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灰髪のアーシャ ~炎の力に目覚めた少女は、英雄に導かれ灰の荒野を往く~  作者: 星太
第6章 遠き夢に火は落ちて

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第49話 俺の名前を呼んでくれ

 ゼノヴァは東大陸の中心にある小さな王国に潜り込むと、サンドラの炎の力で魔獣を退け、時に強引に他国を引き込みながら、わずか5年で強国へのし上げた。自らを導師、サンドラを≪紅蓮の聖女≫と称し、弱冠22才の英雄として世界中の人心を集めていく。


 人々は魔獣の恐怖から解放され、大陸中に居を広げ豊かな暮らしを享受した。が、欲深い人間は、手にした富で互いに争い始める。導師ゼノヴァは聖女サンドラの炎と王国が整備した軍事力で紛争を鎮め、世の秩序を保っていた。


― ◆ ―


「「導師様、万歳!」」

「「聖女様、万歳!」」


 綺麗に整備された石畳を輿こしが通ると、民衆は諸手を挙げて歓迎した。遠方の紛争を鎮め凱旋したゼノヴァとサンドラに、王都中が沸き立っていた。


「……気に入らねえな」


 熱狂的な大歓声をあげる人混みから離れた細い路地で、ひとり壁にもたれた男が呟く。男はボサボサに伸びた茶髪に無精髭を生やし、ボロボロの革服を纏っている。一見ただの浮浪者だが、その目にはギラつく闘志が宿っていた。


「同感ね」


 白いヴェールで顔を隠した女がどこからか現れ、声をかける。腰まで伸びる美しい灰髪に純白のロングドレス、ガラスのハイヒールを纏う気品溢れる姿は、明らかに一般庶民ではない。


「何だ、あんた」

「私のことは、そうね……ルーシア、とでも呼んで頂戴。≪トルネード≫」


 ルーシアはヴェールの下で不適な笑みを浮かべた。トルネードと呼ばれた男は、もたれていた壁からおもむろに背を離し、ルーシアを探るように睨み付ける。


 男は通称≪トルネード≫――ゼノヴァが華々しく表舞台を駆け上がる一方で、人知れずひたすらに魔獣を殺し腕を磨き続けてきたウィル。貧弱な人間の力で魔獣に打ち勝つため旋回と二刀の技術を編み出し、その竜巻のごとき戦闘振りから、裏世界で≪トルネード≫と呼ばれるようになっていた。


「……何の用だ」

「邪魔者を消して欲しいの」

「ターゲットは」


 トルネードは、裏稼業として殺しを請け負っていた。ただ力を求める戦いの日々――狩る相手は人でも構わなかった。ルーシアは躊躇なく対象の名を告げる。


「≪紅蓮の聖女≫、サンドラ」


 トルネードはわずかに目を見開き、一瞬の沈黙の後、うなずく。


「……殺しはしない。奪うだけだ」

「構わないわ、王都から消えてくれさえすれば。今夜は凱旋の宴。聖女サマは《《あの》》調子だから、社交の場には出ず部屋にお篭りになる。ゼノヴァ様と離れる最大の好機よ。侵入と脱出の経路はこちらで確保しておくから、奪った後は御自由に」


 そう言いながら、ルーシアは金貨の詰まった麻袋と作戦の手順書をトルネードに差し出す。


「それにしても、意外な程あっさり受けるのね。こんな大罪を」


 トルネードは報酬と手順書を掴みとると身を翻し、路地裏へ歩を進める。


「……丁度奪いたいと思っていたのさ。じゃあな、王女サマ」


 片手を上げながらそう言うと、トルネードは静かな路地裏へ消えていった。


「気付いていたのね……意地の悪い男」


 ルーシアは消え行く背にひとり呟くと、城へ向かって悠然と歩きだした。


……


……


 満月が照らす城に、伸びやかな弦楽と談笑が響く。


 トルネードは宴の喧騒に紛れ、あらかじめルーシアが開けておいた扉から潜入した。警備は宴会場に集中し、サンドラの籠る尖塔はほとんど兵士がいない。


 月明かり射す螺旋階段を駆け上り、あっさりと最上階の居室へ辿り着く。扉を開ければ、サンドラがひとり籠っている――はずだった。


「いつか来ると、思っていた」


 青暗い室内に、窓から射す月光がサンドラともうひとりの姿を浮かび上がらせる。声の主は、長い銀髪を後ろに流し、金の刺繍が施された純白のローブを纏う男――導師ゼノヴァが、真っ直ぐにトルネードを見つめた。


「聖女を奪いに来たのだろう? 今宵は宴――絶好の機会だ」


 落ち着いた声に、かつての幼さは無い。トルネードもまた低い声で呟く。


「……聖女じゃねえ」

「何?」


 トルネードは、ゼノヴァの後方に立つサンドラを見つめた。頭からすっぽりと真紅のローブを纏い、その表情は伺い知れない。


「今日まで待ったのは、サンドラがお前を選んだからだ。だがお前は、サンドラの手を人の血で赤く染めやがった」


 トルネードの言葉に、ゼノヴァは首を振る。


「責を果たすためだ」

「だったら自分の手を汚せ。白く着飾りやがって」

「手ならとうに汚れている。平和を為すためにどれだけ罪を犯してきたか……託された私の苦労などお前には分かるまい」

「ああ分からねえ。俺が考えてるのはサンドラのことだけだ」


 トルネードは静かに両手を太もものナイフに伸ばす。


「勝負だ、ゼノヴァ。俺が勝ったらサンドラをもらう」

「……懲りんな、私に一度も勝ったことがないのを忘れたか。良いだろう、私が勝ったら私の下で働いてもらう」


 ゼノヴァは腰に提げた細剣をすらりと抜いた。細い刀身に月の光が反射したその瞬間――トルネードがすかさず2本のナイフを投げる!


「小癪な」


 ゼノヴァは薄闇を疾走する小さな銀片を素早く細剣で弾く。


「――遅えよ」


 その隙にトルネードは抜刀し間合いを詰める。目にも止まらぬ速さで旋回すると、一刀目で細剣を弾き飛ばし―― 二刀目の冷たい刃先が、ピタリとゼノヴァの首筋に触れた。旋回を急停止した余波風が、銀の長髪を乱す。


「! ……馬鹿な……」


 殺意こもる視線と剣先――死を直感したゼノヴァは両手を挙げた。


 最初の2振りの投げナイフで、すでに勝負は決していた。薄闇で迫る小さな銀刃は、集中しなければ受けも避けもできない。1振りであれば小さく避けられたが、2振りを避けようとすると大きく避け体勢を崩さざるを得ない。結果、受ける。


 受ける細剣は当然動きが誘導かつ固定される。大振りな横回転斬りでも細剣の速さに勝り、回転の乗った一刀は力強く細剣を弾き飛ばした。


 初めから全てトルネードの計算通りに運ばれた、完全試合だった。


 トルネードはゆっくりと剣先を離し二刀を納めると、ゼノヴァの横を通り過ぎてサンドラの手を取る。


「行くぞ、サンドラ。ここにいても岩窟に閉じ籠ってるのと変わらねえ。俺が解き放ってやる」


 サンドラは何の反応も示さず、ただ手を引かれるままにトルネードと共に部屋を出る。ひとり残ったゼノヴァは、その場に膝から崩れ落ちた。


「……サンドラ……私は……」


……


 トルネードがサンドラを連れ出してしばらく経ち、やがて弦楽と談笑が静まった頃、ゼノヴァの佇む部屋のドアが開く。


「! ゼノヴァ様、どうされました!?」


 純白のロングドレスにガラスのハイヒールを履いたルーシアが、何も知らない振りをしてゼノヴァに駆け寄った。うわごとのようにサンドラの名を呟き続けるゼノヴァを、包むように抱き、耳元で囁く。


「お可哀想なゼノヴァ様。このルクレイシアが慰めて差し上げます……さあ、こちらへ……」


―― ◆ ――


 トルネードは馬を駆る。月照らす草原を、西へ、西へ。紅いローブにすっぽりと包まれたサンドラを、しっかりと前に抱えながら。


「夢だったろ。世界中を旅しよう。大陸中を巡りながら、治療法を探すんだ……お前の心が戻るまで、ずっと」


 一陣の風が草々を凪ぎ、サンドラの赤いフードをはぐ。顔があらわになったサンドラは、何を見つめるともなく、無表情に呟いた。


「…………ゼノヴァ…………」

「……!」


 トルネードは一瞬目を見開き、零れそうになる涙を堪え、サンドラを強く抱き寄せる。


「……俺はウィルだ。ウィルブラッド・ストラグルだよ……。サンドラ……」


 広く続く草原に、風と蹄の音だけが響く。

 月が照らすは彼方の記憶。

 略奪が生む軋轢は、炎の百日の火種となって、今燻り始める――……

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