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第壱話

 異世界転生。


 死んだ人間がゲームの世界だとか、漫画アニメの世界だとか、とにかく自分が元いた場所とは異なる世界に飛ばされる。


 ラノベではもはや数える気にもならないほど、ありふれた設定だろう。ところが俺はそれをやった。やってしまった。


 死因はベタに交通事故。しかも相手はこれまたベタにトラックときたものだ。いくら俺が漫画アニメゲーム大好き人間でも、できればこんな死に方したくなかった。死ぬ時の苦痛や恐怖を覚えていないのは幸いだが、せめて来週の少年漫画ぐらいは読んでから死にかったものだ。

 だが今更そんなことを嘆いたってどうしようもない。「佐藤圭介」という実に平凡な名前の人間はこの世から葬り去られ、別の世界へと転生することになってしまった。生前、プレイしていたゲームの世界。そこが俺の新天地だった。


 ◇


 ただ、俺が転生したのは剣と魔法のファンタジーなRPGも見た目麗しい美少女たちが次々と現れる恋愛ゲームでもない。魔法も奇跡もありはしない、美少女は現れても無残に死んでいく。そんな血と恐怖がはびこる、ホラーゲームの世界だった。


 俺が転生した『アジサイの咲く季節』はそのジャンルを「学園ホラー」と自称している。

 舞台はアジサイの咲き誇る美しい校舎が自慢の、水無月学園。その二年二組の生徒が、次々と不可解な死を遂げるようになる。

 主人公・黒葉ミナトはそのあまりの不自然さに「これは何者かの呪いではないのか」と考えるようになり、学校探索やクラスメートとの交流を通してその正体に迫っていく。最終的に呪いを引き起こす怨霊、及びそれに取り憑かれたクラスメートの正体を突き止め、怨霊を成仏させ二年二組にかけられた呪いを解けばゲームクリアだ。


 俺が生まれ変わったのは、この物語の主人公である黒葉ミナト。特に流行しているわけではないがダサいというわけでもない髪型に、整ってはいるが取り立てて美形というほどでもない顔つき。だが、それに気がついたのは二年生に進級して、数ヶ月たった頃だ。


 朝、目覚めた瞬間にこの世界に来る前の記憶、『アジサイの咲く季節』をプレイする側の人間だった頃の記憶が急に流れ込み、しばらく頭痛に悩まされた。いくらか時間をおいて自分を落ち着かせた頃、俺が最初に思いついた言葉は「大丈夫」だった。

『アジサイの咲く季節』にはいくつかのストーリーパターンや選択肢が存在しているが、俺はその全てをクリアして知っている。セリフもいくつか暗記しているぐらいだ、これなら楽々「強くてニューゲーム」ができる。うまく立ち回れば、死ぬ人間をゼロ人で黒幕を追い詰めることができるかもしれない。


 そうだ、俺は異世界転生をしたんだ。だったら前世の記憶を不利に利用して、この世界を生き抜いてやる。


 俺はそう決意し、学校に向かったのだが……。


 二年二組の教室に、目を閉じた美少女が横たわっている。


 滑らかな肌に、ふっくらとした赤い唇。すっと通った鼻筋に長い睫毛。均整のとれた体つきは、モデルといっても差し支えないほどだ。夢見るように閉じられたその瞼の下にはきっと、どんな星よりも煌めく美しい瞳がある。


 だが、その目が再び見開かれることは永遠に無い。なぜなら人間は首を切られたら生きていけないから。どこぞの某スランプなロボットアニメに出てくる女の子じゃあるまいし、そんなことができる人間なんてギャグ漫画にしかいない。ましてこの『アジサイの咲く季節』はホラーゲームだ。そんなギャグが挟まれる余地はない。そもそも人間は体のどこを切られても、大量の血を流してしまったら失血死で命を落としてしまう。血液は人間の体の動きの中でも何かと重要な役割を果たしているそうだから、当然の結果と言えるだろう。


 切断面から溢れ出る大量の血は、彼女の美しかった髪を、体を赤黒く染めている。わざわざ一メートルほど離されて設置された首と体は、「誰がどう見ても死んでいます」とアピールするかのようだ。


 こんな変わり果てた姿になってしまった美少女の名前は、蝶野瑠璃。このゲームに登場するメインキャラクターの一人であり、悪霊に取り憑かれて呪いを引き起こすことになる少女。この『アジサイの咲く季節』という物語の、黒幕を務める存在だった。


 ◇


 いきなりネタバレをすると、『アジサイの咲く季節』における一連の呪いを引き起こしていたのは四片マリという少女の霊だ。


 容姿端麗な彼女はクラスメートからのひどいイジメと恋人からの裏切りに絶望して自ら命を絶つが、その間際に自分が所属していた二年二組に呪いをかけた。で、その霊に取り憑かれてしまったの生徒が俺と同じ二年二組に所属する少女・蝶野瑠璃で、四片マリを成仏させてゲームをクリアすれば彼女は解放される手はずとなっている。


 逆に言えば、クリアするまで蝶野瑠璃が死ぬことはなかったはずなのだが。


「おい黒葉」

 主人公、もとい今の自分の名前を呼ばれた俺は、はっとする。


 隣で俺を心配げに覗き込んでいるのは、俺の友人の藤崎だ。

 藤崎はゲームの中で名字が登場するもののビジュアルが画面に映ることはなく、特にめぼしいセリフがあるわけでもない。そのためキャラクターボイスも割り当てられていない、早い話がモブキャラだ。


 藤崎はゲームの中で主人公、黒葉ミナトと交流があったシーンは描かれていない。だが、今の俺にとっては大切な親友だ。一年生の時に同じクラスになってから何かとつるむようになり、進級してクラスが同じになった時は素直に「良かった」と思えるような相手。女子の友達みたいに年がら年中ベタベタしているわけではないが話は合うし、二人組を作る時はどちらから言うこともなく一緒になる。一生涯付き合える友達というのは、意外とこういう奴だと思う。だから大切にしたいし、困っているなら力を貸してやりたい。ゲームの中の黒葉ミナトにとってはそうではなかったかもしれないが、今の俺にとっては自然とそう思える親友。それが、藤崎だった。


 この『アジサイの咲く季節』においてどのクラスメートが生きるか死ぬかはゲームのエンディングによってまちまちだ。そのため俺は内心「藤崎も危ないんじゃないのか」とひやひやしていたのだが、蝶野瑠璃が亡くなった今となってはそんな心配しなくていい。


「大丈夫か? 具合悪いなら保健室行った方がいいぞ。キツいなら、今日は早退した方がいいんじゃないのか?」


 矢継ぎ早に話す藤崎に、俺はやんわり大丈夫だと伝える。


 藤崎がここまで世話を焼くのには理由がある。俺を初めとする数人のクラスメートは、蝶野瑠璃の死体をもろに見てしまった。その死体は朝のホームルーム直前に、まるで見せつけるようにいきなり現れたのだ。あまりの凄惨な状況に教師陣の対応が手間取ったものの、教室を新聞紙で覆うことで遅めに登校してきた生徒の目には触れないようにすることができた。そのおかげで藤崎は運良く、あの血まみれの死体と対面せずに済んだのだが、それゆえに死体をまともに見てしまった俺のことが心配らしい。それもそのはず、他のクラスメートはかなりショックを受けているようだからだ。


 俺はこの『アジサイの咲く季節』に転生した時点である程度「クラスメートが死ぬかもしれない」という覚悟はしていたし、ここがゲームの世界であると理解しているためか死体を見た心理的ダメージはさほど大きくない。本来は黒幕であったはずの蝶野瑠璃が亡くなった、という事実には驚いたが、逆に言えばその程度で済んだのだ。だが、俺以外の連中はそうもいかない。純粋に同級生の死を悼み、泣き出す者。気分が悪くなってトイレや保健室に駆け込む者。落ち着かず教室をソワソワと歩き回る者。阿鼻叫喚とまではいかないものの、その異様な空気はクラスメートの死体を見てしまったことがどれだけショックだったかを表している。他の人間がそうなっている状況を見れば、一応死体を見た俺に藤崎が気を遣うのも無理からぬ話だった。


 とはいえ、藤崎だって蝶野瑠璃の死には多かれ少なかれ思うところがあるだろう。蝶野瑠璃はゲーム内でこそ黒幕扱いされているが、少なくとも俺が「黒葉ミナト」として生きた記憶を見る限りは至って普通の人間だったようだ。甘いものと可愛いものが大好きで、成績は中の上くらい。ゲームが進むと両親が離婚しているという複雑な家庭環境が明らかになるが、普段はそれをおくびにも出さず平凡に過ごしている。美少女ということもあって男子からの評判はいいが、それを女子に妬まれているらしい様子も無い。要領が良く、それなりに良好な人間関係を築くことのできる人間なのだろう。


 そもそもゲームでの悪行だって、四片マリの宿り木代わりにされたからであって彼女が直接、何かしたわけではない。地味ではないがクラスの一員として自然に溶け込み、調和している存在。そんな彼女がいなくなるのは平凡な日常の一部が破壊されたも同然であり、ここがホラーゲームの世界であると知らずとも危機感を抱くものだろう。

 突如降って湧いた非日常に、翻弄されるクラスメートたち。だが、その状況でもなるべくいつも通りに振る舞おう、一刻も早く平和な日々を取り戻そう、と行動する気丈な人間も中には存在する。


「皆さん、今日の一時間目は自習です。蝶野瑠璃さんのことが悲しいのは私も同じですが、今は静かに喪に服しましょう。そして、彼女の冥福を祈りましょう。大丈夫、彼女は優しい人です。きっと天国から、私たちを見守ってくれるでしょう」


 そう、この石黒小百合がまさにそういう人物だ。


 長い黒髪をツインテールにした美少女、石黒小百合。学級委員長である彼女は優しくもしっかり者で、クラスからは「聖女」とも呼ばれている。つまり、そういう設定にされているのだ。その性格ゆえ主人公の精神的な支えになってくれるが、同時に物語序盤で死ぬことで主人公の精神に大きなダメージを与える役割も担っている。そのダメージから立ち直って前向きに呪いと戦えるか、引きずったまま後ろ向きな気持ちで呪いに立ち向かうかでエンディングも変わってくるのだが・・・・・・。


 物語の黒幕である蝶野瑠璃が亡くなった今、彼女が死ぬことはないだろうか?


 俺はゲームで見た石黒小百合の死亡シーンを思い出す。


 彼女の死因は、溺死だ。それもいきなり口から水が溢れ出てきてその水で呼吸ができずに溺れ死ぬ、という常識では到底考えられない死に方をする。最も、だからこそ二年二組のクラスメートが死んでいくのが単なる偶然ではなく呪いのせいではないかと主人公が気づくきっかけになるのだが。


 口から大量に水を溢れさせ、「がっ・・・・・・ごぼっ・・・・・・」なんてセリフを吐きながらプレイヤーに向かって目を見開く姿はホラーゲームだからとはいえ、相当恐ろしくトラウマになりそうなものだ。特に担当声優の「本当にロープが何かで首を絞めながら収録したのではないか」と思えるほどの熱演が凄まじく、見ているこちらまで呼吸ができなくなってしまいそうだった。


 今のところ特に親しいというわけではないが、クラスのリーダー的存在でみんなに愛される石黒小百合があんな死に方をするのはできれば見たくない。だが、蝶野瑠璃が死んだ今ならたぶん大丈夫だろう。もちろん蝶野瑠璃だって死なないならそれが一番良かっただろうが、それでも他のクラスメートまで死ぬ自体が避けられるなら不幸中の幸いだ。そう思いながら俺は、舞台女優のようにハキハキと話す石黒小百合の姿を見つめていた。


 しかし。背筋をぴんと伸ばし正しい姿勢を維持していた石黒小百合が、急にしゃがみ込んだ。近くにいた女子が「どうしたの?」と口にしながら駆け寄ったが、俺はその瞬間に嫌な予感がした。自らの口に手を当て、吐き気を抑えるようなその姿に見覚えがあったからだ。


 そんな、まさか。


 脳裏に蘇ったあのシーンはすぐに現実になった。

 ほっそりとした指から抑えられず、溢れていく水。苦しそうに咳き込む石黒小百合の動きに合わせてその水の量は増えていった。

「石黒さん!? どうしたの石黒さん!?」

 石黒小百合に近寄った女子は動揺を隠せず、必死で名前を呼ぶ。異常を察した他のクラスメートも二人に近づきその背中をさすったり、水を受け止めようとしたりしていたが、それが無駄なことは全員わかっていただろう。


「がっ・・・・・・ごぼっ・・・・・・」


 ゲーム画面で見た言葉と同じ呻きを吐きながら、石黒小百合が苦しげに自らの首をかきむしる。柔らかな喉元に爪が食い込み、血が滲むのもお構いなしだ。だが、それを見守る俺たちにできることなど何もない。ただ困惑と恐怖に飲み込まれ、石黒小百合の名前を呼び続けるだけだ。


 やがて石黒小百合の腕がだらんと垂れ下がり、そのままぐったりと動かなくなった。


 その動作が合図だったかのように、クラスメートたちが一斉に悲鳴を上げる。そのうち、誰に呼ばれたのか俺たち二年二組の担任が駆けつけ「今日は全員、早退するように」と指示を出した。だが一日のうちに二人も死者が出た衝撃は大きく、しばらくクラスメートたちのざわめきは収まることがなかった。


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