第11話 熾烈な交渉
イェルド様とエレオノーラ様が、隣の部屋で解呪に挑んでいる。
解呪とは、病気の治療のように体調や呪いの反発などの様子を見ながら、少しずつ行われるものなのだそうだ。
その際に呪いが散って他の者に移るということもあるらしく、解呪部屋は呪いが外に漏れないよう教会の結界魔法でがっちり閉じられている。
同じ理由で、呪われているイェルド様と解呪するエレオノーラ様、助手を務める教会の退魔師兼護衛しか部屋に入れない。
イェルド様の解呪の時間は、アンナはやることがなくて暇である。
さっきまで右手に感じていた温かみはなく、なんでかそれが不思議なような、ほっとしたような、けれどどこか寂しいような気がしてアンナはじっと右手を見る。
その様子をベテラン侍女のスサンナさんに見られていた。
テーブルに紅茶を置いてくれたスサンナさんに、にっこりと笑顔を向けられてしまった。なぜ。
スサンナさんは呪いのことを知る数少ない人間のうちの一人だ。王城の侍女長を務め、第三王子殿下の乳母も務めていた方である。
生家はベントソン侯爵家で、現在はルンダール伯爵夫人である。
客と侍女として部屋に一緒にいるが、田舎の男爵家の娘の世話など本来ならさせられないような身分の高い女性なのだ。
しかし顔合わせで「スサンナ様」と呼んだら、王城のみやびな言葉に包んで「陛下の客人が使用人に様をつけちゃいけません、めっ」と窘められたので、お互いに妥協に妥協を重ねて「スサンナさん」で落ち着いた。口調も多少は崩してもらえた。熾烈な交渉だった。
ちなみにイェルド様とエレオノーラ様へもこの戦いに挑み、こちらはお互い「イェルド様、エレオノーラ様」「アンナさん」と呼び合うことになった。二人を様付けで呼ぶ権利は死守したが、イェルド様から敬語を崩す約束は得られなかった。
「あなたは私の守り神ですから」と、髪と神をかけた冗談なのか本気なのかいまいち判断できない真顔で拒否されてしまった。それ以上はもう何も言えない。一勝一敗といったところか。
ところで自分はいつ〝陛下の客人〟になったのだろう。
知らない間にとんでもない身分に祭り上げられていたことに気がついて、アンナは震えた。
スサンナさんに確認すると、王城の一室を使うにあたり、陛下の名においてアンナの身分の保障をしてくださったらしい。
世界を守るためとはいえ、陛下はご自分の名をぽんぽん出しすぎではなかろうか。
「お手紙が届いておりますよ」
スサンナさんが紅茶の隣に手紙を置いた。
輸送部隊の寮に届くはずのものをわざわざ回収して届けてくれたようだ。ありがたいような恐れ多いような。
一通は上司……『イェルド様の髪を守る会』の上司(周囲の言葉から推測するに、おそらく陛下)ではなく、輸送部隊のほうの上司からだ。
我が国のとある高貴な方から、隣国の高貴な方への贈り物に結界魔法を付与する。という〝特別任務〟にしっかり邁進してくれ、というものだった。
なるほど、私はそういう理由で連れ出されたことになってるのね。と思いながら、もう一通の手紙の差出人に目を通す。
「お父様……?」
差出人は、出稼ぎに来てから一度も帰っていない故郷にいる父だった。




