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飛翔

作者: 石田 幸

今は亡きあの人へ。

 「寒ぅ…」

 未だほの暗い朝、がらりと開けた雨戸あまどからさっと吹き込んでくるてついた空気に、思わず肩をすくめる。

 年が明けて、小正月を迎えてから続く底冷えに、さすがに走る気がしぼみそうだ。

 そんな弱気を奮い立たせて、門口かどぐちを出ると履き慣れた運動靴のひもをきゅっと結び、足を振り子のように前後に大きく蹴る仕草をして、深く息を吸うと、勢いをつけて走り出す。


 パン屋の灯りだけがこうこうと輝いているまだ森閑しんかんとした商店街を通り抜け、橋のたもとの石段をたらたらと駆け降りると、宇治川に続く川沿いの小道をひた走る。


 今朝は、一段と冷たい。

 走る脚もかじかんで思い通りに動いてくれない。

 くじけそうになる気に目をつむり、ただ無心に走る。


 その時、頭上からさぁっと白い風がよぎり、あっという間もなく、私の眼の前の川面かわもに降り立った。

 「あ…」

 眩しいほどに白いさぎが、長い首を仰向けるように、すっくりと立っている。

 その立ち姿に見覚えがあった。

 

 「かづ叔母ちゃん」


 あの日もこんなこごえそうな朝だった。

 

 ー1995年1月17日ー


 凛とした美しい立ち姿と、慈愛に満ちた笑みが今も眼裏まなうらに焼き付いて離れない。


 そうだ。去年のこの日も、この光景を私はたしかに見た。

 

 「また、来てくれたんやね」


 まぶたが熱くなる。もっと近づきたい、と思ういとまも与えず、白さぎは大きく翼を広げたかと思うと水面を蹴って飛び立った。

 後を追って走る私を導くかのように、白さぎは大きく羽ばたいて飛翔し、川向こうに林立する冬枯れの樹々の間から輝く大きな朝日に向かって消えていった。


 「みゆちゃん、幸せになりや」


 まさか数日後に亡くなるとは思いもしないその年の正月に言ったかづ叔母の言葉が、頭の芯に優しくこだました。


 ー前を向かんとー

 

 かづ叔母の言葉に背中を押されて、今の時世に縮こまっていた背筋をしゃんと伸ばすと、私は顔を上げて、一心に駆け出した。

 

 27年目のこの朝。

 いつもの川沿いの小道には、まるでしつらえたように真っ白な朝霜が降りて、白く輝く一本の道となり、はるか先へと続いていた。



今年も迎えた1月17日。27年の時が流れても、癒えない痛みを抱える人達へ。そんな遺された人達を優しく見守って止まない今は亡き人達へ。少しでも光が差しますことを願って。合掌。

久方ぶりに書いた拙作をご一読いただきありがとうございました。


作者 石田 幸

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