第57話 少女は誰の腕の中
帝城の遥か地下深くに広がる巨大なドーム状空間――神炭の間。轟々と燃え盛る炎の前に立つは皇帝バーディス。10m程の間合いを開け、構えるは英雄と鱗の男。ダニーは皇帝の圧に押され、白面越しにもわかるほど緊張していた。それでも想うは、炎に浮かぶ少女の安否。
「なあ、トルネード。アーシャは――」
「聞け、ダニー」
トルネードは二刀を皇帝に向け警戒しながら、声を落としダニーに話しかける。
「今はアーシャに近付けない。が、目覚めた時、炎は激しく燃え上がった後に消えるだろう――かつてサンドラが目覚めた時のように。皇帝は俺と≪鱗の男≫で抑え込んでみせる。炎が消えたら、すぐにアーシャを回収しろ」
トルネードの脳裏に、かつてのサンドラとゼノヴァの姿が浮かぶ。炎の力に飲まれたサンドラは心を失い、ゼノヴァの意のままに炎を振るった。ゼノヴァはまだ世界平和を目指していたが、皇帝は樹教国と争うだけでなく、自国の民をも平気で犠牲にする男。アーシャを手に入れた暁には、躊躇なく邪魔者を焼き払わせるに違いない。……渡すわけにはいかない。何としても。
「おいおい、俺は抑え込むつもりなんてねえぞ。ヤツはルクレイシアの親玉――ぶった斬りたくてしょうがねえんだからよ」
2人の会話を聞いていたニドが横槍を入れた。あのルクレイシアの頭だ、許せるはずがねえ。ニドの内から沸々と憎悪が湧き上がる。
「無論、斬るに越したことはない。期待している」
トルネードがニドに目をやると、ニドは頷いた。ダニーは拳を握り締め、決意する。オレは皇帝との戦いに着いていけそうにない……でも! アーシャだけは絶対奪わせない!
「……わかった、トルネード。アーシャは絶対にオレが助け出す!」
「任せたぞ」
トルネードは二刀を一旦納め、両手に投げナイフを3本ずつ抜いた。炎に赤々と照らされた皇帝の背に、渾身の旋回で投げる!
6本のナイフは音速を超え、風を突き破る衝撃音を上げて空を駆ける。これを開戦の合図に、大剣に手をかけたままニドが駆けた。トルネードは駆けながら旋回し、勢いのままに高く跳んだ。
飛翔する銀刃、地を駆ける黒鱗の剣士、上空から振り下ろす英雄の剣――三重の波状攻撃が炎前に立つ皇帝に迫る――!
赤々と照らされた皇帝が、振り向く。
「……」
皇帝は無言で、6本のナイフを細剣で突く。見飽きた技に退屈しきっているかのように、何の感情も無く。ナイフは宙で停止し、地に落ちて虚しい音を響かせた。
「だらあぁぁあッ!!」
続けてニドが大剣を横に構えて薙ぎ払い、同時にトルネードが上空から二刀を振り下ろす。が、皇帝はその場から動くこと無くトルネードを突いて吹き飛ばし、ニドの大剣をピタリと細剣で突き止めた。
「……!」
ニドは渾身の力を込めて薙いだはずだった。それが細い剣先で刃を突かれ、軽々と受け止められている。どれだけ力を込めても、細剣はびくともしない。いったいどんな芸当だよ、こいつは……!
一方、突き飛ばされたトルネードは受け身をとって着地する。トルネードは上空で縦に旋回し、二刀を同時に振り下ろしていた。その二刀をほぼ同時に突かれ、剣を跳ね返された勢いで体ごと吹き飛ばされたのだった。
「ちぃッ!」
ニドは一旦剣を引き、トルネードのもとに跳び下がる。英雄が勝てねえわけだ、ガープの言葉が今ならよく分かる。確かにこいつぁ化けモンだ。シンプルに速く、精密で、強い。人の皮をかぶっちゃいるが、間違いなく――
「≪粉≫やってやがんな、怪力が」
ニドは何気なくぼやいたつもりだった。が、皇帝はぴくりと反応する。
「私を貴様のような獣の器と同列にするな」
その反応を、トルネードは見逃さない。何かつけ込む隙がありそうに見え、あえて突く。
「何が違う。その力、人間離れし過ぎている」
「黙れ。私は……貴様のような木偶でもない」
「! まさか、お前は――」
皇帝は炎前を離れてトルネードに歩み寄り、眼前に細剣を突き付ける。
「死ね」
――瞬間、ドーム中央の炎が激しく燃え上がり、極太の御柱のごとくドーム天頂を衝く! 御柱の中でアーシャは高く浮き、炎を纏う――!
「今だッ!!」
戦いに加わらずひたすらにアーシャを見守っていたダニーが翼を広げ飛び立つ!
「アーシャッ!!!」
炎の御柱が消え、炎を纏ったまま宙に浮くアーシャに手を伸ばし、触れる瞬間――
――ドッ!
皇帝の投げた細剣が、ダニーの胴を貫く。地から天へ翔ぶ銀刃は、白銀の体に風穴を開け赤に染めると、勢いのままにドーム壁に深く突き刺さった。
「ちく……しょう――」
伸ばした手はわずかに届かず、ダニーは力無く地に墜ちる。
トルネードはダニーとアーシャを案じながらも、皇帝が無手になった千載一遇の機を逃せない。すぐさま旋回し二刀を薙ぐ。同時にニドが皇帝の背後から大剣を振り下ろす、決定的な挟撃――
――ガギギィインッ!!
皇帝は両腕を頭上で交差させて背後の大剣を受け、胴で二刀を受ける。骨肉を断つはずの刃が響かせるは、鈍い金属音。
「!」
「てめえ……そのカラダ……!」
トルネードとニドが驚惑した瞬間、皇帝はニドの腕を両手で掴み、黒鱗の巨躯をいとも簡単にトルネードに向け背負い投げる。
「ぐっ!」
たまらずトルネードはニドを受け止め、2人は態勢を立て直した。その隙に皇帝は墜ちたダニーの傍へ跳び下がる。あらためて皇帝の両腕と胴を見れば、壊れた鎧と裂けた皮膚の下から赤黒い金属製の体が覗く。
「……確かに、木偶じゃあなさそうだ」
トルネードの皮肉に皇帝はピクと青筋を立てたが、すぐに上を向く。炎を纏うアーシャは皇帝の腕の中へゆっくりと降下し、虚ろな目をしたまま横抱きされた。
「それがどうした。≪紅蓮の聖女≫は私の腕の中にいる。お前達の負けだ――ウィル。私は今度こそ全てを手にしてみせる」





