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第9話:お菓子パーティと賑やかなメイドたち

「はぁ……殿下が関わっているなら、私に遅刻を責める権利はないわ」


 ため息と呆れ混じりのお叱りだけで、イリーナは説教部屋から解放される。

 第二王子の機嫌を損ねたらマズイと考えると、いくらメイド寮のトップでも、態度は縮こまってしまう。


「ありがとうございます。毎朝少し遅くれることになったので、その分は他の頑張りでカバーします」

「それに、真面目なイリーナだからあまり叱る気にもなれないわ」


 寮長はやれやれと口にする様子を横目に、イリーナは掃除道具を片手に持って、弾んだ足取りで仕事場へ戻ろうとした。


「説教は終わり?」

「えぇ。みんなに迷惑をかけた分頑張るから、許してちょうだい」


 他のメイドたちから好奇の目線を向けられるイリーナは、両手を合わせて素直な謝罪をする。


「仕方ないわ〜。イリーナが遅刻の分以上に頑張ってくれるなら許してあげよう」

「うん。ビシバシ働いて」

 

 茶化すようにイリーナの背中を叩く二つの手は、彼女らの騒々しさを表すように大袈裟な動きをしていた。


「それじゃあ、お昼まで頑張りましょう!」

「おぉ〜!」

「任せた。イリーナ」


 最初はサボれると喜びを噛み締めていた二人だが、イリーナや他のメイドが仕事にせっせと取り組む様子に少しずつ表情が曇りはじめる。


「なんか無性に申し訳なくなってしまった……」

「この中でサボるのが居た堪れない……」


 胃の辺りを抑えながら二人は渋い顔つきで掃除道具を手に取った。


「仕方ない。イリーナたちのことを手伝おう」

「うむ。感謝するといい」


 そう口にしてせっせと掃除をはじめた二人は、どこか安心を覚える。

 息苦しそうな表情から面倒くさそうな表情に変わっていく様子を、他のメイドたちは苦笑しながらも微笑みを浮かべた。


「午前のお仕事、お疲れ様〜!」

「お昼! ご飯〜!」


 正午の鐘が鳴った途端に、サボり魔の二人が真っ先に食堂へ向かっていく。

 そんな様子に全員で相変わらずの騒々しさに、つい安心感を覚えてしまう。


「それはそれとして、仕事はちゃんとして欲しいんだけどね」

「でも、あの二人のおかげで楽しい職場だわ」

「そうね。なんやかんや振られた仕事はやってくれてるし」

 

 和気藹々という言葉の当てはまるメイド寮の空気感に浸りながら、イリーナは他のメイドたちと別の方向へ足を向ける。


「少し用事があるから、先に行ってて。すぐに戻るから」

「はーい。じゃあ、寮長にも伝えておくね」

「ありがと」


 軽く報告だけ済ませたイリーナは、そのまま自室の方へ歩きだす。


「楽しみだなぁ」


 無意識に笑みと呟きをこぼして、イリーナはエリクから渡された小箱を手にとる。


「美味しそう……」


 箱の中を見ていないにも関わらず、イリーナはお菓子の甘みに思いを馳せていた。


「さて、デザートにみんなで食べましょうか」


 宝箱のように丁寧に小箱を抱えると、弾むような軽い足取りでメイド寮の食堂へ向かう。

 そこには、寮のメンバーが昼食を楽しみながら団欒としている姿があった。


「イリーナ遅いよ」

「待ちくたびれて、お昼ご飯食べちゃった」

「アンタらは、私らが来る前に食べてたじゃない」


 すでに配られた皿の上を平らにした二人に、他のメイドからツッコミが入る。

 イリーナは少しだけおかずの減っている皿の上に苦笑しながらも、いつものお昼ご飯の味に安心感を覚えた。


「イリーナ。私はちゃんと見てたよ」

「うん。甘くて美味しいお菓子の箱を持っていた」

「もう……本当に目ざといわ」


 昼食である程度お腹の膨れたイリーナは、小箱の包み紙を丁寧に開けていく。

 第二王子からの貰い物ということもあり、緊張を覚えながらも破らずに、高級な木材を用いたであろう木箱にたどり着いた。

 

「イリーナ! 早く早く!」

「私にもちょうだいよね」

「もちろんよ。みんなで食べましょう!」


 メイドたちがイリーナの周りを囲むように、木箱の中身に注目をする。

 イリーナは、ワクワクとした眼差しを向けて箱の蓋を開けた。


「わぁ! 美味しそう!」


 フィナンシェが箱の中いっぱいに詰まっており、甘いバターの匂いを漂わせる。


「一個ちょうだい!」

「もらい〜!」


 図々しく箱を開けた瞬間に一つずつフィナンシェを手にとって、そのまま口に運ぶ。

 二人はそのまま頬を手で押さえて、言葉にならない声をあげる。

 それでも、他のメイドたちへ昇天しそうになるほど美味しいものだと、二人の反応が伝えた。


「これヤバい。めっちゃ美味しい」

「イリーナありがとう。これからも殿下からお菓子をたくさん貰ってくるように」

「そんな図々しいことは出来ないわよ」


 騒々しいコンビの様子に、イリーナは早く食べたくてうずうずとしている。

 それでも、みんなで食べたいという思いが勝り、甘みを求める気持ちを全力で押さえていた。


「こういうことも見越して、紅茶を用意したわ」


 狐色に焼けたフィナンシェを眺めるイリーナたちの耳に、頼もしい声と温かい紅茶の香りが届く。


「ありがとうございます。寮長」

「いいのよ。私だって楽しみにしてたもの」


 そう口にしえ寮長はフィナンシェを一個手に取った。


「それじゃあ、みんなで紅茶を飲みながら美味しいお菓子をいただこうじゃない」


 寮長の鶴の一声で、ソワソワとしていたメイドたちの熱が一気に爆発する。


「私も紅茶と食べたかった……」

「また、お菓子を頂けたらみんなに振る舞いますから」

「本当に?」

「えぇ。殿下も毎日来ると仰いましたし、約束を破るような方ではないわ」


 無念と口にして寂しそうな二人にイリーナは苦笑を浮かべながらもフォローを入れた。

 そんな優しさを受けて、二人はイリーナに飛びつくようにハグをする。


「もう。お調子者なんだから」

「それが私たちの取り柄」


 胸を張る二人の様子に、周りで笑い声が上がる様子を見て、イリーナもようやくフィナンシェを口にした。


「ん!すごく美味しい!こんな甘さ初めて!」


 砂糖やバターと甘いお菓子を作るための材料をふんだんに使われているであろうフィナンシェだが、そこには上品な味わいの甘さが詰まっている。

 いくらでも食べられるような甘い味に、イリーナはフィナンシェ一つをすぐに食べ切ってしまう。


「イリーナ!主役だからもう一個どうぞ」


 寂しそうな顔つきをするイリーナを見かねて、他のメイドが小箱をイリーナの方へ回す。


「ありがと」

「こっちこそ、いつもありがとだよ」


 そうやって笑みを向けられたイリーナは、賑やかなメイドたちとの日常に確かな幸せで胸の中をいっぱいにした。

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