第59話 初めからずっと
トルネードとニドの予想は的中していた。2人が的確に頭部を狙うと、皇帝は必ず防御する。圧倒的な力量差をわずかに埋める光明が、2人を奮い起たせた。
「だらあッ!!」
ニドが頭部へ大剣を振り下ろせば、皇帝は両腕で頭部を守り、その隙にトルネードがすかさず四肢の関節を狙う。曲がらぬ鋼なら必ずあるはずの結合部――トルネードはその破壊を試みていた。頭部を攻めるだけでは容易に対応される。多部位を狙い、頭部を狙う隙を作り出していく。
皇帝はその鋼拳鋼脚で時に剣を弾き、時に2人を撃つ。正拳、裏拳、回し蹴り――薄闇のドームに拳風と鈍い打撃音が響き、ニドとトルネードの血が飛散していく。弱点を見つけたとて、力量差は歴然。消耗が激しいのはトルネードとニドの方だった。それでも致命的な一撃を喰らわずに戦い続けられるのは、ともに近接戦最強格の2人だからこそ。
一瞬の隙も許さぬ剣と拳の攻防。薄闇で僅かに動くダニーの気配には、誰も気付かなかった。
「……動け……動け……!」
ダニーは皇帝に胴を貫かれ、致命傷を負っていた。動くどころか、生きていることすら奇跡的な傷。しかしダニーの想いに呼応した白銀の鋼毛が風穴を覆い、出血を止める。決して治癒するわけではない、骨を刺し肉を蝕む鋼毛――ニドの黒鱗と同じく、ダニーの胴を白銀の鋼毛が侵食し、命を繋ぎ止めていた。
……この先、オレの体がどうなったって構わねえ……今なんだ。今守れなくちゃ、いつ守るってんだよ……!
ダニーは、茫然と立つアーシャの足へ懸命に手を伸ばす。あとほんの少しで届く。地を這い、全霊を込める右腕、震える指先。今にも触れるその時――
――気付いたのは、皇帝。
「――! その小僧を焼け、≪紅蓮の聖女≫よ!」
2人の剣を受けながら皇帝が叫ぶ。虚ろな目をしたアーシャは、意思無く命のままに右手を払い、自身ごとダニーを大きな炎で包んだ。
「! やめ――」
トルネードが制止せんと叫ぼうとするも、その隙に皇帝の打ち下ろしをまともに受け、地に叩き付けられる。
「――がはっ!」
たまらず吐血したトルネードは見た。視界の端に、立ち上がろうとするダニーを。
燃え盛る豪炎の中で、ダニーが叫ぶ。
「……止め……るなッ!!」
燃えるダニーの叫びに、トルネードは理解した。これは、命懸けの覚悟。豪炎はダニーを焼くが、同時に皇帝も近付けさせない。ダニーは、誰にも邪魔されないアーシャの炎の中で、心を取り戻すつもりだ――神毒のない現代で取り得る、ただ一つの方法で。この機を逃せばもう皇帝はアーシャに誰も近付かせないだろう。ならば、俺がすべきことは――
トルネードは皇帝と炎の間に立ち、アーシャとダニーを守るように立ち回る。ニドも意図を汲み、加勢する。2人は防御を捨ててでもいっそう攻撃の手を増し、皇帝に指示を出させる隙を与えない。激しさを増した剣戟がドームに響き渡る。
ダニーは片膝を立て、重い体を持ち上げる。豪々と燃え盛る炎がダニーを焼く。が、白銀の鋼毛が強い想いに呼応し、焼ける内から次々に生え続け、その身を守っていた。ただし体表の燃焼を防ぐだけで、超高熱から体内を守るものでは無く、苦悶がダニーを襲う。
「……炎が……怖くて――」
自らを奮い起たせるように吠え、ダニーは立ち上がる。
「――アーシャを……守れるかよッ!!」
ダニーは焼けただれた足を一歩踏み出し、本来なら即死する熱と痛みに耐えながら、アーシャを抱き締めた。今この瞬間を生きるために、白銀の鋼毛が体内を侵食し、熱で失われ行く生命維持機能を補完する。
光は消え、音は遠く。五感が薄れていく。ただ感じるは、その銀の腕に抱くアーシャのかたち。それだけが、ダニーの世界の全てだった。心一杯にいくつものアーシャの姿が浮かぶ。喜び跳ねる姿が、怒り叫ぶ姿が、泣き崩れる姿が、笑い輝く姿が――まるで、走馬灯のように。
ダニーは死を間近に感じながらも、アーシャに優しく語りかける。炎で喉を焼かれ、声にならない声で。
◆――……
なあ、聴こえてるか、アーシャ。
オレ、声が出せないみたいだ。情けねえな。
でも、一生懸命伝えるから。
これが、最期かもしれないから。
オレ頭悪いからさ、うまいことは言えない。
きれいな言葉も、かっこいいセリフも。
だから、全部言うぞ。
アーシャが好きだ。
初めからずっと。
会った時から、好きだった。
覚えてるか? オレは、忘れもしない。
雨の日だった。
トルネードが連れてきてさ。
アーシャ、びしょ濡れだったな。
仲良くなりたくて、すぐ話しかけた。
アーシャはトルネードの後ろに隠れてたけど、
オレが差し出した手を、取ってくれたんだよ。
で、にっこり笑った。
一目惚れだった。
ごめん、何か涙出てきた。
かっこ悪いな、オレ。続けるぞ。
あれは、いつだったかな。
いや、いつもだった。
アーシャの灰髪が、陽に煌めいて。
キラキラと銀に輝くんだ。
小さい頃に一度だけ、「きれい!」って。
つい言葉に出た。
後で恥ずかしくなってさ。
言わないようにしてたけど。
好きだ。
その髪も、
その目も、
耳だって、鼻だって、何だって。
好きだ。
悪かったよ。
灰被りなんてからかってさ。
ガキだった。
ホント反省してる。
嫌な想いさせたかなって。
馬鹿だな、オレ。
いまさら謝って。
遅いよな。ごめん。
なあ、聴こえてるか?
秘密基地、作ったよな。
実はオレ、基地を作ったことより、
あの会話が嬉しかったんだよ。
アーシャがママで、オレが聖樹士で。
2人で孤児院を守るんだってやつ。
夢だったよ。そんな暮らしが。
まだそんな夢を抱いてるのは、オレだけか?
そうだ、最高の思い出があるぜ。
覚えてるか。
ふふ、オレだけかもな。覚えてるのは。
ある冬だった。
星がきれいだったな。
2人でバルコニー出てさ。
本当の親ってどんな人だろうかって。
で、名字の話になった。
アーシャが≪もがく者≫より
≪友情≫が良いって言ったんだ。
アナスタシア・アミキータが良いって。
ドキドキした。
意味わかって言ってんのかって。
オレもそうしたいよ。
アナスタシア・アミキータが良い。
今なら、わかるだろ?
伝わってるか?
聴こえてるか?
返事、くれないか。
うんでもいやでも、何だっていいから。
アーシャがオレのことどう想ってても。
オレは、アーシャのことを絶対に守る。
いつもオレの方が守られて。
悔しいんだ。
オレが馬鹿だから、粉飲んだ時も。
大穴に飛び込んでオレを助けてくれたよな。
だったら次は、オレが炎に飛び込む番だ。
炎を怖がってちゃ、アーシャに向き合えない。
だって、アーシャが一番向き合ってきたんだ。
ずっと悩んでたろ。
そりゃ悩むよな。
今、どう想ってる?
怖いか? 自分の炎が。
オレは怖くないぜ。
この炎もひっくるめて、アーシャだから。
炎ごと、抱き締めてやる。
アーシャ。
愛してる。
……――◆





