明日、言えたら言うね
息抜きに読んでいただけたなら嬉しいです。
馴染みの美容室に行って髪を切ってくれと頼んだ。
肩甲骨ぐらいまで伸ばすのに時間もかかったし、手間もかけていた。そのことを知っている美容師さんは戸惑っている。
「せっかくここまで伸ばしたのに、いいの?」
「うん、いいの」
自分でもベッタベタだって思うけど、失恋してしまったんだから仕方ない。
好きだった人が髪の長い女の子が好きだって聞いて、ずっとずっと伸ばしてた。長いだけで汚いとか論外だと姉に言われて、髪のケアとかめっちゃ頑張った。お金もかかった。手間もかけた。
髪だけじゃなくって、顔だってスタイルだって。
年の離れた姉にお願いして、いっぱい教えてもらった。
アイツに近づきたくて、好きになって欲しくて。
読書なんて好きじゃないどころか嫌いだったけど、アイツが本が好きだから、私も本を読むようになった。最初は苦痛で仕方なかった。読んでるうちに自分の知識みたいなのが増えて、楽しいと思えるようになったけど。
一年前の私と今の私は別人、とまでは言わないけど、だいぶ変わった。かなり変わった。見た目だけかもしれないケド。
……でも駄目だった。
アイツの隣にいるコは私より髪が長くて女の子らしい格好が似合ってて、可愛かった。なんていうか、私みたいなニセモノと違うの。
あのコのことが好きだから、髪の長い人がとか、可愛らしい格好がって言ってたんだって気づいちゃった。
「どんな風にする?」
「なんでも。……あー、女の子っぽくないのがいいな」
「じゃあ、ショートのウルフカットにしていい? 絶対似合うし可愛いと思うよ」
「じゃあそれで」
なんでもいい。
なんでもよかったから、おまかせした。
週明け、ばっさり髪を切ったから質問攻めにあった。仲の良い友達はみんな理由知ってたから、難しいカオしてた。
「……似合うよ」
「めっちゃ可愛いよ」
「ありがとー」
アイツを諦めるって決めて、色んなものを元に戻したりしたけど、趣味になった読書は捨てなかった。
女の子が好きそうな本を読むのは止めたけど。
姉に失恋したって言ったら、もっと良い男を捕まえるのよ! アンタを選ばなかったことを後悔させてやる! ……って。私より怒ってて。笑った。
前は年が離れてたのもあってとっつきにくかったのに。今はなんでも話せるようになった。
「ハルカ、なんか良い匂いする、新しい奴?」
「うん。ルリねぇがくれたの」
男が嫌いそうな強気な香りでも付けときなさいって渡された香水。
嫌われなくてもいいんだけど。でも好きな匂いだったから、ほんとにちょっとだけつけてる。
紅茶飲むのやめて、ウーロン茶を飲む。
女子感出したくて飲んでたけど、好きでも嫌いでもなかった紅茶。本当は緑茶とかウーロン茶のほうが好き。
アイツに好かれたくてやってたことはほとんど捨てたけど、頑張った自分のことは嫌いじゃないし、後悔もしてないんだけど、なんかみんなが優しくしてくるのが申し訳ない。
「随分変えたんだな」
アイツ──楠木に話しかけられた。
「うん、似合うでしょ?」
似合うかな? って前なら聞いた。
可愛い女の子に見えるように、控えめに。ちょっと首を傾げて。
今思うと謎の努力。でも、大事なことだった。
「似合ってるよ、すごく」
そう言って楠木が笑った。
心臓の動きが速くなる。
諦めなきゃって思ってるのに、まだキモチあるんだからやめて欲しい。
それにしても、楠木って表情筋死んでんのかと思ってたのに。笑えたんだ。
無愛想な顔すら好きだけど。
「なんだよ?」
「いや、楠木って笑えたんだなーって思って」
「笑いたくもないのに笑わねぇよ」
「じゃあ今は笑いたくなったんだ?」
「可愛かったからな」
まともに話したことほとんどなかった。緊張しちゃって上手く喋れそうになかったし、可愛い女の子になりきれてなくって。
「中の人変わった?」
「変わってねぇよ。それよりさ、それ」
私が持ってる本を指差す。
「読み終わったら貸して? オレのオススメも貸すから」
「オススメってなに?」
「ミステリー」
「いいね」
……変なの。
前は全然話せなかったのに。
心臓の鼓動は、変わらず速いままで、彼女の存在を思い出すと辛いけど。
でも、話せるのが嬉しいって、思ってる自分がいる。
友達と廊下を歩いてたら、楠木があのコといるのが見えた。
心臓が、掴まれたみたいにぎゅってなって、痛い。
逃げたいって思ったら、楠木がこっちを見て、彼女と分かれてこっちに来た。
「移動教室だろ? オレも行くから交ぜて」
「楠木、いいの? 彼女置いてきて」
私が聞きたかったことを友達のマミが聞いた。
「彼女じゃないよ」
「え? でもさ」
……私を見るの止めて。
「だけど、楠木の理想ぴったりじゃない?」
友よ、ありがとう。
でも嬉しくない。いや、嬉しいんだけど。
なんか色々複雑すぎてなにも言えないへたれな私。
「彼女じゃないし、好きな相手でもない」
迷うことなく言い切った楠木に、みんながぽかんとする。私もだけど。
「っていうかなに? オレの理想って。初耳なんだけど」
「ロングが好きなんでしょ?」
「好きでも嫌いでもない」
「女子感強めのコが好きだって」
「意味分かんねー。誰が言ったんだよ、それ」
いや、おまえだが?
意味分からんのはこっちなんだけど?
「それより遅れるから早く行こうぜ」
さっさと進む楠木を追いかける。
どういうこと? ってお互いに目で訴えながら。
楠木を数人の男子が囲む。
「おまえ、三浦さん振ったってマジ?」
「あー、まぁそうなるのか」
「なんでだよ?!」
「おまえの理想じゃん!」
そうだそうだ、もっと言ってやれ。
だから私は髪を伸ばしたんだから。
「今はショートが好きかな」
「おまえロング好きだって言ったじゃん!」
「? ロング好きかって聞かれたから、好きでも嫌いでもないって言ったろ」
「どっちかって言ったら好きかって聞いたら好きだって言っただろ」
「嫌いじゃないからな」
……確かに、そうだったかも……しれない……。
なんか記憶が曖昧だけど、断言はしてなかった……ような……。
「女子力についても、気にしたことがない」
男子たちが悲鳴を上げる。
私の心の中も大荒れ。なにかに当たりたい。八つ当たりしたい。
確かに楠木はロング好きとも女子力についても言ってなかった。周りが答えを知りたくて、誘導した感あった。ほんとなんか、今更なんだけど。
「おまえの好み聞いて、三浦告ったんだぞ?」
「……それ、オレの所為かよ」
いや、違うかも……?
「え、じゃあさ、おまえのタイプって?」
楠木が私を指差す。
盗み聞きしていたつもりが、話の展開に驚いて、みんな楠木のほうを向いてた。
「…………え?」
ため息を吐いて、楠木は私を見た。
「ずっと皆月をいいなって思ってた。だから今はショートが好きだ」
声にならない悲鳴を上げた私と、騒ぎ出した周囲で、教室はソーゼンとした。
「いい加減こっち見ろって」
「……ムリ」
「まぁいいけどさ、オレが見てるから」
突っ伏してる私の前の席に、私に向かい合うようにして楠木が座ってる。
放課後。寝ちゃった私を置いてみんな先に帰ったって言われたけど、これ絶対ハメられたんだと思う!
「皆月、オレのこと好きだったんだ?」
「ぃ?!」
変な声出た!
もうちょっとで顔を上げそうになったのを、なんとか堪えた。
「なんでそんな、キャラ違いすぎ!」
こんな奴じゃなかったはず!
「いや、ずっとこうだけど」
「私の知ってる楠木はもっと気の利かない奴!」
「本人前にして堂々とディスるなよ」
「だって、じゃあ」
「髪の長い皆月も可愛いかった」
「なんでそんな慣れてんの?!」
「慣れてない」
「慣れてる!」
顔を上げて楠木を見たら、顔が赤かった。
……ほんとだ。慣れてなかった。
「おまえも恥ずかしいかもしんねぇけど、こっちも必死なんだよ」
「なんで必死?」
「ずっと好きだった奴が急に髪切ったりして、他の奴らが可愛いって言ってんの聞いたりしたら、焦るよ」
言葉が私の頭の中から消えた。
「好きだって、言えよ」
「…………言ってくれたら、言う」
「おまえな……言っただろ」
「もっかい」
あんな、流れで言うんじゃなくって。
「明日な」
「なんで明日?!」
立ち上がった楠木が私に手を差し出す。
「明後日も言う」
そっと手を掴むと、ぐいっと引っ張られて、立ち上がった。
「帰ろうぜ」
「……うん」
さっきは置いてった友達を恨めしく思ったのに、今は二人きりにしてくれたことに感謝してて、我ながら無茶苦茶だけど。
「楠木」
「おぅ」
「私も」
「そこは言えよ」
困ったように眉を下げるけど、目が笑ってた。
「明日ね」
「明日な」
明日、言えたら、言う。
好きって。