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灰髪のアーシャ ~炎の力に目覚めた少女は、英雄に導かれ灰の荒野を往く~  作者: 星太
第3章 死神の座す庭

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第25話 心の隙

「もって10秒、ってとこかしら」

「てめえを斬るには十分だッッ!!」


 体内外を灼くニドは、風前の灯――否、最期の火花を散らす花火のように、刻一刻とその命を燃やし尽くしていく。


 石壁に囲まれた大部屋の中心で相対するニドとルクレイシアの間合は、およそ4m。ニドなら2歩の踏み込みで大剣を届かせられる距離だった。ニドは中段に構えた大剣を大きく振りかぶり、左足を大きく踏み出す――


 ――キィンッ!――


 甲高い金属音が響き、ルクレイシアが時を凍らせる――が、ニドの動きは止まらない。もはや体内外をアーシャの炎に包まれたニドは、ルクレイシアの力で凍らされることはない!


 ニドは左足を地が割れるほど強く踏み切り、続けて右足を踏み出しながら、燃える大剣をルクレイシアの頭めがけ振り下ろす――!


 ――ガギィインッ!!


 しかし大剣は、ルクレイシアの頭上の手前で鈍い衝突音を上げ、見えない壁に阻まれた。


「アナタを止められないなら、空間を凍らせるだけよ。私はただ待てばいい……死に行く様、見届けてあげる」


 ギリギリと力を込めて大剣を押し込まんとする憤怒の形相のニドを見つめながら、ルクレイシアは余裕の笑みを浮かべた。


 ルクレイシアが凍らせたのは、ニドではなく、自身を包む半径1mの空間そのものだった。ニドの剣風圧で灰煙が濛々(もうもう)と巻き上がる中、ルクレイシアの周囲だけ透明な球体に包まれている。ニドが力の限り押さえ付ける炎剣は、僅かずつ空間を解かす。が、それでは間に合わない――


「もう5秒経ったわ。6秒、7秒――」

「ぐ……ォオアアアッ!!」


 ――ギィンッ!

 ――ガギンッ!

 ――ゴガンッ!


 轟々と身を灼く炎に耐え、ニドはルクレイシアを包む球体を叩き割らんと何度も大剣を振り下ろす。大剣は透明な球体の表面をわずかに削るも、割るには至らない。


「8秒、9秒――」


 必死に剣を振るうニドを余裕綽々に見つめながら、ルクレイシアは死のカウントを続ける。もはやニドに為す術は無い、そう思われた時――


 ――ミシィ……メキ……バキッ……


 大剣の打音に混じり、何かが軋む音を上げる。それは凍る空間が割れる音ではなく、ニドの体内から響いていた。


「ォラアアッ!」

「10秒……11秒……!」


 ――ミシミシッ……バキィッ……!


 何かが軋む音を上げながら、変わらず球体に大剣を打ち付け続けるニドに、ルクレイシアは鋭い視線を向ける。


 ルクレイシアの見立てでは、体内外を灼くニドの命は、もって10秒と思われた。しかし11秒、12秒と過ぎても、ニドの剣擊はおさまらない。むしろ力を増していく――!


「うぉおおおおッッ!!!」


 ――ガギィインッ!!

 ――メキメキィ……バキィッ……!


 怒号を上げながら振りおろした大剣は、ついに球体にヒビを入れた。同時に、何かが軋む音もまた、段々と大きくなっていく。


「! これは……!」


 ルクレイシアは気付く――軋む音の正体に。


 それは、ニドの黒鱗が成長し、筋骨を侵食する音だった。怒りに染まる魂に呼応した黒鱗は、気管や肺、心臓をも内面から覆い、炎から身を守る。と同時に、体表の黒鱗は骨身に食い込むように(トゲ)を伸ばしていた。


 本来、ヒトの筋肉は自らの力で身を壊さぬよう、無意識に力が制限されている。しかし怒りに染まる魂はその制限を超えて力を引き出し、自壊する筋骨を無理矢理に黒鱗の棘で支え、補っていた。


 さらに、ニドの骨格は黒鱗に侵食され、変形していく。

 

 背鱗は龍の背びれの如く隆起し、

 頭部から一対の龍角が生え、

 全身の鱗は触れる者を拒むように逆立つ。


 もはや≪鱗の男≫ではない。

 灰人を超えたさらなる異形――その姿はまさしく、≪龍人≫――!


「素晴らしいッ! 成長しているのね、アナタの(アニマ)に眠る本質(イデア)が! もっとッ! もっと殺意と憎悪に溺れなさいッ!」

 

 ルクレイシアが恍惚の表情で狂喜の歓声をあげる中、ニドは右足を引き腰を落とす。中段に構えた大剣を右脇にぐっと引き、剣先をルクレイシアの心臓に向けた。


 次の一撃で殺すッ!

 大剣をぶちかまして心臓を貫いてやる……!


 ニドは憎悪に身を任せ、全身にあらん限りの力を溜める。あまりに強い力に骨は砕け、筋肉は張り裂けながらも、黒鱗の棘が補完するように骨肉を刺し、力を緩めることを許さない。


「《《成る》》までもう一押し、何か決め手が……そうだわ、ねえニド――」


 溜めた力を今にも放たんとするニドを目前に、ルクレイシアはイイコトを思い付いたとばかりに手を打つ。


「うるせえッ! これで……終わりだ――――ッッ!!!」


 ニドは筋力を爆発させ目にも止まらぬ速さで大剣を突きだしながら、全力で踏み込む――!


 ――ゴゴンッッ!!


 その踏み込みは地を陥没させ、地割れが放射状に伸び、衝撃で灰煙を巻き上げた。そして大剣はルクレイシアを包む球体に突き立てられる――!


 ――ガギィィィインッ!!!


 燃える大剣は凍る空間を砕き、勢いを落とすことなくルクレイシアの心臓に迫る!


 ――その刹那、ルクレイシアは毒々しい紅の口唇から、悪魔の囁きを放つ――

 



「――ヨナに会いたい?」




「!!!」


 ニドはその言葉に全身が硬直した。今にも心臓を貫かんとしていた大剣の切っ先は、胸の一寸手前で急停止し、その風圧でルクレイシアの長い灰髪が後ろになびく。


 まるで時が止まったかのように静まり返り、巻き上がっていた灰煙がおさまっていく。動揺したニドの魂に呼応したのか、身を包んでいたアーシャの炎は煙となって消え、黒鱗も人肌へと戻っていった。膨れ上がった体格もしぼみ、ヒトの姿に戻ったニドは、大剣をルクレイシアの心臓に向けたまま立ち尽くす。


「……アイツは……生きているのか?」

「隙だらけよ、ニド」


 ――キィンッ!


 ルクレイシアが嘲笑をこぼしながら右手を凪ぐと、甲高い金属音が鳴り響く。


「……!」


 もはや炎の庇護を失ったニドは、いとも容易く時を凍らされ、その身を僅かたりとも動かせない。停止した体の中、ぐるぐると思考が巡る。


 手を止めてしまった――ヤツを殺す最大の好機に!

 俺は……俺は何を期待している!

 ヨナが生きているはずはねえ。

 俺の剣は間違いなくヨナの胸を貫いていた。


 だが、胸を貫かれたのは俺も同じ……。

 もし、もしもルクレイシアが、俺と同じ様にヨナも蘇らせていたとしたら……。


 ヨナに……会える、のか……?


 疑念と期待に心が渦巻くニドの目前にルクレイシアが歩み寄り、動かぬ頬にそっと白く細い指を這わせた。


「……可愛いコ。この灰色の世界で、まだ愛を信じているのね。――その心、全部黒く塗り潰してあげる」


 ルクレイシアはニドの耳元に紅の口唇を寄せ、囁く。


「ヨナに会いたければ、帝都に来なさい。……その時こそ、アナタは……。ふふ、楽しみにしてるわ。ニド」


 そう言うとルクレイシアはくるりと(きびす)を返し、彫像のように固まったニドを残して、アーシャの向かった通路へと歩きだした――



……


……


……



「はあっ……、はあ……っ!」


 ユウリイと離れ、ニドと離れ、とうとう一人になった私は、灰色に戻った髪をなびかせながら、息急き切らして岩壁の通路を駆けていく。後ろからはニドの怒号が響いている……大丈夫かな、ニド……。


 通路はいくつかの脇道があったが、私は構わず真っ直ぐ進んだ。何故だかわからないが、正面から誰かが呼んでいるような、そんな気がしたからだ。私を呼ぶのは誰……? ダニー、それとも別の誰か?


 どれくらい走ったか、やがて暗く細長い通路の先に光が見えてきた。眩しい光……あの先は、外に出るってこと? ダニー、どこにいるの……!


 だんだん光のもとへ近付いた時、その光の中に一人のシルエットが浮かんでいることに気付く。


 私より頭1つ大きい、スラッとした立ち姿。

 その両手には二振りの曲刀を提げ、

 その背には大きな翼を広げている。


 間違いない、あの影は――


「――ダニーーッ!!」


 私は大声で呼びながら光の中へ飛び込んでいく。


 通路を抜けたそこは、死神の釜(タナトス・ホール)に突きだした、柵の無い半円状のステージだった。周りには断崖にぐるりと囲まれた底無しの大穴が口を開け、頭上には断崖によって円形に切り取られた青空が広がっている。


 そしてステージの中心には、陽の光を受けて白銀の鋼毛が煌めく、≪銀翼の樹士≫ダニエル・アミキータが佇んでいた。白銀の仮面のように鋼毛で顔を覆われたダニーは、かつての軽口など叩きもせず、ただただ静かに、私を見つめていた――……

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