第43話 最後の修行
「儂に続け! 目指すは3階、皇帝の間じゃあ!」
ニド達の戦いが一段落したころ、城門前広場でガープが吠える。門を守る帝国軍は物言わぬ灰の彫像のように地に転がり、ガープとトルネードは、10人ほどのプライド団員を連れ城内に突入した。残りの団員は、灰人化した都民が迫り来るのを城門で食い止めている。
剣戟が鳴り響く城外とは対照的に、城内は驚くほど静まり返っていた。吹き抜けのエントランスホールは守る者も無く、正面には無防備な大階段が伸びる――まるで一団を誘い込んでいるかのように。先頭を駆けるガープが、トルネードに呼び掛ける。
「打ち合わせ通り、儂はバーディスの元へ。お主は狂気の源≪神炭≫を頼むぞ!」
「……ああ。成せよ、革命を。その手で!」
「無論!」
ガープ率いるプライドの精鋭が軍靴を鳴らして大階段を上がる中、トルネードはひとり隊列を抜け、静かに城の地下へと向かう。
「狂気の源……か」
トルネードはやや目を伏せ、誰にも聞こえぬよう秘かに呟いた。
……
事前に覚えた城内図に従って、身を隠し、様子を伺いながら城内を駆けていく。
そしてトルネードは、ついに城の奥、地下へ続く部屋の扉を開けた。がらんとした灰の積もる大部屋。訓練場だろうか、天井は高く、頑丈な石壁沿いには打ち込み用人形が並び、剣や槍が立て掛けられている。そこに待ち構えていたのは――
「《《ダニー》》……!」
大部屋の中央、二振りの曲刀を構えるは、人の身の≪英雄の秘蔵っ子≫ダニーだった。ダニーの奥、地下へ続く扉が、独りでにバンと閉まる。ダニーはうつ向きながら、ぽつりと呟く。
「トルネード……退いてくれないか」
トルネードは察する。何者かに脅されている、と。でなければ、ダニーがそんなことを請うはずがない。トルネードは瞬時に部屋を見回し、厄介だな、と短くため息を吐く。
「……アーシャを人質にとられたか」
「!!」
ダニーは顔を上げ、びくりと驚く。わかりやす過ぎるほど、図星だった。
「お前が俺に剣を向けるとしたら、理由はそれくらいだろう。……俺は孤児院に帰るよう言ったはずだが」
「……オレだって説得したさ。でも……」
ダニーは悔しそうに歯噛みしたが、その先は口をつむんだ。何を言っても言い訳にしかならない。守れなかった自分が、悔しかった。
キッと顔を上げ、トルネードを真っ直ぐ見据える。
「――オレには今、透明な見張りがついてる。ジュダの言うこと聞かなきゃ、アーシャが灰人にされちまうんだ! ホントは≪英雄≫を討てって命令されてる。だけど、オレはあんたと戦いたくない! だからお願いだ……退いてくれよ、トルネード……!」
「退くわけにはいかん」
ダニーの懇願に、トルネードは落ち着いた声で即答した。ダニーの顔がこわばる。
「……! 何でだよ! 帝国に勝つためだったら、皇帝の所に行けばいいだろ?! 何でアーシャを犠牲にしてまでこの先に行こうとするんだ!」
「《《今は》》話せない。ダニー、そこをどけ」
突き放すようなトルネードの言葉に、ダニーはカッとなって吠える。
「どけるかよッ! いっつも何にも説明しねえで! オレがガキだからか? 元≪世界樹の盾≫様はアーシャがどうなったって良いってのか! オレは、オレは……!」
ダニーの力みに呼応し、全身からざわざわと白銀の鋼毛が生え、悔しさと怒りに歪む顔が白面に覆われていく。葛藤を強引に振り払うように、背から大きな銀翼が勢いよく広がった。
「オレは、≪アーシャの盾≫だ! 例え≪英雄≫が相手でも、どかねえぞッッ!! ……ハァッ、ハァッ……!」
ダニーは息を荒げながら、震える手を握りしめ二刀を構えた。間違ってるのはわかってる。でも、これだけは譲れない――その覚悟を、師にぶつけるように。
トルネードはその必死の覚悟に、ふっと優しい笑みをこぼす。
「聖樹士に憧れて棒切れ振り回してたがきんちょが……でかくなったなあ、ダニー。昔の俺にそっくりだよ、お前は」
――すらりと、二刀を抜いた。一切の淀み無く、ごく自然に。
「来い。最後の修行をつけてやる」





