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4R 熱く燃える戦い

 十二月下旬。クリスマスや年末年始で街が忙しくなる頃。とてつもなく盛り上がるレースがある。


 有馬記念。


 ファン投票で選ばれた馬に優先的に出走権が与えられるレースで、賭ける者も応援する者も人気と実力を兼ね備えた馬達に声援を送る。競馬をあまり知らない人でも名前だけは知っているということもあるレースであり、亜由美も日本ダービーと有馬記念だけはムジークヴィントに会う前から聞いたことがあった。


『アルテフェリーチェ! アルテフェリーチェだ! ダービー馬アルテフェリーチェ! 有馬記念も制しました!』


 テレビから聞こえて来る実況に亜由美は震えあがった。強い、そう思った。


「いやぁ、アルテくん強いですねー」

「すごいレースだった……」


 亜由美の隣には香奈が座っている。「週末はクリスマスパーティーも兼ねて一緒に有馬見ましょう!」と職場で声をかけて来て、「お昼の宅配ピザ頼みました! 夜はレース終わってからチキン買いに行きましょう!」という声と共に家に現れた。


 アルテフェリーチェは今年のダービー馬だ。亜由美が偶然目にしたあの日のダービーで勝った馬だが、「なんかすごかった」ということしか覚えていない亜由美は、今日初めてしっかりとその走りを見た。今日の感想も結局は「なんかすごかった」なのだが、ダービーの時よりも見入って感動した。競馬のことを少しずつ分かって来たからかもしれないし、好きな馬ができたからかもしれない。


 金曜日に香奈にお金を託し土曜日に買って来てもらった紙の馬券に亜由美は目を落とす。馬券には『がんばれ』の字と共にアルテフェリーチェの名前が記されている。


「これ、折角記念に紙のやつにしたのに、払い戻したらなくなっちゃうんだよね?」


 不安げに訊ねる亜由美に笑みを向ける香奈は同じ馬券を二枚手にしていた。


「なのでわたしは二枚買ったんです。こっちは保存用。こっちは払い戻して、そのお金でアルテくんのグッズ買います」

「プロだ……」

「確か窓口でコピーしてもらえるんじゃなかったかな。後で確認しましょ」

「うん、ありがとう」


 亜由美はテレビに顔を向けた。画面に映るアルテフェリーチェの姿がとても眩しく見えた。騎手や厩務員に労われ、観客からの祝福の声と拍手は収まらない。


 いつか、ムジークヴィントも……。そんな思いが亜由美の中に浮かぶ。


「いつかヴィントくんも出られるといいですね」

「えっ、芝崎さんエスパー?」

「あはは、分かりますよエスパーじゃなくても。みんなだいたい同じこと考えますもん。距離適性が合うのなら、有馬記念や宝塚記念で投票して、自分の応援を……自分の夢を乗せてグランプリレースを走ってもらいたいですから。もちろん、短い距離を走る子やダートを走る子だってとっても立派ですよ」


 皆に褒められて嬉しそうにしているアルテフェリーチェに、いつかの未来のムジークヴィントの姿を重ねる。いつか、そうなったら……。テレビから聞こえる大歓声に包まれながら、亜由美は馬券に書かれた『有馬記念』の文字を撫でた。


 熱い戦いから数日後。ムジークヴィントはホープフルステークスに出走した。


 パソコンで資料を作成しながら心ここにあらずという状態だった亜由美は、トイレ休憩に席を立ってレース結果を確認することにした。途中、給湯室から出て来た香奈とすれ違った。香奈は何か言いたそうにしていたが、そのまま席に戻って行ってしまった。


 洗面台の鏡に映る不気味に笑う自分に引いてさらに不気味な笑みを浮かべながら、亜由美はスマホの画面をタップする。


「わ」


 表示されたレース結果を見て、亜由美はつい声を出してしまった。


「え……」


 画面をじっくりと見る。


「あ。あぁ、あ、あ……! あぁっ! やっ……!!」


 小さくガッツポーズをして、握った拳の中に声を包み込む。


 今年のホープフルステークス、一着は三番ムジークヴィント。若手のホープ速水勇樹騎手GⅠ初制覇。


 画面に表示されているその文言を見て、亜由美は感動に打ち震えた。この後すぐに席に戻らなければならないということも忘れて、涙が溢れそうだった。なんとか堪えて、ガッツポーズを握り締めて大きく頷く。


「やった……! よく頑張ったね、おめでとう……!」


 その日、亜由美の推しはGⅠ馬になった。

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