第肆話
今回、死亡したのは三人だ。
亡くなったのは山口に鈴原、それから雨水蓮。前者二名はモブキャラで、雨水はきちんとしたビジュアルのある明確な「登場人物」の一人だ。
雨水蓮は二年二組のクラスメートが次々と死んでいく中でも明るさを失わない、良く言えば「お調子者」、悪く言えば「バカ」と呼ばれるタイプの人間だった。このホラーゲームの世界では珍しいそのキャラクター性にプレイヤーたちからはネタキャラとして愛され、この世界に転生した俺にも「やかましいけどいい奴」ぐらいの認識はあった。山口と鈴原はモブキャラだが、特に性格がいいわけでも悪いわけでもない普通の人間だ。だからこそ、例えばシャーペンの芯を一本貰うとか、グループワークをする時にお互い知恵を出し合うとか、そういう誰にでもある小さな交流があった相手だ。
俺はリア充というわけでもないし「クラスメートはみんな仲間だ!」みたいな熱血思考の持ち主でもない。ニュースなどで自分と同年代の人間が死んでも、「不幸な奴だな」とちょっと同情するくらいでその場は終わる。だがそれは自分の全く知らない人間、極端に言えば本当にこの世に存在しているのかどうかもわからないような遠い人間だからだ。今まで普通に会ってコミュニケーションを取っていた人間がいきなり死ぬ、という事実とは重みが違う。ましてそれが自分の力で止められる可能性があった、とわかっているなら気が滅入るのは当然のことだ。
二年二組の教室は、重苦しい空気で満たされている。俺、主人公・黒葉ミナトの右隣はヒロインの一人だった石黒小百合の席だ。現在、その机の上には花瓶に生けられた菊の花が飾ってある。石黒小百合だけじゃない、蝶野瑠璃に雨水蓮、それから山口と鈴原の机もそうだ。誰が飾っているのかはわからないが、ここはゲームの世界だから死んだら自動的に花が机上に現れるのかもしれない。
『アジサイの咲く季節』では二年二組の座席表を開くことができる。死んだキャラクターの机の上には、菊の花が表示されるようになるのだ。クラスメートの情報を確認する時に、現在の生者と死者の数やその比率を把握できるので意外とこの菊の花は役に立つ。
とはいえ視界に菊の花が入るというのは、何とも言えないやりきれなさで胸が痛くなる。
「おい、何をそんなに項垂れている?」
不躾に投げつけられたその言葉に、俺はゆっくりと顔を上げる。
現れたのは美少年だ。好き勝手はね回っているような栗色の癖っ毛に、厚いフレームの黒縁眼鏡。レンズの奥にある瞳は知的だが、神経質そうなものも感じさせる。
「乙木……」
クラスメートであり、メインキャラクター。そして、俺の中での黒幕候補。俺に名前を呼ばれた乙木はふん、と鼻を鳴らした。不遜な態度は無愛想に見える、というか実際コイツは無愛想な奴だ。乙木は基本的に主人公を評価するようなマネをしない。それは主人公を協力者だと認める一方で、四片マリに取り憑かれている可能性もあると警戒しているから。そう終盤で明かされるのだが、今は俺も乙木を疑っているのだからお互い様だろう。とはいえ、聞かれたことに対して何も言わないのも不自然だ。俺はなるべく警戒心を隠しながら、しかし重い気持ちはそのままに答えてみせる。
「クラスメートが五人も死んだって考えたら、ちょっとさ……」
「だから、へこんでいるのか? お前、このクラスが呪われていないか調べてるんだろう? だったらウジウジしていないで、もうちょっと調べてみたらどうだ?」
乙木の言葉に、俺は目を見張る。
ゲームの中でいきなり乙木が話しかけてきた時は、たいがいヒント役だ。だがそれは俺を黒幕と疑いながらのものであるため、かなり上から目線の言動であり俺を叱咤激励するようなものではない。そんな言葉が出るのは物語もクライマックスに近づき、乙木が主人公を信頼しはじめてからだ。なのにこんな、遠回しに「頑張れ」といった意味合いのことを口にするとは。
コイツは黒幕じゃなくて俺の、主人公の協力者なのか?
浮かんだその考えはしかし、この場では否定する。
当初の黒幕だった蝶野瑠璃でもクリアのためのヒントを口にすることはあった。自分のことを怪しまれないようにするため、そして四片マリの恨みと無念を気づかせるため。だから乙木が俺を励ますようなことを言ってくれたからといって、まだ油断はできない。
「『そう……だね。ありがとう、頑張ってみるよ』」
他のキャラから応援してもらった時の、主人公の定型文。乙木はそれで満足したのか、相変わらず愛想のかけらもない態度で俺に背中を向ける。その背が何を考えているのかはわからないが、乙木の言うことが正しいのは確かだ。
立ち止まっていたら死者は増える一方だ。俺はこのゲームの主人公であり、行動しなければならない立場にある。俺がプレイしていた時の黒葉ミナトだって、きっと心の中では不安や恐怖を抱えていただろう。だが、それでも呪いに立ち向かってきた。転生したとはいえ、俺だって同じ黒葉ミナトなのだ。ここで挫けたりしてはいけない。
俺は頭を振り、自分の気を引き締める。次にやるべきことは、ゲームの記憶を辿ればわかる。だが、それは一人でやるには少々骨の折れる作業だ。『アジサイの咲く季節』の中ではあっさり済まされていたが、現実にやるとなると誰か一人ぐらいには協力してもらわなければならない。黒幕である可能性が最も少なく、俺がこのゲームの中で一番信頼できる相手に。
このゲームで一番信頼できる相手。思い当たる人物は、一人しかいなかった。




