第45話 革命の戦士達
――カツ、カツ、カツ……
大井戸のように広く深いレンガ造りの縦穴。私はジュダに連れられ、壁沿いの螺旋階段を降りて行く。穴底から赤炭灯のようなオレンジの灯りが照らし、私とジュダの影が壁に伸びる。……きっと、あれが――
「不安ですかな?」
前を行くジュダが、歩を進めながら声をかける。
「……聞いたら、教えてくれるの?」
「勿論ですとも。神炭のもとへ着いたら、お話ししましょう」
胡散臭い口調で返すジュダ。仮に今答えてくれたとしても、真実かわからない。直感的にこいつは信用できない。……今更だけど、本当にダニーを治療しているだろうか? いっそ炎でジュダを倒して――
「そうそう、この場で炎を出すのはお勧めしません。何せ≪神炭≫の真上です。どうなっても知りませんよ」
……! 心を読まれたってぐらいドンピシャで、心臓が飛び出るかと思った。でも、確かにそうだ。だんだん胸の奥の熱が高まってる。上空での出来事は、偶然じゃない。またあんな炎を出せば、帝都中が無事ではすまないだろう。私もきっと気絶する。
結局、今は着いていくしかない。
大丈夫、ここには仲間達がたくさん来てるんだ。トルネード、ユウリイ――聖女様も必ず来る。ニドもきっと来るだろう。それに、反体制派が今ごろ皇帝を討たんと攻め込んでるはず。
大丈夫、だよね……。
―― ◆ ――
神炭へ続く縦穴の真上、3階皇帝の間。玉座に座す皇帝バーディスは、段下の赤絨毯に片膝をつく司令官に質す。
「戦況は」
「ハッ。国境付近、三途の谷の砦ではダラライ将軍率いる大隊が聖女率いる樹士団と交戦中。劣勢ではありますが、両軍多大な損害を出し膠着状態にあります」
司令官は皇帝の様子を伺うため一呼吸置いたが、皇帝は無言で続きを促した。
帝国側にとって最も脅威である深緑の聖女を足止めでき、樹士団も多大な損害を出せば帝都まで攻めきれない。劣勢とは言え、ダラライの成果は十分だった。
「屋上では、ルクレイシア将軍および金龍が≪鱗の男≫と交戦。将軍は負傷して退却したと見られますが、消息不明です」
「放っておけ。あれは死にはせん」
司令官はごくりと唾を飲んでから、次の報告を始める。
「城門前では、灰人化した都民とテロ集団≪プライド≫が交戦中。ガープ率いる数人に突破されましたが――」
「もう終わった。次」
心臓を握られるような恐ろしく冷たい声。司令官の頬を冷や汗が伝う。
司令官の後ろには、10人の骸、砕けた大戦鎚とともに、熊のような大柄の男が横たわっている。血の沼が絨毯に染み、司令官の足元を濡らしていた。司令官は震えをぐっと噛み締めてから口を開く。
「……はっ。ジュダ将軍が《《例の残火》》を捕らえ、神炭のもとへ連行中。間もなく到達します」
「わかった。下がれ」
司令官は一礼すると、やっと解放されるとばかりに急ぎ足で退出した。この部屋の空気と威圧感に耐えきれず、一刻も早くこの場を離れたかったのだろう。
皇帝バーディスはひとり思考した後、おもむろに玉座を立つ。かつての右腕に一瞥もくれず、神炭へ降りる皇帝専用の昇降機へ向かって血溜まりを平然と歩いた。バーディスが昇降機の戸に手を掛けた時、横たわる大男――ガープの手がピクリと動く。
「何故……何故、変わってしまった……バーディス……」
息絶え絶えに絞り出した最後の声は、「何故」。
若き頃のバーディスは、小国が乱立し人魔混じる闘争に満ちた東大陸を憂い、天下統一の旗を揚げた傑物だった。大衆いわく、千年に一人の≪大いなる器の男≫だと。
ガープもまたその器に惚れ込んでいた。故に、共に力を尽くし統一を成した東の英雄が、民を使い捨てる非道に堕ちた理由を問わずにはいられなかった。バーディスは背を向けたまま応える。
「……《《お前の知るバーディス》》は、もういない」
――ガシャン
昇降機の戸が閉まり、主なき皇帝の間が静寂に包まれる。空の玉座の前には、ただ鉄血の匂いと革命の戦士達の無念だけが漂っていた――。





