第62話 落陽に染まる終幕
――ガラガラガラ……
遥か地下深くのドームの崩壊は地上まで連鎖し、轟音と灰煙を上げ帝城が崩れていく。私はトルネードと共にダニーに抱えられ、空からその様子を見ていた。
「ニド……」
私は地下深くに残してきたニドに想いをはせる。ダニーは、それもニドの想いだって。わかるけど、でも……。
「……ウィル。頼みがある」
トルネードが抱える皇帝の頭部が喋った。え、生きてるの!? 頭部だけで生きているのも≪粉≫による異形化の一種だろうか。トルネードが頷くと、皇帝が続ける。
「帝都北側の倉庫――最後の帝下四仙将≪心無い剣士≫のもとへ、私を連れて行ってくれないか」
「……何か考えがあるんだな。ダニー、頼む」
◆
ダニーが飛んで小さな倉庫のもとへ辿り着くと、中には動かぬ兜なしの全身鎧があった。これが≪心無い剣士≫……?
「ウィル。あれに私を乗せてくれ」
「! そういうことか」
トルネードが皇帝の頭部を全身鎧に乗せると、首回りが鋼で覆われて繋がり、やがて鎧が動き出す。
「これは≪魂鋼の器≫の模造品だ。強度は劣るが……もはや私に≪力≫は必要ない」
「ゼノヴァ……」
薄暗く小さな倉庫の中、皇帝は片膝をつき、トルネードに頭を垂れた。
「降伏する。私の負けだ」
「……終戦だな」
◆
私達が崩れ落ちた城の正門前広場に行くと、深緑の聖女様が樹士団と共に陣取っていた。灰人となった都民達は、みな聖女様の樹々に捕らわれており、プライドの面々も無事生きている。
共に歩く皇帝とトルネードを見て、聖女様が世界樹の葉巻をふかしながら声をかける。
「終わったか、トルネード。遅れてすまなかった、ダラライを殺さず倒すのに手こずってな。奴は帝国の対魔獣戦力としてこれからも必要な男。やれ、戦う相手まで守るのは骨が折れることよ」
「まったくだ」
トルネードは同意しながら、皇帝を聖女様に引き渡した。皇帝は聖女様の正面に立ち、真っ直ぐに視線を向ける。聖女様は構わず葉巻をふかした。
「皇帝バーディスよ。何か言い残すことは」
「……東大陸を、頼む」
「言われずとも」
聖女様は葉巻をしまい、革袋から七色に淡く輝く種を取り出す。
「これは世界樹の種だ。深緑の聖女エメラダ・グリンヴェルデの名に懸けて、この東大陸に緑を取り戻すことを誓おう。たとえ千年かかろうとも」
「……」
皇帝は黙って、ただ深く頭を下げた。樹士達に捕らわれ、神妙に簡易テントの中へ入っていく。
「これからどうなるの?」
私がトルネードに聞くと、トルネードはテントを見つめながら口を開く。
「けじめを着けなければならない。革命の仕上げとして、断首は免れないだろう」
「え? でも首――」
トルネードが私の口に人差し指を当てる。
「……皇帝バーディスは死ぬ。あとは、あいつ次第だ」
トルネードはそれきり黙ってテントを見つめていた。その後、私達はしばらく聖女様と話し、帝都決戦の経緯を報告する。
……
……
……
かなりの時間が経ち、日が傾く頃。後処理をトルネードに任せ、私とダニーが正門広場の様子を見て回っていると、心配そうに探し回る女性とユウリイを見つけた。
「ユウリイ! 良かった、無事だったんだね」
私はユウリイに駆け寄り、抱き付く。
「アーシャ、君も無事だったか。ダニーも。僕達は城が崩れる前に、何とかガープを連れて出たんだよ」
私はユウリイから体を離し、横の女性を見る。ショートの金髪のキレイな女性だ。ユウリイのコートを羽織っている。
「こちらはヨナ。ニドの想い人だよ」
「えっ……」
硬直する私に、ヨナは心配な顔をしたまま少しだけ会釈し、すぐに口を開く。
「あなたがアーシャ……ニドは? ねえ、ニドはあなたの所へ行ったはず。どうして……一緒にいないの?」
「……ニドは……」
口をつぐむ私に、ヨナが膝から崩れ落ちた。
「どうして……無理にでも止めるべきだった……! 私、私……!」
夕焼けに染まる朱の広場に、泣き声だけが響く。戦の過ぎた帝都はやけに静まり返っていて。ヨナの静かなすすり声が、余計に私の胸に刺さった。
ユウリイは心苦しそうにヨナを見下ろしながらも、私にニドの行方を問う。私はヨナに気を遣い、言葉を選びながら経緯を話した。するとユウリイは少し考えてからしゃがみこみ、ヨナに語りかける。
「ヨナ。ニドが飛び降りた縦穴、覚えてるかい」
「……忘れるはずないじゃない」
ヨナは拭っても拭っても溢れる涙を抑えながら応えた。ユウリイはうずくまるヨナの背をさすりながら、優しく語りかける。
「あの昇降機のケーブル……僕には、奈落に垂れる天の糸に見えたよ。諦めるのは、まだ早いんじゃないかな」
――その時だ。
――バガァンッ!!
崩れた城から激しい破砕音が響き、瓦礫が飛散する。中から顔を出したのは、灰砂だらけの黒き剣士――!
「――――!!!」
ヨナはすぐに顔を上げ、溢れる涙もそのままに駆け出した。私とダニー、ユウリイも後を追う。瓦礫の山から出てきたニドは、全身の灰砂をはたきながら笑った。
「どうしたてめーら、ユウレイでも見るような顔してよ。俺ぁ自分も生き埋めになるなんざ一言も言ってねえぞ。昇降機の縦穴がギリギリ登れてな。奴は二度と出てこれねえよう散々ぶった斬ってやったぜ――おおッ!?」
ヨナが駆ける勢いのまま、ニドに飛びついた。
「この……バカァッ! 私はもう復讐なんて良かったのに! ニドとやっと会えて、それなのに、どれだけ人を心配させたら――!!」
「……」
ニドは黙ってヨナを抱き返し、ヨナが少し落ち着くのを待ってから口を開く。
「会えたから、だ。余計に奴を斬らなくちゃならなくなった。俺が本当に憎悪だけで戦ってたら、奴の思い通り邪龍になっちまってただろうよ」
「……どういう意味?」
ヨナは涙を拭って、ニドの顔を見上げた。ニドはまた黙って見つめ返す。答えが返ってこないことにヨナが少しだけ首を傾げると、ニドはヨナの頭をぐっと胸に抱き寄せた。
「惚れた女のためなら、不死の魔女だろうがぶった斬んだよ。もう怖がることも、心配することもねえ」
沈み行く夕陽が、瓦礫の山で抱き合う2人を優しく朱に包む。見ていた私とダニーも、そっと手を繋いだ。これで、全部終わりだ。帰ろう。私達の家に――。





