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救世の英雄とまもりがみ ~世界を守った英雄と手を繋いでお茶してたらなぜか成り上がってしまった田舎娘の話、聞く?~  作者: 万丸うさこ


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第14話 アベニウス魂

 エレオノーラ様がいう「ニーマン侯爵家のユーリア様」というのは、イェルド様の婚約者()()()女性だという。


 婚約が調ったのは魔王出現の一年前。爵位も釣り合い、歳もイェルド様の二つ下というので似合いの夫婦になるだろうといわれていた。


 この天使のようなお兄さんとお似合いだといわれていたということは、きっと外見も心根も素晴らしく美しい女性だったのだろう。


 しかし婚約者との良好な関係に暗雲が立ち込めたのは、魔王出現からしばらくして、他国からの「お前らも魔王討伐用に人材出せよ」という圧がじんわり重くなってきた頃である。


 陛下の勅命により我が国一番の治癒魔法の使い手であるイェルド様が魔王討伐に出兵すると、ユーリア様はすぐにラーゲルブラード公爵家に婚約解消を申し入れた。


 「どうせ生きて帰ってこない人をいつまでも待って、行き遅れるのはまっぴらごめんだ。と、あの恥知らずたちは言いましたのよ」


 兄とともに勅命を受けたエレオノーラ様は、その時はまだ戦闘に出ることをはばかられるような少女で、心身ともにもう少し成長したら魔王討伐に参加する予定だった。

 ユーリア様とニーマン侯爵のその言葉を、兄が戦地に旅立ってもまだラーゲルブラード公爵家に残っていたエレオノーラ様は直接聞いたのだという。


 「それは……酷いですね」


 アンナは思わずイェルド様と繋いだ手に力を入れた。

 大きくて温かい手だ。多くの騎士や兵士の傷を癒し、この世界を守った手だ。


 「アベニウス王国民の風上にも置けません!」


 アベニウス王国の国民性は、特産品であるたんぽぽに似た薬草の生態になぞらえて〝虫まかせ、風まかせ〟であるといわれる。

 それを他国はよく〝無責任〟と捉えて(くさ)すけれど、本当は違う意味を持つ。


 その虫に命を継ぐための役目を任せたからには、信じて任せる。

 風に任せて種をまくのは、その風を信じて託しているから。

 そして風がどこへ種を運んでも発芽するように、精一杯のことをしてから送り出す。

 種は運ばれたその地できちんと根を張れるよう、ひたむきに努力する。


 アベニウス王国の〝虫まかせ、風まかせ〟は、人を信じる心を表しているのだ。


 魔王討伐のために、陛下はイェルド様を信じて送り出した。対魔王用の特別予算を組んで国内での支援体制も整えた。

 そのために貴族たちは特別税を課せられ、社交を控え節制を余儀なくされたが文句は出なかった。


 他国では混乱もあったという。魔王討伐のために派遣された人たちやその関係者ばかりが優遇されていると、暴動が起こった所もあったと新聞で読んだ。


 けれどアベニウス王国では、そうした苛立ちによる混乱は起こらなかった。

 イェルド様やエレオノーラ様や魔王討伐軍が必ず魔王を倒し、報われると信じていたからだ。


 全員無事に生還するとは限らないことは送り出した側も、送り出された方だってわかっている。

 それでも信じる。任されたことを誉れと思い、虫も風も種も使命を全うするのだ。


 「ニーマン侯爵令嬢の考えもわかります。実際一度死にかけましたし。花の盛りは短い、信じて待てというのは酷だと泣かれては、父上も否とは言えなかったのでしょう」


 「でも結局ユーリアさんは誰とも結婚できませんでしたわ。婚約すら。当然ですわね。我が国だけではなく世界を救うために戦地に赴いたお兄様を、〝絶対に死ぬ〟と断じたのですもの」


 つまりユーリア様やニーマン侯爵は、いまや社交界でとてつもなく評判が悪いということだろうか。

 二人が社交界でのアンナの評判を気にしてくれるのも、こうしたことがあったからだろう。


 あたしの彼氏、魔王との戦争に行ったけど絶対死ぬから待つの嫌だし~。

 というお嬢さんとはまた不評の向きが違うけれど、信頼を裏切るという意味で不貞行為に走る人間も我が国ではすこぶる評判が悪い。


 婚約者がいながら他の男性とくっついて……文字通り手を繋いでくっついて過ごしているアンナのことを心配するのは当たり前だろう。


 いくら仕事であったとしても、そして陛下の「不問とする」という言葉があったとしても、特に婚約者の立場としては、一度疑ったものを再び心から信じることができるだろうか。


 「貴族たちは誰も相手にしませんでしたわ。裏切り者に背中を預ける王国民がおりましょうか。それを今さら、お兄様が救世の英雄として凱旋した途端に〝信じてお待ち申し上げておりました〟などと……」


 紅茶名人スサンナさんが淹れた熱々の紅茶を優雅に飲み干し、エレオノーラ様は口の端を歪めた。


 「厚顔にもほどがありますわ!」


 憤るエレオノーラ様とは対照的に、イェルド様の手は常と変わらない体温だった。


 「こちらにも非はありますよ。確かに死ぬ可能性が高かったのだから、私から婚約解消を申し入れるべきでした」


 「そんなことはありません!」


 特に動揺することなく苦笑したイェルド様の言葉に腹が立って、アンナは思わず彼の方へと身を乗り出した。


 「イェルド様たちは、私たちに代わって魔王に立ち向かってくれたのですよ」


 彼らなら信じて任せられると思ったからこそ貴族たちは特別税を払ったし、平民たちは教会を通じて支援のために寄付をして、その余裕のない人たちは神に祈っていた。


 魔王を倒しに行ったイェルド様や騎士や兵士たちをお守りくださるようにと。

 王国に残った者たちは、それぞれの範囲でできることを精一杯していたのだ。


 「イェルド様には直接接点のない私たちだって信じてできることを頑張っていたのに、婚約者であるユーリア様の精一杯の努力の中に、イェルド様の心を守るための行為がないことの方がおかしいんです!」


 「心を守る?」


 うんうんと力強くうなずくエレオノーラ様とは対照的に、きょとんとするイェルド様が、アンナには悲しかった。


 「戦いに赴く婚約者に、死を肯定するようなことを言うなんて! 魔王討伐とイェルド様の生還を信じて待つのが、一緒に戦えない私たちの精一杯の戦いだし、支援だし、なによりアベニウス魂というものです!」


 イェルド様のロゼゴールドの瞳に薄く水の膜が張るのを見て、アンナはぐっと(こぶし)を握りしめた。

 同時にイェルド様と繋いだ手にも力が入る。そこから少しでもアンナの気持ちが伝わればいいと思った。


 「ユーリア様たちの行為は、花を信頼して近づいてきた虫を、急に食虫植物になって襲うようなものです!」


 今、自分も精一杯のことをしようとアンナは思った。

 守るのだ。

 イェルド様を守る。


 アンナならばイェルド様を守れると信じて、陛下は任じてくださったのだ。

 だから〝陛下のお墨付き〟をぽんぽん出してくれているのだろう。


 イェルド様もアンナのことを信じて任せてくれている。

 髪の毛に世界を背負って本当は不安だし恐怖であろうに、アンナが少しぼんやりしたくらいで体調を案じてくれる優しい人だ。


 アンナがきっと髪を守ると信じているから、イェルド様はアンナのその後を、アンナと婚約者の仲や社交界での評判を案じて父にエレオノーラ様と会わせようとしてくれるのだろう。

 

 「……私、頑張ります。絶対にイェルド様を守り通してみせますから!」


 ふんす。と鼻息も荒く宣言する。

 今までは気持ちが追いついていなかったけれど、世界の存亡のためにというよりは、己の頭髪に呪いがかかり、人知れず世界を背負ってしまった不幸な青年を救うために頑張ろうとアンナは決意した。


 自分が大変な時にもきちんと人を思いやれるイェルド様。


 この艶やかな髪をした優しい青年のことを、アンナは人として好ましいと思った。

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