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第参話

 臨時休校は少なくとも表面上のざわつきは取り去ってくれたようだ。昼食としてコンビニのメロンパンを胃袋に収めた俺は、図書室に向かう。


 図書室は四片マリに関わる情報を得られる、最初の場所だ。実際の図書室ではあまり無いと思うが、この水無月学園の図書室には今までの卒業生の文集が全て保管されている。そこに一つだけ、クラスが少ない学年が存在する。そしてそのクラスこそが全ての呪いの発端、四片マリの所属していたクラスなのだ。


 本来の黒葉ミナトはあまり図書室に行かないらしく、図書室に向かう俺を藤崎はひどく驚いた様子で見送っていた。ゲーム内でも「俺は普段、図書室なんて行かないから気が進まない」なんてわざわざモノローグで前置きしてから向かっていたぐらいだし、黒葉ミナトはそもそも図書室の雰囲気が苦手なのかもしれない。実際、転生して黒葉ミナトになった俺は昼休みになっても教室から動かず藤崎と喋ったりくだらないことでバカ騒ぎをしたりする方が好きだった。


 けれど。黒葉ミナトになる前の俺、佐藤圭介は図書室が好きだった。面白い本がたくさんあるから、という安直な理由だが、俺にとっては大事なことだった。

 俺はゲームに限らず、漫画でもアニメでもラノベでも、娯楽としての「物語」が好きだった。辛いことがあった時、なんとなく人生に退屈している時。何かしらの物語を見ていると自分の悩みが薄れ、暗い気持ちに向き合うことができるようになる。それは現実逃避だ、なんて偉そうに言う連中もいるかもしれない。だが俺は実際そういうやり方で必死に生きてきたし、たくさんの物語に救われてきた。誰が何と言おうと、俺にとって物語は自分を救ってくれる存在なのだ。


 だから俺は、この『アジサイの咲く季節』もできるだけ犠牲者を少なくしベターエンドで終わらせたい。作中で死を描かれていても俺はこのゲームのキャラクターが好きだし、このゲームの世界が好きだ。だからこそ全ての物語のパターンを覚えてしまうまでこのゲームをやりこんだのだ。


 なら俺はそれを守るためにも、必死で行動しなければならない。


 そう考えていると、図書室に向かう足には自然に力が入っていた。

 図書室に入った俺は卒業文集の並ぶ棚に向かうと、迷わずお目当ての一冊を取り出す。ゲーム内では何冊もの文集を手にとっては「特に異常はないようだ」というメッセージが表れていたが、俺はどの文集が問題のものかを知っているのだから最初からその一冊を手に取る。この文集は 、今から三年前の卒業生のものだ。この学年は前後の学年と違って、クラスが一つ足りない。それもそのはず、二年二組が四片マリの呪いによって全滅したためクラス一つ分の生徒がごっそりいなくなってしまったのだ。


「黒葉くん、何してるの?」


 そこにいたのは、可愛らしい顔立ちの少女だった。綺麗に揃えられた金色のショートボブに、垂れ目がちな瞳。全体的にふわふわした印象の漂う、リスのような少女。この物語のメインキャラクターが一人、森アザミだ。


 学校中を探索しているとこんな風に、登場人物たちから話しかけられるシーンがよくある。会話して親しくなっておくことで物語の鍵を得やすくなったり、会話内容そのものがヒントになったりすることもあるので結構重要なイベントなのだ。


「ちょっと、卒業生のことに興味があってさ。ねぇ、森さんは呪いって信じる?」


 主人公は登場したキーパーソンにだいたい、こんな風に呪いを信じるかと尋ねる。返答はキャラによって変わるが、よく考えてみればおかしな話だ。いくらクラスメートが立て続けに死んだからと言って、いきなりそんなことを口走ったら普通「何を言ってるんだ?」と思われるはずだ。それを信じるのはよほどのオカルト信者か、最初から呪いの存在を知っている黒幕ぐらい。まぁそれを言い始めたらゲームが始まらない、という現実的な事情もあるのだろうがなんとなく違和感を持ってしまう。


「さあ、私はそういうのはあんまり知らないから……けど、いきなりどうしたの? 黒葉君ってそんなの信じる人だっけ?」


 この返答は、森アザミのデフォルトのセリフだ。対する主人公の台詞も俺は覚えている。その時点での死者数によって数字は変わるが、それ以外はいつも同じセリフ。


「なんかクラスメート二人が立て続けに死んだからちょっとそういうのがあるのかって思ってさ」


 ゲームに出ていた通りの言葉を吐く俺に、森アザミは怯えたような表情を見せる。これもまた、ゲームの通りだ。画面越しに何度も見たそれが実際に繰り広げられるのに妙な感心の仕方をしながら、俺は考える。この後、森アザミは「そうかぁ、本当に呪いだったら怖いね」という当たり障りのないセリフを口にして画面からフェードアウトするはずだ。そうなったら、先ほど本棚に戻した文集の中に目を通さなければならない。


「ねぇ、何か見つかった?」


 にっこり微笑みながら、森アザミが尋ねる。対する俺は全く予期していなかった反応に、完全に虚を突かれた。右に首を傾げ、人形にように愛くるしい笑みを浮かべる森アザミ、その瞳は純粋に、ただ俺の言葉だけを待っている。


「いや、その、まだよくわからなくってさ。とりあえずって思って文集を見てみたけど、それで何がわかるかもわからないから、さ」


 嘘がバレそうになって慌てふためく子どものように、俺はしどろもどろになりながら答える。その間、頭の中にはたくさんの疑問符が浮かんでいた。


 森アザミが主人公の呪い調査に口を出すのは、ある程度交流を深めて親密になってからだ。今までクラスメートとして全く交流がなかったわけではないが現時点、『アジサイの咲く季節』の主人公としては森アザミと特別親しい間柄ではないはずだ。なのになぜ今、森アザミは俺が呪いを解こうとしていることに言及するのか? やはり、物語に何かしらの変化が現れているのか?


 ゲーム内で森アザミに同じことを聞かれた時、主人公は「今、○○ということがわかったところなんだ」と正直に進捗状況を伝えている。だがいきなり聞かれたこともあって、俺はつい文集を見つけたことを伏せてしまった。いや、俺はまだ問題の文集をひらいていないのだから一応『アジサイの咲く季節』というゲームの登場人物としてはまだ何も情報を得ていない状態にあるはずだ。それなら、あながち嘘とも言えないかもしれない……


 俺の内心の焦りとは裏腹に、森アザミは俺のあやふやな答えでひとまず気が済んだようだ。「そう、じゃあ頑張ってね」と無難な言葉を口にした森アザミは、奴と俺の前から立ち去っていく。ゲーム画面で見ていたら、ここで森アザミとの交流イベントは一時終了したことになっているのだろう。


 まだ収まらない緊張を胸にしながら、俺は再び問題の文集を取り出す。そのページを開き、中身を確認した。

 やはり、この学年だ。水無月学園は生徒総数によって数人ほど違いはあっても、一学年につきクラスは四つと決まっている。だが、この文集には三クラス分の卒業生しか掲載されていない。『アジサイの咲く季節』ではここで主人公が疑問を抱き、当時からこの学園にいた自分たちの担任に話を聞きに行く。そこでかつての二年二組が、全員死亡したことを知るのだ。


 文集そのものは図書室外への持ち出し厳禁だ。代わりに手に持った文集の年度と表紙に描かれているイラスト、数人ほどの卒業生の名前を記憶する。担任に話を聞きに行く時、これらの情報がキーワードとして必要になるのだ。文集を棚に戻した俺は、足早に図書室をあとにする。


 昼休み終了まであと二十分ほどだ。担任にちょっと話を聞きに行くには、十分だろう。


 俺たち二年二組の担任を務める教師は、名前を「林田秀和」という。担当科目は英語で、洋楽が好きなのか授業中でもよく洋楽を聴かせてくれる。この『アジサイの咲く季節』に置いて架空の存在は水無月学園だけで、基本的な文化や風俗は本来の俺が生きていた世界と同じらしく、おかげで俺はこの世界にも英国出身の有名なロックスターやバンドが存在していることを知ることができた。


 こんな風にそこそこ印象に残る教師であるにも関わらず、ゲーム内での表記は「担任」というだけだ。出番も今回、四片マリが皆殺しにした二年二組のことを聞いたらそれで終了でこの後また職員室に行っても同じことしか喋らない。考えてみれば自分の受け持つクラスの生徒が次々と亡くなって大変な思いをしているだろうに、それらの事情は一切描かれずモブキャラの一人としてしか扱われないというのはなかなか不遇だ。そんなことを考えながら俺は職員室の扉を開き、担任の机へと向かう。


「今回のことは偶然だ、呪いなんてあるはずがない」とか「この学年の話はタブーでおおっぴらにしちゃいけないことになってるんだ」とか、まぁよくある前置きをした後で、担任はこう教えてくれる。


「その学年は卒業する前に、一クラスの生徒が次々と変死してな。だから本来四クラスだったのが、三クラスになってしまったんだ。最初はもう文集自体を取りやめにしようかという話も持ち上がったんだがな……」


 残念ながら担任が口にできる情報はこれで終了だ。まぁ学校の先生が過去の生徒のことを現在の生徒にべらべら喋ったら個人情報保護に関わるから、現実的に言えばそれも仕方のないことだろう。だが、この話でわかることは二つある。

 一つは、俺たちのクラスと同じようなことが過去にも起こっているということ。呪いは俺たちのクラスだから起こったのではなく、二年二組だから起こった。つまり俺たちのうちの誰かが特定の標的ということはなく、二年二組に所属している生徒は無差別に呪いが降りかかるということだ。


 もう一つは毎年、二年二組が無条件で死ぬわけではないということ。同じ二年二組でも去年やおととしに二年二組だった生徒は無事なのだ。他の二年二組には呪いがかからなかったのに、なぜ俺たちの二年二組には呪いが降りかかったのか。それを解明することがまた、呪いを解くヒントになるのだ。


「すいません。今までの卒業文集を面白がって見てたらこの学年が目に留まって、ちょっと気になったんで。先生、ありがとうございました」


 担任に頭を下げ、俺は職員室を出ようとする。とりあえず、最初のヒントはこれで無事に得られた。この調子でいけば死者の数をできるだけ少なくして、呪いを解くことができるかもしれない。


 淡い期待を抱きながら、歩き出そうとしたその時。


「先生大変です! 理科室で火事です! 二年二組の生徒が中にいるみたいです!」

 叫ぶように言いながら若い女の先生が、真っ青な表情で駆け寄ってくる。それを聞いた担任は顔色を変えると、すぐに職員室を飛び出していった。消防に連絡するのか、消火器でも取りに行くのか。とにかく、何かしら被害を食い止めるための対策を取るつもりなのだろう。


 だが、俺は立ち尽くすしかできなかった。「理科室で火災」は二年二組の生徒が死ぬ原因の一つ。起こる条件は「図書室に行く前に、校内を三カ所以上探索すること」だ。図書室に行くまでに余計な手間を取ったせいで呪いが早まり、みすみすクラスメートを呪い殺されてしまうのだ。


 だが、俺は真っ直ぐに図書室に向かった。それなのに、なぜ火事が起きたんだ?


 騒がしくなってくる職員室がの中で、俺は一人呆然と立ち尽くしていた。


 俺は頭を抱えていた。人はどうしようもできない状況に陥ったら、本当に頭に手を当て抱えるような仕草をするのだ。だが、そんな呑気なことを考えたところで俺の気持ちは前向きになれない。藤崎は相変わらず俺のことを心配してくれるが、今はそれに応える気にもならなかった。


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