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第弐話

 女子生徒二人の死により、俺たちのクラスは三日間の臨時休校をすることになった。蝶野瑠璃の遺体や石黒小百合の死を目の前で見てしまった生徒はかなり精神的苦痛を感じているようだし、学校側も保護者なり教育機関なりへの対応で忙しいから授業どころではないのだろう。


 黒葉ミナトの両親は二人とも海外赴任をしているため俺はマンションで一人暮らしをしている。冷静に考えればありえない設定だが、そこはゲームの主人公。強引でも両親の登場しない理由付けになれば、それで十分なのだ。俺にとってはあくまでゲームの世界での親だし、「黒葉ミナト」もこの生活に慣れているのか別段、寂しさも感じない。


 だから学校が休みになったのなら家でのんびり過ごし、他のクラスメートたちのようにショッキングな死のシーンを洗い流す努力をすればいいのだが。


 机の前に座った俺は、考え込む。『アジサイの咲く季節』の黒幕は間違いなく、蝶野瑠璃だった。それはどのルートのどのエンディングでも変わらない事実だ。その蝶野瑠璃が亡くなった以上、この世界に呪いを引き起こす黒幕は存在しないはずだ。それなのになぜ、石黒小百合はゲームのシナリオと同じ不可解な死に方をしたのか。


 例え黒幕である蝶野瑠璃が亡くなったとしても呪いは終わらず、ゲームのストーリーがまだ続いていることになるのか?


 その可能性が頭をよぎった瞬間、俺はぞっとする。

『アジサイの咲く季節』の物語はどのタイミングで四片マリに関する情報や四片マリに取り憑かれている人物を見抜けるかでエンディング、もといどれだけの登場人物が死ぬかが決まる。一番犠牲者が多いのは、呪いを解くことができずゲームオーバーになった場合だ。黒幕含むクラスメート全員が死亡し、呪いが次の学年にも降りかかることを示唆しながら絶望のうちに主人公も命を落とす。


 そんなラストが現実のものになったら、なんて考えたくもない。だが現実に石黒小百合が死んだ以上、そうなる可能性が無いとは言い切れない。それどころか、誰かが行動を起こさなければ確実にクラス全滅ENDは現実に近づいていくのだ。


 ゲームのシナリオを変えることのできる誰か。それは、この『アジサイの咲く季節』の主人公である黒葉ミナト、つまり俺しかいない。


 そこまで考えた俺は、クラス名簿とルーズリーフを取り出した。

 不安はあるし、未来を変えられるという自信もない。だが俺はこのゲームの愛好者で、何の因果か主人公に転生した。何もしないでいることなどできるわけがない。とにかく、まずは黒幕が誰なのかを推測すべきだ。そう思った俺は二年二組の名簿の名前をじっくり、穴が空くほどと見つめてみる。


 二年二組に所属する生徒は二十人だ。だが、一部のメインキャラクターを除けばあとは藤崎のように「一応、名前が与えられているだけのモブキャラ」という扱いをされている。どういうものかというと物語に積極的に関わることはなく、死ぬ時も主要登場人物に巻き込まれたりナレーションで死亡が説明されるだけで済まされたり、といった具合だ。しかし、言い換えると彼らは物語の犠牲者にしかならない人間ということだ。だから、黒幕になるとは考えづらい。となると、やはり凝ったビジュアルとキャラクターボイスが当てられたメインの登場人物たちが怪しいだろう。


 ゲーム中で主な登場人物とされる人間———石黒小百合のように亡くなる人間や呪いのヒントをくれる人間、あるいはミスリードを誘う人間など———には名前に法則性がある。全員、名前が花から取られていることだ。それも桜のようにオーソドックスなものからではなく、ネガティブな花言葉を持つものから名前を付けられている。例えば俺の「黒葉ミナト」も「復讐」の花言葉を持つクローバーから名付けられたものだ。二年二組に呪いをかける四片マリの名前はアジサイの別名、「四片」と「手鞠花」から来ているが、アジサイの花言葉は「移り気」や「冷淡」なので、やはり良い意味を持ってはいない。


 名前の由来は前世で読んだファンブックに載っていたし、ゲームをしていた俺はメインキャラクターたちのことを覚えている。俺はその名前をルーズリーフに、ずらりと書き出してみた。


 *蝶野瑠璃:「悪意」の花言葉を持つロベリアの別名「瑠璃蝶草」から。

 *石黒小百合:「呪い」の花言葉を持つクロユリから。

 *森アザミ:「報復」の花言葉を持つアザミから。

 *乙木颯:「恨み」の花言葉を持つオトギリソウから。

 *沢木キョウ:「悪意」の花言葉を持つサワギキョウから。

 *待雪美雨:「あなたの死を望む」の花言葉を持つスノードロップの和名、待雪草から。

 *雨水蓮:「滅亡」の花言葉を持つスイレンから。


 このうち蝶野瑠璃と石黒小百合は既に亡くなったから除外だ。では、蝶野瑠璃の次に物語の黒幕になりそうな人物は。


「乙木だ」


 俺は独りごちながら、乙木颯の名前をシャーペンでつつく。


 乙木は二年二組の一連の死について、主人公とは別の視点から呪いを探る人物だ。だがその情報を積極的に主人公と共有することはせず、呪いに怯えるクラスメートを小馬鹿にするような態度すら見受けられる。それゆえ物語中盤まで黒幕候補に挙げられる人物だが、死の間際になって「実は誰が四片マリに取り憑かれているかわからない状況で、疑心暗鬼になりながら必死で戦っていた」と自分の心情を吐露する。最後は主人公の努力と勇気を認めた上で、呪いの解除と二年二組の救済を頼んで息絶えるのだ。

 その潔い死は最初の嫌な印象から一転、プレイヤーから高評価であり『アジサイの咲く季節』の中ではなかなか人気のあるキャラクターとなっている。プレイヤー全員から好感を持たれている、というよりは特に一部のファンから強烈に愛されるタイプで、彼を主人公にした外伝漫画も連載されていたぐらいだ。


 だが。もし蝶野瑠璃の死によって四片マリの取り憑く対象が移り変わるとしたら?


 四片マリの目指すところは二年二組の生徒を皆殺しにすることだ。そのために自分が取り憑いて利用できる人間となれば、クラスメートを俯瞰的に見ることができる冷静な人間を選ぶだろう。乙木はそれに適任だ、四片マリに選ばれてしまう可能性もある。要注意人物として警戒するに超したことは無いだろう。


 次に怪しいのは沢木キョウだ。剣道部所属の沢木キョウは四片マリに繋がる手がかりを持つ人物だが、一度役目を果たしたら後は主人公から積極的に関わっていかない限りは特に目立った行動をしない。ストーリーが進んでいくうちに死亡が語られるだけで、作中でのセリフを見る限り呪いの存在自体にも懐疑的なようだ。加えて普段の人格も裏表のない爽やかな人物として描かれており、呪いに関わっているとは考えにくい。だがクラスメートの中で唯一、四片マリに繋がる人脈を持っている人間なので、そこから取り憑かれてしまうことも考えられる。


 女子なら待雪美雨も怪しい。森アザミと並んで主人公にヒントを与える、どこか謎めいた美少女。実はオカルト趣味で呪いに詳しく、自分なりに呪いを跳ね返そうとしていたことが死んだ後になって明かされる。なんだかんだ主人公の味方になってサポートしてくれる人間なのだが、四片マリと同じ女子でしかも心霊趣味があるならなおさら取り憑きやすいかもしれない。


 そこまで考えて、俺のボールペンはルーズリーフに乱暴な渦を描く。ダメだ、考えても始まらない。このゲームの本来の主人公だった黒葉ミナトだって、まずは呪いの手がかりを探して歩いたのだ。ここでうんうん唸っていたって呪いは終わらない。まずは行動してみるべきだ。


「とにかく、呪いを解く方から始めなきゃな」


 そう呟きながら俺は『アジサイの咲く季節』をプレイしていた時のことを思い出す。


 ゲームでは呪いや四片マリについての手がかりを得るために、色々と学校の中を探索してみることになっている。他作品のパロディやスタッフの趣味といったちょっとした小ネタが楽しめる時間ではあるが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。記憶を辿りながら、俺は拳を強く握りしめた。


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