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第6話:第二王子と日常

「冷たっ!」


 井戸の水でパシャパシャと顔を洗うと、イリーナはひんやりとした感触に肌を震わせる。

 今日も変わらず、夜明け前から目を冷まして、掃除がてら早朝の散歩に向かおうと王宮の隅っこで静かな朝を過ごしていた。


「今日はゆっくりと過ごしますかね」


 王宮の巨大な庭園を掃除道具片手に歩くイリーナは、疲れた気分をほぐすように大きく息を吸いながら腕を伸ばす。

 昨日の出来事で体中に張っていた緊張の糸がゆっくりと解けていき、血がよく巡る気持ちよさがイリーナの中に駆け巡る。


「流石にエリク殿下もお忙しいでしょう」


 いまだイリーナの脳内には、エリクとの偶然の出会いを夢だと疑う考えがあるほど、王子という存在は本来滅多に会えない相手だった。

 今日も王宮の中で、国民のために身を粉にするエリクに尊敬の念を抱き、自分も仕事を頑張ろうと長い髪を後ろで結ぶ。


「さて、今日も一日頑張りますか!」

 

 イリーナは太陽に宣言するように威勢のいい声をあげて、王宮の庭園を散歩する。

 道中で目に入る優しい緑色をする草木を眺めると、イリーナの心も自然と穏やかなものになった。


「あら、可愛いわね」


 ぽつぽつと小花が咲く木の枝に、小鳥がちょこんと足を乗せる。

 ちょろちょろと首を動かす小鳥の愛らしさにイリーナは目を釘付けにされた


「あっ……」


 イリーナの視線に気付いた小鳥は、そそくさと逃げるように枝から飛び立ってしまう。

 残念そうに空を見上げるイリーナの赤褐色の前髪に、何かが舞い落ちる。


「綺麗……」


 イリーナの手の平には、小鳥が枝を揺らしたことで木から舞った花びらがあった。


「小鳥さん。ありがとう」

 

 ほんのりとピンク色の混じった白い花びらに小鳥の優しさを感じ取り、イリーナの胸の奥に温かいものが芽生える。

 小さな幸せを噛み締めるように、イリーナは花びらをゆっくりと道の端に置く。

 

「また、綺麗な花が咲きますように」


 この花びらが大地と一緒になり、やがて新しい花を生む過程にイリーナは想いを馳せる。

 ささやかながら感動的なことが沢山ある早朝は、イリーナにとって夜明け前に眠気の残る体を起こしてまでも堪能する価値のある時間だった。


「ふわぁ」


 まだ眠気の残る脳内に朝の新鮮な空気を取り込むと、イリーナは服の裾を捲ってモップ掛けを始める。

 小気味よくモップが床を擦る音を響かせて、王宮の大理石を磨く。

 隅々まで汚れがないようにすることで、この趣のある王宮を輝かせる作業は、イリーナにとって誇らしく感じるものだった。


「ふんふふんふふーん!」


 イリーナの体の奥に残っていた眠気が掃除を進めていくことで、吹き飛んでいく。

 段々とモップが水気を持って床を擦る音に混じって、鼻歌が王宮の隅っこの朝を彩るようになる。


「今日もお日様が元気ですわ!」


 ピカピカに輝く大理石は朝日を強く反射しており、朗らかな暖かさがイリーナの周辺を包み込む。

 綺麗な石造りの床を見て、イリーナは満足げな表情で頷く。


「ちょっと暑くなってきたわね」

 

 汚れたモップをバケツでゆすぐイリーナの額には、汗が滲んでいる。

 春ももうそろそろ終わりを告げようとしていた。


「暑いのは勘弁ですわ」


 夏の暑さを想像するだけでもげっそりとした表情になるイリーナの耳に、また規則的なリズムで何かを叩きつける音が届く。

 それは時間を経ることに徐々に大きなものなっていた。


「馬かしら?」


 緑の生い茂る森の中から、見える影は馬に乗った男性の形をしている。

 イリーナは、つい昨日に馬に乗ってメイドの寮へやってきた人物を思い浮かべた。

 だが、滅多に会うことのできない存在である王子は、近づいてくる人物の候補からすぐに除れる。


「誰でしょう?」


 森の中から現れた馬は、真っ白の毛並みを太陽の下で輝かせ、力強く地面を踏み締めながら、誇らしげに吠えた。

 その上に乗る人物は、黄金色の短髪を靡かせて、イリーナの目の前で馬をとめる。


「ここにいたのか、イリーナ」

「エリク殿下……」


 爽やかな笑みを浮かべるエリクに、イリーナは困惑でお辞儀をすることを忘れてしまう。


「あっ……おはようございます殿下。今日もご機嫌麗しゅうございます」

「畏まる必要はない。ここには俺と君以外誰もいない」


 一国の王子が単身でメイドの元に訪れたことに、イリーナはあまりの現実味のなさから目をパチパチと瞬きする。

 何度目を開け直しても、目の前には細い体格ながらも鍛えられた筋肉を纏う美丈夫の男性が立っていた。


「少し仕事に詰まってな。ちょうど君が朝の散歩をする時間だったから、気分転換に話をしようと思ってな」


 その言葉にイリーナは違和感を感じていると、エリクの目の下にあるクマを目にする。

 

「もしかして、寝ておられないのですか?」

「それがどうかしたか?」

「お体に悪いですよ」


 堂々と不健康な生活をしていると口にするエリクの様子にイリーナは目を細めた。


「今すぐに寝てください」

「俺はただ気分転換に来ただけだから、そこまでする必要は……」

「気分転換するなら仮眠が一番です」

「別に少し歩いて、お茶でも飲めば眠気は冷める」

「それでは、ダメです。あの時みたいに倒れかけたらどうするのですか」


 緊迫した表情でイリーナから見つめられたエリクは、思わず頷いてしまう。


「少ししたら起こしますから、それまでちゃんと休んでください」


 イリーナは石畳に手を置くと、エリクに横たえるように促す。

 

「私も陽を浴びてリラックスしますから、安心して寝てください」

「あぁ。分かった」


 エリクは草のベットに体重を預けるが、何度も身じろぎをしてしまい、中々寝付ける様子ではなかった。


「少し床が硬いですかね?」

「あぁ。昨日はあまり気にならなかったが……」

「失礼します」


 イリーナは足を崩して地面に座り込むと、そのままエリクの頭を膝の上に乗せる。


「ご機嫌に召さないようなら……」


 エリクの表情が驚愕の色に染まるが、すぐに眠気に支配されたものになっていた。

 柔らかい太ももの感触に緊張の糸をほぐされたエリクは、数分もかからずに夢の中に入り込む。


「いつもご苦労様です」


 穏やかな寝息を立てるエリクに、イリーナも釣られて優しげな表情を浮かべる。

 自然と、イリーナは稲穂のように黄金色の短髪を優しい手つきで撫でていた。

「膝枕!」「二人から更なる尊さの予感!」と思っていただけたのなら、ブックマークとと下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援頂けると励みになります!

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