第40話 ユウリイの見たもの
「うるぁあああッ!」
帝城の広い石床の屋上で、ニドは大剣を振りかぶり、金龍の顎下に立つルクレイシアのもとへ駆ける。ユウリイも樹剣を構え、追う。
ルクレイシアは2人を止めんと右手を凪ぐ――が、すかさずユウリイが樹剣を振るい≪粒≫を斬る!
「無駄だッ! 《《見えている》》ぞッ! 行け、ニドーーッ!」
その隙にルクレイシアの目前にたどり着いたニド。大剣を振り下ろす瞬間、ニドの身丈ほどもある金龍の太い尾が、ニドを側面から叩く。
「がはぁっ!」
メキメキと軋む筋骨、黒鋼の鱗の上から体中に響く衝撃。圧倒的な質量に、ニドは屋上の端まで吹き飛ばされた。金龍はルクレイシアを守るようにとぐろを巻き、牙を剥く。
「私を斬りたければ、先にヨナを斬ることね。アナタにそれができれば、だけど」
ルクレイシアは金龍の顎を撫で、余裕の笑みを浮かべた。出来やしない――ルクレイシアは二重の意味でそう確信していた。一つは、ニドの情。一つは、灰人を超えたヨナと、成りきれないニドの力量差。
「……なめんじゃねえ」
ニドは再び大剣を振りかぶり、ルクレイシアのもとへ駆ける。またも金龍の尾がニドを叩き飛ばさんとしなる――
◆――……
『ねえ、ニド……もし私が魔獣になったら、ひと思いに殺してね』
……――◆
巨大な尾が目前に迫る中、ニドの脳裏にヨナの言葉が響く。20年前、ニドが灰人と化す前日に交わした約束。
俺はもうあの頃の甘ったれたガキじゃねえ。
遅くなってすまん。今、果たしてやる。
ニドは振りかぶった大剣を思いっきり尾に振り下ろす!
――ガギィインッ!
鉄塊と金鱗がぶつかり、鈍い金属音が響く! ニドの渾身の剣撃も尾を斬るに至らず、互いに弾き飛ばされた。大剣の刃はわずかにこぼれ、金龍の鱗もまた数枚が傷付き剥がれ散る。
ニドが、ヨナに刃を向けた――斬れるはずはないと確信していたルクレイシアは、その事実にも動じない。むしろ都合が良いとばかりに口角を上げる。
ニドは、何度もヨナに斬りかかっていく。
一撃一撃振るうたび、「ヨナのためだ」と言い聞かせ。刃と金鱗が零れて。
一撃一撃振るうたび、心が黒く潰れて。黒鱗が筋骨に根を伸ばし、ニドの体を侵していく――。
◆
ニドの大剣と金龍が激しくぶつかり合う一方で、ユウリイはルクレイシアの異能を斬ることに徹していた。
「いつまで持つかしらね、ボウヤ」
ルクレイシアは徐々に異能を放つ速度を上げていく。わざと決着を着けず、ニドの覚醒を促すように。
ユウリイはその速度に着いていくのが精一杯だった。ユウリイの右目ですら辛うじて見える微かな光粒を見破り、即座に斬る。一瞬でも遅れれば凍らされる緊張の連続に、心身ともに疲弊していく。しかし手を止める訳にはいかない。ユウリイもまた、覚悟を決めてこの場に来たのだから。
「ボウヤ、ね。僕のことなんか眼中にないんだろ」
――チィンッ!
ルクレイシアが当然と言わんばかりに鼻で笑いながら放つ異能を、すかさず斬る。斬っては放たれる異能を見切り、幾度も剣を振る。
「こっちはずっと見てきたよ」
―― ◆ ――
「アナタとユリエスタスの生まれた日が、《《本当は逆だった》》としたら……? アナタの母は譲ったのよ、ユリシアに。ユリシアは怖かった……いつかカタリナが真実をばらすのでは、とね」
ユウリイは母の死後、真相を追い求めた。なぜ弟が凶行に走ったのか。掴んだ欠片は、ガヴリルが側近に語ったという、ある女の言葉。
ユウリイは愕然とした。そんなあり得ない嘘で、母様は死んだのかと。
2人の母は、それぞれに母子日記をつけていた。それはもちろん秘されていたが、ユウリイは真相を追う中で覗き見た。ユウリイの母ユリシアの日記には、こうあった――。
『先に生まれてきたことが、いつか災いを呼ぶかもしれない。貧民の子が次期国王など、と思う者は多いでしょう。それでも、無事に生まれてきてくれてありがとう。母はこれからも命を懸けてあなたを守ります。あなたの人生に、幸せがたくさん訪れますように』
ユウリイは読みながら、涙が止まらなかった。母様は最初から覚悟していた。覚悟の上で僕を生み、文字通り命を懸けて守ってくれた……。
加えて、ガヴリルの母カタリナの日記にはこうあった。
『弟として悔しい思いをすることもあるでしょう。先に生まれていたならと、いらぬ世話を焼く者もいるでしょう。でも私にとってはたった一人の、一番の息子です。あなたが五体満足に生まれ、これ以上の幸せはありません。願わくば、誇り高き男子になりますよう』
2人の母は災いを予見し、祈り、願っていた。息子達の幸せと成長を。こんな日記を書く2人が、生まれた順を譲り譲られ、脅し合うなどと、よくもそんな嘘が吐けたものだ……。ユウリイは腹が立って仕方がなかった。
しかしガヴリルがその嘘に引き込まれたのもまた、わからなくはない。何せ、母カタリナが心停止による謎の急死を迎えた直後だったからだ。
そう、事の始まりはカタリナの急死だった。日記を読み解いても、病気だった節はない。誰かが毒殺した、というのが有力な説。粉の出所はわかっても、毒殺の黒幕は不明だった。長年の謎は、つい最近ようやく判明する。
それは灰園の戦いの後、ユウリイがニドから聞いた、ルクレイシアとの戦闘の話。ニドは、ルクレイシアに心臓を凍らされたと話した。それはまさに、カタリナの死因と合致する。
ユウリイは確信した。
全ての元凶はルクレイシアだったと。
ルクレイシアは誰か協力者の異能で姿を隠し、寝所に忍び込みカタリナの心臓を止めた。そしてガヴリルに嘘を吹き込み、≪粉≫を渡したのだ。
目的は樹教国の混乱と≪粉≫の蔓延、ひいては大々的な灰人実験。考えてみれば、ルクレイシアにとって益しかない。
ユウリイは樹砲と樹剣を握りしめ、帝都へ向かう覚悟を決めた――
―― ◆ ――
「全部、全部お前だった……! 僕から何もかも奪ったのはッ!」
ユウリイは樹剣を向けながらルクレイシアに言い放つ。
「ああ、そう」
ルクレイシアにとっては今更の話だろう。数多の生を奪ってきた魔女に、その程度の言葉は響かない。
ユウリイは秘めてきた怒りを発しながらも、状況を分析する。
悔しいが、僕の剣技ではルクレイシアは斬れない。ルクレイシアはまだ余裕を残しているのに、僕は異能を斬るだけで精一杯だ。
一方で、ニドは黒鱗が歪に隆起し、徐々に体躯が大きくなっている。非常に危うい。金龍の状態は――?
ルクレイシアの異能を捌きながら金龍に目をやると、胴からほんの微かな光が見えた。
ニドの斬撃に零れた鱗の隙間から、今にも消えそうな、わずかな揺らぎが。
ニド……君の剣は、無駄じゃなかった。
僕はもう、失ったけれど……。
君はまだ、《《取り返せる》》かもしれない――!
「ニド、《《見えた》》ぞ!
この目と!
樹剣は!
今この時のためにあったッ!」





