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13R 夢の舞台

 年末。千葉県船橋市。中山競馬場。


 会場は大いに賑わい、大人から子供までわくわくとした様子でプログラムを確認している。


 今年もこの日がやって来た。あの人にとっては推しの晴れ舞台の日だ。その人にとっては一歩届かなかった推しのライバルへ声援を送る日だ。この人にとっては、とにかくみんなに頑張ってもらいたい毎日のうちの一日だ。


 馬がかわいかった、という話をしている親子の傍を過ぎ、亜由美はレーシングプログラムを手に場内を歩く。ほどなくして、売店でグッズを漁っていた香奈と合流することができた。


「すごい人混み! 皐月賞の時よりすごい!」

「そりゃあもちろん有馬記念ですからね! 駒村さん、迷子にならないでくださいね」

「芝崎さんも」

「はい」


 年末の大一番。この一年の締めくくり。賭ける者も応援する者もお祭り騒ぎである。移動するだけでも大変で、混み合うフードコートでやっとの思いで昼食を食べた後は、指定席に座ってのんびりメインレースの有馬記念を待つことにした。


 知らない馬のレース結果に周りの人が一喜一憂する。どの馬も誰かの夢や思いを乗せて走っている。それは例えば大穴狙いの大勝負に挑むので勝ってくれというものや、大好きだから一着を取ってほしいが無事に戻って来てくれればそれだけでいいというものなどだ。


「わたし、有馬現地初めてで、今すごく緊張してて、どうしましょうか」

「私の方がまだ初心者なんだから私に訊かれても……」

「ついにクルリちゃんに会える!」


 メインレースが近付くにつれ、既に盛り上がっている場内がさらに盛り上がって来た。パドックは人がごった返し、適当なところで戻らないとレースに間に合わなさそうである。


 あの馬が良さそう。あの子がかわいい。あれは今日は元気がなさそう。ぐるぐると周回する馬達について色々な声が飛び交う。その中で、香奈は全馬を一通り撮った後はひたすらにシュクルリーヴルのことをカメラで追っていた。亜由美もムジークヴィントの姿をスマホのカメラで撮影する。


 二番、アオハルキネマ。青鹿毛の牡馬、四歳。主な勝鞍は菊花賞、ドバイシーマクラシック、ジャパンカップ。


 六番、シュクルリーヴル。芦毛の牝馬、四歳。主な勝鞍はオークス、宝塚記念、エリザベス女王杯。


 九番、ムジークヴィント。鹿毛の牡馬、三歳。主な勝鞍はホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー。


 十三番、アルテフェリーチェ。黒鹿毛の牡馬、四歳。主な勝鞍は日本ダービー、有馬記念、大阪杯、天皇賞(春)・(秋)。


 他の出走馬もGⅠに勝利したことや重賞を複数勝ったことのある者が多く、どの馬が勝ってもおかしくない高レベルなレースである。重賞勝利経験のない馬が番狂わせをするかもしれないと新聞片手に語る男性もいる。


 もう少し写真を撮りたかったが、香奈に腕を引かれて亜由美はパドックを後にした。あともう少し残っていたら、レースまでに移動し終えることができなかっただろう。


 いよいよ、有馬記念が始まる。


 ターフに姿を現した人馬を観客が出迎えた。レーシングプログラムを手にした男性が騎手の応援をしている。父親と一緒にいる男の子がアルテフェリーチェのぬいぐるみを大事そうに抱いており、父親の方はアルテフェリーチェの応援馬券などを持っている。新聞を広げた女性が人気薄の馬の番号が書かれた馬券と新聞を見比べる。カップルと思しき若い男女が各々の推し馬に声援を送る。


 今年も有馬記念がやって来た。


「クルリちゃん……!」

「ムジークヴィント、頑張れ」


 ゲートに入る前、ムジークヴィントはいつものように静かに佇んでいた。鬣と尻尾が風に揺れている。その名の通り、風の似合う馬である。彼の駆けた後には風の音がメロディーとなって響くだろう。その風の音に、亜由美はあの日心を掴まれた。


 今日はきっといい風が吹くはずだ。亜由美がそう思うのも、いつものこと。夢の舞台、有馬記念。けれど、変に意識せずにいつも通りでいようと思った。ムジークヴィントがいつもと変わらないのなら、亜由美もいつもと同じように応援するだけだ。


『全馬ゲートに収まりました』


 ムジークヴィントにとって一回目の夢の舞台が幕を開ける。


『――有馬記念、スタートしました!』


 人気と実力を兼ね備えた十六頭の馬達が綺麗に揃ったスタートで走り出した。大歓声の中、亜由美と香奈も声援を送る。


 一周目のスタンド前。ムジークヴィントは中団後方を走っている。


「頑張れ! ムジークヴィント!」


 スタンドからターフまで、亜由美の声がムジークヴィントの耳に届くことはない。それでも、今この場で、この舞台で、直接応援できることが嬉しかった。


 風を奏でる馬の末脚に彼女は夢を見た。これからもきっと、いい風が吹くはずだ。


「頑張れ!」


 夢や思いを乗せて、彼女の推しは駆けて行く。

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