第54話 奈落行きの片道切符
物語は現在時間――帝都決戦に戻る。捕らわれたアーシャを探すニド、ユウリイ、ヨナの3人は、帝国城3階の皇帝の間前へと辿り着いていた。
「でっけえ扉――ここかァッ?!」
ニドはドカドカと走る勢いのまま、皇帝の間の両扉を蹴飛ばす。
――バァンッ!
そのまま駆けて入った3人は、血溜まりをパシャと踏み散らし、足を止める。皇帝の間は静まりかえっていた。血の染みる赤絨毯の周りにはプライドの団員達が横たわり、奥には空の玉座があるのみ。即座に場を把握したユウリイが、呟く。
「皆、やられたのか。傷痕からして相当な剣の使い手……帝下四仙将のひとり≪心無い剣士≫か、あるいは――皇帝か」
「だな。この切り口……武器は細剣ってとこか」
ニドは横たわる団員の傷を見て推察する。鋼鎧ごと貫く恐ろしく鋭い刺突痕――尋常じゃない力が無いとこんなワザはできねえ。
3人が様子を伺っていると、壁際からかすかな声がした。
「……おい……王子、か……?」
ニド、ユウリイ、ヨナは即座に声のもとへ振り向く。血溜まりから這った跡が続く石壁に、一人の大男が上半身を起こし、寄りかかっていた。
「ガープ! 生きていたか!」
ユウリイはすぐさまガープのもとへ駆け付け、しゃがみこんで怪我の状況を確認する。ガープは五体を穿たれ、意識があるのが不思議なくらい大量に出血している。ニドとヨナもガープのもとへ駆け寄る。
「すぐに止血を!」
「……すまねえ……」
ユウリイはヨナに貸したコートの内ポケットから救急具を出し、包帯と傷薬で手際良く止血を行う。ガープは処置を受けながら、掠れ声で語りだした。
「あれは……バーディスじゃねえ……」
「何だって?」
ユウリイは手当しながら耳を傾ける。ガープは時折吐血しながら、言葉を絞り出す。
「何か……別の、化け物だ。この国は……《《何に乗っ取られた》》……?」
「皇帝にやられたのか。あの魔女を従えるような奴ァ、化けモンに決まってんだろ。皇帝も≪粉≫を飲んでんじゃねえか?」
ニドは横たわる団員達を振り向き言った。≪粉≫による怪力なら、細剣で鎧ごと貫くパワーも理解できる。
「……皇帝の正体はともかく、僕達は捕らわれた仲間を探してるんだ。何か知らないか」
ユウリイの問いに、ガープは思い出すようにわずかに沈黙し、口を開いた。
「たしか……例の残火を捕え、地下の神炭のもとへ連行した、と言っていた……そこの昇降機から、皇帝も――ゴホッ、ガハッ」
「それだけわかれば十分だ。ありがとう、ガープ。もう無理に喋らなくていい」
吐血するガープの口元に布をあて、ユウリイが背をなぜる。ニドは大剣を背に担ぎ直し、ガープの視線の先の昇降機に向いた。
「間違いなくアーシャのことだろう。しかもそこに神炭があり、皇帝もいるとなりゃあ、奴も来るに決まってる」
「そうだね。こんなオモシロイ見世物を、ルクレイシアが見逃すはずがない」
ユウリイの言葉に、ヨナはごくりと唾を飲んだ。緊張するヨナの様子を横目に見ながら、ユウリイは続ける。
「ニド、僕はここに残る。仮に皇帝を倒しても、ガープに死なれてはこの革命は完成しない。ここで誰か手当てしながら守る必要がある。それに、樹剣も樹砲も無い僕は正直足手まといになるだろう……ヨナも、一緒に残ってくれないか」
ユウリイの発言の意図は明白だった。即ち、この先の決戦では、ヨナもニドの足手まといにしかならないと。さらに言えば、もしもヨナに何かあれば、今度こそニドが魔獣化してしまうのではとユウリイは懸念していた。
ヨナの緊張具合を見たニドも言葉を続ける。
「そうだな。この先はおそらくもう戻れねえ。ここなら何かあっても城外に逃げられる。ヨナ、お前も残れ」
「……! ……うん」
ヨナは『私も行く』と言おうとしたが、その言葉を飲み込み、頷いた。武器を持たない今の私では、確かにニドの足手まといになるだろう。でも……何故だろう、とても、ドキドキする。嫌な予感が止まらない。
ヨナはタッとニドに駆け寄り、大きな胸板に抱きついた。
「ねえ……必ず、生きて帰って」
「……」
ニドは無言でヨナの頭を軽く撫でると、両肩を持って体を離す。
「行ってくる」
そう言うとニドは振り向いて昇降機のもとへ歩き、扉を開けた。昇降機本体は皇帝が降りたまま下にあるようで、中は暗く、ガランとした縦穴とケーブルが地下深くへと底が見えない程続いていた。まるで奈落へ堕ちるトンネルのように。
闇に向かって立つニドの背に、ヨナは再び声をかける。
「ねえ! 約束してってば!」
ユウリイは、諦めたように短いため息をつく。無駄だよ、ヨナ。彼はそんな約束はしない。君を助けた時点で、出来すぎてるんだ。後は……ルクレイシアを殺せるなら、命など平気で賭けるだろう。
ニドの全身が、ビキビキと生える黒鱗に覆われていく。足先から頭まで、復讐の黒に染まるかのように。
「……じゃあな。頼んだぜ、ユウリイ」
ニドは背の大剣の柄を右手で握り締め、振り向くことなく昇降機の深穴へと飛び降りた。
「ニドーーーーーーッッ!!!」
消えた背に叫びながら駆け出そうとするヨナの腕を、ユウリイが掴む。やれやれ……暴走する君の後始末は、いつだって僕の役割だ。
「ヨナ、信じて待とう。僕達に出来るのはそれだけだ。それに――」
「それに、何?」
問うヨナに、ユウリイは軽く口角を上げて答える。
「あの暗い闇の底には、大きな光がある。アーシャっていう、とびきり輝く炎がね」





