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灰髪のアーシャ ~炎の力に目覚めた少女は、英雄に導かれ灰の荒野を往く~  作者: 星太
第5章 交錯の帝都

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第40話 ユウリイの見たもの

「うるぁあああッ!」


 帝城の広い石床の屋上で、ニドは大剣を振りかぶり、金龍の顎下に立つルクレイシアのもとへ駆ける。ユウリイも樹剣を構え、追う。


 ルクレイシアは2人を止めんと右手を凪ぐ――が、すかさずユウリイが樹剣を振るい≪粒≫を斬る!


「無駄だッ! 《《見えている》》ぞッ! 行け、ニドーーッ!」


 その隙にルクレイシアの目前にたどり着いたニド。大剣を振り下ろす瞬間、ニドの身丈ほどもある金龍の太い尾が、ニドを側面から叩く。


「がはぁっ!」


 メキメキと軋む筋骨、黒鋼の鱗の上から体中に響く衝撃。圧倒的な質量に、ニドは屋上の端まで吹き飛ばされた。金龍はルクレイシアを守るようにとぐろを巻き、牙を剥く。


「私を斬りたければ、先にヨナを斬ることね。アナタにそれができれば、だけど」


 ルクレイシアは金龍の顎を撫で、余裕の笑みを浮かべた。出来やしない――ルクレイシアは二重の意味でそう確信していた。一つは、ニドの情。一つは、灰人を超えたヨナと、成りきれないニドの力量差。


「……なめんじゃねえ」


 ニドは再び大剣を振りかぶり、ルクレイシアのもとへ駆ける。またも金龍の尾がニドを叩き飛ばさんとしなる――


◆――……


『ねえ、ニド……もし私が魔獣になったら、ひと思いに殺してね』


……――◆


 巨大な尾が目前に迫る中、ニドの脳裏にヨナの言葉が響く。20年前、ニドが灰人と化す前日に交わした約束。


 俺はもうあの頃の甘ったれたガキじゃねえ。

 遅くなってすまん。今、果たしてやる。


 ニドは振りかぶった大剣を思いっきり尾に振り下ろす!


――ガギィインッ!


 鉄塊と金鱗がぶつかり、鈍い金属音が響く! ニドの渾身の剣撃も尾を斬るに至らず、互いに弾き飛ばされた。大剣の刃はわずかにこぼれ、金龍の鱗もまた数枚が傷付き剥がれ散る。


 ニドが、ヨナに刃を向けた――斬れるはずはないと確信していたルクレイシアは、その事実にも動じない。むしろ都合が良いとばかりに口角を上げる。


 ニドは、何度もヨナに斬りかかっていく。

 一撃一撃振るうたび、「ヨナのためだ」と言い聞かせ。刃と金鱗がこぼれて。

 一撃一撃振るうたび、心が黒く潰れて。黒鱗が筋骨に根を伸ばし、ニドの体を侵していく――。


 ◆


 ニドの大剣と金龍が激しくぶつかり合う一方で、ユウリイはルクレイシアの異能を斬ることに徹していた。


「いつまで持つかしらね、ボウヤ」


 ルクレイシアは徐々に異能を放つ速度を上げていく。わざと決着を着けず、ニドの覚醒を促すように。


 ユウリイはその速度に着いていくのが精一杯だった。ユウリイの右目ですら辛うじて見える微かな光粒を見破り、即座に斬る。一瞬でも遅れれば凍らされる緊張の連続に、心身ともに疲弊していく。しかし手を止める訳にはいかない。ユウリイもまた、覚悟を決めてこの場に来たのだから。


「ボウヤ、ね。僕のことなんか眼中にないんだろ」


 ――チィンッ!


 ルクレイシアが当然と言わんばかりに鼻で笑いながら放つ異能を、すかさず斬る。斬っては放たれる異能を見切り、幾度も剣を振る。


「こっちはずっと見てきたよ」


―― ◆ ――


「アナタとユリエスタスの生まれた日が、《《本当は逆だった》》としたら……? アナタの母は譲ったのよ、ユリシアに。ユリシアは怖かった……いつかカタリナが真実をばらすのでは、とね」


 ユウリイは母の死後、真相を追い求めた。なぜ弟が凶行に走ったのか。掴んだ欠片は、ガヴリルが側近に語ったという、ある女の言葉。


 ユウリイは愕然とした。そんなあり得ない嘘で、母様は死んだのかと。


 2人の母は、それぞれに母子日記をつけていた。それはもちろん秘されていたが、ユウリイは真相を追う中で覗き見た。ユウリイの母ユリシアの日記には、こうあった――。


『先に生まれてきたことが、いつか災いを呼ぶかもしれない。貧民の子が次期国王など、と思う者は多いでしょう。それでも、無事に生まれてきてくれてありがとう。母はこれからも命を懸けてあなたを守ります。あなたの人生に、幸せがたくさん訪れますように』


 ユウリイは読みながら、涙が止まらなかった。母様は最初から覚悟していた。覚悟の上で僕を生み、文字通り命を懸けて守ってくれた……。


 加えて、ガヴリルの母カタリナの日記にはこうあった。


『弟として悔しい思いをすることもあるでしょう。先に生まれていたならと、いらぬ世話を焼く者もいるでしょう。でも私にとってはたった一人の、一番の息子です。あなたが五体満足に生まれ、これ以上の幸せはありません。願わくば、誇り高き男子になりますよう』


 2人の母は災いを予見し、祈り、願っていた。息子達の幸せと成長を。こんな日記を書く2人が、生まれた順を譲り譲られ、脅し合うなどと、よくもそんな嘘が吐けたものだ……。ユウリイは腹が立って仕方がなかった。


 しかしガヴリルがその嘘に引き込まれたのもまた、わからなくはない。何せ、母カタリナが心停止による謎の急死を迎えた直後だったからだ。


 そう、事の始まりはカタリナの急死だった。日記を読み解いても、病気だった節はない。誰かが毒殺した、というのが有力な説。粉の出所はわかっても、毒殺の黒幕は不明だった。長年の謎は、つい最近ようやく判明する。


 それは灰園の戦いの後、ユウリイがニドから聞いた、ルクレイシアとの戦闘の話。ニドは、ルクレイシアに心臓を凍らされたと話した。それはまさに、カタリナの死因と合致する。


 ユウリイは確信した。

 全ての元凶はルクレイシアだったと。


 ルクレイシアは誰か協力者の異能で姿を隠し、寝所に忍び込みカタリナの心臓を止めた。そしてガヴリルに嘘を吹き込み、≪粉≫を渡したのだ。


 目的は樹教国の混乱と≪粉≫の蔓延、ひいては大々的な灰人実験。考えてみれば、ルクレイシアにとって益しかない。


 ユウリイは樹砲と樹剣を握りしめ、帝都へ向かう覚悟を決めた――


―― ◆ ――


「全部、全部お前だった……! 僕から何もかも奪ったのはッ!」


 ユウリイは樹剣を向けながらルクレイシアに言い放つ。


「ああ、そう」


 ルクレイシアにとっては今更の話だろう。数多あまたの生を奪ってきた魔女に、その程度の言葉は響かない。


 ユウリイは秘めてきた怒りを発しながらも、状況を分析する。

 悔しいが、僕の剣技ではルクレイシアは斬れない。ルクレイシアはまだ余裕を残しているのに、僕は異能を斬るだけで精一杯だ。

 一方で、ニドは黒鱗がいびつに隆起し、徐々に体躯が大きくなっている。非常に危うい。金龍の状態は――?


 ルクレイシアの異能を捌きながら金龍に目をやると、胴からほんの微かな光が見えた。

 ニドの斬撃に零れた鱗の隙間から、今にも消えそうな、わずかな揺らぎが。


 ニド……君の剣は、無駄じゃなかった。

 僕はもう、失ったけれど……。

 君はまだ、《《取り返せる》》かもしれない――!


「ニド、《《見えた》》ぞ!

 この目と!

 樹剣は!

 今この時のためにあったッ!」

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