第44話 弱者の剣
灰積もるがらんとした大部屋で相対する2人。
トルネードは、反った二刀の峰をダニーに向けるように握りを返す。それを見たダニーは、白面の裏で青筋を立てた。全身を覆う白銀の鋼毛が、わなわなと逆立つ。
「逆刃だと……本当に修行のつもりかよ。アーシャがかかってんだ、こっちは本気だぜ……! 今じゃ力はオレの方が――」
「――御託はいらん。来い」
ダニーの言葉を遮り、トルネードは剣先をくいと上げ、煽る。
「くそッ! マジで行くからなッ!」
――ダンッ!
ダニーは強く踏み切り、一足飛びに間合いを詰めた。目前で両翼を広げ急旋回し、翼と巻き上がる灰でトルネードの視界を覆う。ダニーは自らの翼と灰煙に隠れ、二刀を振るう!
――ボゥッ!
二刀は灰煙を切り裂く――が、その先にトルネードの姿はない。
「!?」
ダニーがトルネードを見失った瞬間、死角からダニーの胴を峰が打つ!
「ぐはっ!」
「そりゃ悪手だ、ただでさえ旋回は視線が外れやすい。敵の目を眩ませる前に、自分の目を外すんじゃあない」
トルネードは、ダニーが灰煙を巻き上げた瞬間にはすでに身をかわし、死角に潜り込んでいた。跳び下がって距離を取ると、再び剣先をくいと上げて煽る。
「どうした、お前の本気はその程度か」
「……ッ! ≪旋≫!」
ダニーは翼を畳んで距離を詰め、素早く旋回しながら二刀を振るう。力強い旋回は大きな風切り音と灰煙を上げ、銀の二重弧を描く。
「……力任せだな」
トルネードはダニーの旋回に合わせるように旋回し、当たれば必殺の二重弧を一刀、二刀と受け流す。旋回の速度を完全に一致させた刃合は音もなく、ダニーの二刀はまるで空を斬ったように流された。
避けるトルネードを追いながら、ダニーは部屋中を飛び回り二刀を振るうも、トルネードは全てを見切り無音の刃合で受け流す。寸分違わぬ2つの銀円が幾つも交わされ、部屋中に巻き上がる灰煙に煌めく。
「……はあっ、はあっ……。力じゃあオレの方が強えはずなのに……これが、≪英雄の剣≫か……!」
ダニーは肩で息をしながらも攻撃を続けた。トルネードは変わらず受け流しながら、ダニーの言葉に反応する。
「英雄の剣? 違う。旋廻剣投術は≪弱者の剣≫だ」
「弱者の剣……?」
ダニーは問いながら、旋回し二重弧を描く。トルネードは同じ方向に旋回し、ダニーの一刀目に上から刃を合わせると、押し下げて力の流れを崩した。たまらず前のめりに膝をついたダニーの首筋に、トルネードの二刀目がビタッと寸止めされる。
「……!」
「一刀目で受け、崩し、二刀目で斬る。二刀流の狙いは手数と選択肢の確保だ。旋回による威力補強も、短刀投げによる牽制も――≪力≫では魔獣や異能者に劣る無能者が、それでも想い果たすため、足掻きの末に編み出した≪弱者の剣≫だ」
首筋の冷たい感触に、ダニーは膝をついたまま動きを止めた。見上げれば、トルネードはどこか遠い目をしていた。
「……何を、《《思い出してる》》んだ?」
「ちょっと昔を、な。いや、《《かなり》》昔か。俺は守れなかった。二度と負けまいと、自身で出来ることを突き詰めてきた」
ダニーはその言葉を聞いて大きなショックを受ける。
アーシャを守りたい一心で身を鍛えてきた。が、あの日ガヴリル王子の誘惑に手を伸ばした。……トルネードに敵うわけがない。自分は≪他人の剣≫を取って、強くなった気になっていただけだ。
明らかに沈んだダニーを見て、トルネードは剣を引き、数歩下がって距離を取った。
「ま、そう落ち込むな。言ったろ、昔の俺にそっくりだって。お前も強くなれる。その想いさえあれば」
ダニーは思考の後、ぐっと立ち上がり、再び二刀を構える。……だったら、立つしかない。トルネードには敵わなくても、想いは変わらない。
「ったく……本当に修行かよ」
「いや、《《もう十分》》だ。よく見とけ、俺の呼吸、構え、一挙手一投足を。特別講義だ――とっておきを見せてやる」
トルネードは二刀を重ね、二枚刃の一刀のように両手で握りしめると、右肩越しに峰が背につくほど振りかぶった。さらに上体を右後にねじり、限界まで旋回の力を溜める。
「奥義――≪天鳴神≫!!」
気合いを吐くと同時に踏み切り、ダニーの眼前に高く跳び迫ると、捻った二刀を体ごと縦に旋回し振り下ろす! 全身全霊の捻転による極限の遠心力×筋力×重力の相乗が、爆発的な衝撃を起こす!
――ドオオオオオオオンッッッ!!!
雷鳴のような衝撃は地を割り壁を割り、大部屋に深い亀裂を刻んだ。風圧は灰煙を吹き飛ばし、爆心地に《《砕け散った灰人》》が姿を現す。
トルネードはふうと息を吐き、二刀を鞘に納めた。
「よくかわした、ダニー」
「ギリギリ……だって、トルネードが『横に跳べ』って言ったから」
爆心地の横に跳び下がっていたダニーは、息を切らせ答える。いつの間にか力が抜け、白銀の鋼毛がハラハラと落ち、人の姿に戻っていた。
トルネードは踏み込む直前、口だけでダニーに『横に跳べ』と伝えていた。トルネードの言葉通り、呼吸すら見逃さないように注視していたダニーは、その口の動きに気付き、とっさにかわしたのだった。結果、斬られたのはダニーの後ろに隠れていた透明な見張り。
「何で見張りがオレの後ろにいるってわかった?」
「ジュダの異能は≪光≫――巻き上がる灰煙の中じゃ屈折してうまく透明化しきれなかったんだろう。わずかな違和感があった。最初に扉が閉まった時にアテは着けていたが、他にも見張りがいないか見切るのに時間がかかってしまった」
ダニーは全てに気付き、身震いした。
トルネードが「もう十分」と言ったのは、見張りの場所と一人しかいないことがわかったってことだったんだ。あえて「修行」の体を取ったのも、加減しながら部屋中に灰煙を巻き上げ、透明化した敵を見破るため? ずっとトルネードの手のひらの上だったわけか……。しかし――
あらためて斬撃跡に目をやった。分厚い石壁が高い天井から床まで大きく割れている。
これが≪弱者の剣≫? 異能者はもちろん、ドラゴンだってぶった斬れそうな一撃だ。どれだけ高い次元で、どんな強者を見てるってんだ、トルネード……!
呆然と立つダニーをよそに、トルネードは地下へ続く扉へ駆け出す。
「行くぞダニー。アーシャはジュダと共に神炭へ向かっているはずだ」
「何でわかる?」
追いながら問うダニーに、トルネードは駆けながら答える。
「……お前には教えておくべきか。邪魔者のいない今、道すがら話してやろう。神炭とアーシャ、これから何が起きようとしているのか――そのためには、千年前の歴史を知る必要がある。即ち、紅蓮の魔女の真実を」





