1 セラミックの仮面
学校の帰り道。
駅へ向かういつもの道。
雑沓の中で不意に呼ばれた気がして、振り向いたらそこにはきらびやかな空間が広がっていた。
「ここは……」
白い石造りの建物。
まるでギリシャの神殿のような柱。
でも壁には豪奢なタペストリーが掛けられているし、敷かれている絨毯もなんだかお高価そう……。
自分の足元を見ると、そこは絨毯ではなく石膏のような石の床。しかもゲームやマンガに出てくるような魔方陣っぽい大きな紋様がぼんやり光っている。文字のようなもので埋め尽くされている二重円。模様の発光は数秒で消えて文字も円も見えなくなってしまったけれど、その中心にわたしは立っていた。
なにこれ?
東京駅に向かって歩いていたはずだよね!?
テレポート!?
もしかして、もしかして。
脳裡にじわっと有り得ないサ行変格活用が点滅しているけど、そんなことありえる?
「聖女様」
しかも聖女!?
「おお聖女様。よくぞおいで下さいました!」
いかにも聖職者っぽい格好の集団の中で、ひときわ立派な装いのおじさんが両手を広げて歓迎している。どうでもいいけど両手に指輪はめすぎ。
周りを見ても私の周囲半径3メートルには誰も居ない。たぶん、おそらく、歓迎されているのはわたし。
わたしに向かって『聖女様』って言っているので残念ながら間違いなさそう。
これってあれ?
異世界召喚ってやつ?
予想外の出来事に戸惑っていると、聖職者集団が左右に割れて王様が進み出てきた。うん、王様にしか見えない。あれだ。ドラ⚪エに出てくる……。
「よく来た聖女よ。そなたは我が国が召喚した聖女である。我が国の為に尽くすと良い」
はああ!?
ナニイッテンノコイツフザケンナ!!
いや、ほんとに。
え、ここここの国の為に? 働けってこと…!?
帰してくれないの!?
て言うか、帰れないとか言わないよね? 言わないよね!?
「陛下。突然そのように仰っても聖女様は戸惑われましょう。聖女様、突然の召喚で驚かれた事かと思います。私はこの国の宰相を務めるヒムラートと申します」
宰相? 総理のことか。火村さんね。
ここの王様、話通じ無さそうな感じだけど、この宰相さんが間に入ってもらえば……。
「この御方は、このタルゴット王国の国王陛下ヘンリック2世であらせられます。そして此度の聖女召喚の儀によって召喚したあなた様には聖女の称号が与えられます。聖女様にはもちろん衣食住、生活する上でのすべてを保証いたします。安心して我が国の為に祈りを捧げて頂きたい」
ああ……。
この人もダメな感じだ。我が国の為にって。
聖女にしてやるから有り難がれ、みたいな雰囲気だ……。
しかも変なリックも火村さんも、召喚した側だからか召喚された聖女を所有物みたいに思ってるっぽい……。ってそれわたしの事だけど!
「聖女様。今日から聖女様はここ、中央大教会がお住まいになります。朝昼夕の三度、民の前で神に祈りを捧げていただく必要がありますからね。ああ、私はこのタルゴット中央大教会の教皇でサーガと…」
え? 聖女の仕事って祈るだけ?
って一瞬思ったけど、大きな宝石の付いた指輪とじゃらじゃらしている何重ものネックレスで察し。
民の前で、祈るのが仕事なのね。
ってダメなやつじゃんこの教皇! はっ! ジェミニのアレ? 良い教皇殺られちゃったとか!?
いや落ち着いてわたし! アレは佐賀!
「なんだ。この聖女は口が利けぬのか? 一言も話さぬではないか」
様子を窺っていただけですが。
特に沈黙は金って思っていた訳じゃ無いけど出方をね。どうしようか……。
そういえば名前も聞かれてないね。いや、相手が名告ったんだからこちらも名告るべきなんだろうけど、突然召喚? 勝手にされて? 礼儀もなにも……。
「聖女様。陛下に失礼は許されませんよ」
黙ったままでいるせいか宰相火村……ヒムラートだったか、が礼を要求してきた。
失礼はどっちよ。
「失礼はどちらか」
あ、口から出ちゃった。
シーンとなっちゃったけどまあいいか。
扇子とか欲しいところだけどこのままやるよ!
ここが王国だって言うなら同じ土俵の設定だ!
私はえ~と…そう、皇国の御姫様よ!
御姫様になりきる…セラミックの仮面を被るの!
セラミックはセラミックでもダイヤモンドの硬さを誇るジルコニアセラミックの仮面を被るのよ!
確りしろ自分!
この人達の言いなりになんてならない。
この驕った人達に見下されない立場の設定の御姫様になる。
背筋を伸ばして。
鷹揚に。
わたしの御姫様のイメージ……。
全部アドリブだけど、わたしなら出来る!
うん。
こんな状況だけど。
演者魂が燃えてきた~!