浸りで帰ってこないなんて……。しかもお金を稼ぐためだなんてはしたないことを、他家の方々に知られたお父様やお母様の恥ずかしさや体裁を、考えたことがある?」


 人生が、足元から崩されたような思いだった。


 じゃあどうして、ことあるごとにお金を無心する手紙がアンナの手元に届いたのだろう。

 そんなにはしたないことだと思っていたのなら、恥ずかしい娘の稼ぐお金などいらないと突っぱねたらよかったのに。


 アンナの稼いだお金を受け取っておきながら、父と母はアンナを責める。

 これからも王都で金を稼いで妹夫婦に渡せと言いながら、両親はアンナを責めるのだ。


 「その点、カロラとオリヤンはちゃんと領にいて、セーデン家の領地を守ってくれる。大げさに騒いで勝手に王都に飛び出していったお前とは違う」


 「あなたが納得できなくっても、これはもうセーデン家の当主であるお父様の決定だから……ね? それに二人の間には確かな絆と、愛の結晶が育っているのよ」


 ああ、それで……と、アンナは絶望的な気分で察した。


 妹のお腹にはオリヤンとの子供がいるのだろう。だから婚約発表ではなく結婚式の招待状なのだ。


 そしてこれはきっと、彼らにとっては美談なのだろう。

 婚約者を放って王都で奔放に暮らす姉の代わりに、領地と姉の婚約者に献身的に尽くした妹。その愛の結晶。


 アンナにとっては裏切り以外の何物でもないが、彼らにとっては真実の愛の物語だったのだ。

 だから妹もオリヤンもユーン伯爵家も、アンナに何も言わずに結婚を決めたのだ。王都で好き勝手するアンナを懲らしめるために。


 アンナに非があったと本気で思っているからこそ、自分たちの怒りを〝無言〟や〝無視〟という手段で表しているのかもしれない。そしてそれは、彼らの狙い通りにアンナの心を効果的に傷つけた。


 「……わかった」


 そう言うと、両親はパッと顔を明るくして「わかってくれたか」と胸をなでおろした。


 アンナの「わかった」は妹の妊娠についてだったけれど、安堵したような両親の様子を見たらもう何も言えなくなってしまった。


 「二人の言う通り、私は王都に残るわ……」


 一生懸命に気持ちを抑えようとしているのに、唇は意志に反してぶるぶると細かく震えるし、涙はとめどなく流れ続ける。だけど声だけは思った以上に平坦な声が出た。


 イェルド様の髪を守る任務を終えたあと、もしも本隊に異動できて仕事を続けられたとしても、領地に帰ることもお金を送ることもしないだろうと思った。


 頑張ってきたアンナの五年間を、いいやそれ以上の時間とそれに伴う感情を一瞬で黒く塗り潰した両親に対し、アンナは立ち上がって頭を下げた。


 「どうぞお元気で」


 下げた頭の向こう側で二人がどんな顔をしていたのかはわからない。でも、ほっと息を吐くような気配を感じた。

 それがどんなにアンナを傷つけたか、きっと二人は知らないだろう。


 いつの間にか伸びてきた観葉植物の影にのまれた手紙が、机の上で暗く沈んで見えた。


 これもあとで捨ててしまおうと、アンナは思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 家族のすれ違いがリアルだなぁ。 物語の舞台は異世界だけど、日本語あるあるのお互いの理解に甘えることで意思が通じなくなってしまう現象ですね。ハイテクスト言語だから、言葉の発し手がはっきり主張…
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