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第17話 突入、紫葉隊基地

「迷いは消えたかな」


 翌日、紫葉隊の施設に向かい、風を切って灰野を駆ける車内でユウリイが問う。昨夜聖女様との会合を終えた後、私は考えていた。灰人を灼くべきか否か――答えはまだ、出ていない。


「ううん。でも、ひとつだけ決めた」

「何を」


 ユウリイはハンドルを握りながら、横目で助手席に座る私の表情を伺う。私は身の内が熱く燃えるのを感じながら、決意を込めた目でユウリイを見つめ返した。三つ編みの灰髪がバサバサと風になびく。


「私は灰人を灼きに行くんじゃない……ルクレイシアの非道を灼くんだ。私の炎は、守るために使いたいから……ッ!」

「良い顔だ。そうだね、僕達は紫葉隊員を助けに行くんだ。倒すべきは、ルクレイシアと――ガヴリル」


 ユウリイは一呼吸置き、目に冷たい憎しみを込めてから王子の名を口にした。


「私からも聞いて良いかな。王子を……どうするつもり?」

「さてね。顔を見てから決めるさ。殺す価値があるかどうか」

「……生かす価値じゃなくて?」

「……」


 ユウリイはそれきり黙って、前を向いたまま運転を続けた。が、その冷たい表情は思いを雄弁に語っていた……『生かす価値などない』、と。


 ユウリイとガヴリル王子の因縁が気になる一方で、私は別の悩みも抱えていた。実はユウリイが迎えに来る前に、ダニーに会いに樹士団の基地に行ったのだが、ダニーはすでにいなかったのだ。もしかしたら紫葉隊の施設にいるかもしれない……そう思うと、不安が胸に込み上げる。


 昨日会った時点では、ダニーの目は虚ろではなかったし、≪粉≫について知っている様子もなかった。まだ灰人とは無関係のはずだ。でも、万が一……。


 収まらぬ胸騒ぎを抱えた私を乗せ、蒸気自動車は間もなく崖に囲まれた石塀の要塞に着こうとしていた。先日偵察した灰丘まで来たところで、右目の片眼鏡(モノクル)を外したユウリイが異変に気付く。


「戦いが始まっている……ニドが先に突入したようだ」

「ええ!? ああもう、ニドったら! どうする? ユウリイ」


 灰丘を過ぎ正門に近付くに連れ、私にも状況がわかってきた。要塞の門は開け放たれ、石塀の中の様子が見える。工場のような2階建ての大きな箱状の施設の周囲で、全身鎧を着た樹士達が大声で指示を出しながら慌ただしく施設内へ向かっている。おかげで車で迫る私達に気付きそうな様子はない。


「ニドが待てずに突入したということは、見つけたに違いない」

「何を?」

「ルクレイシアさ」

「!」


 覚悟はしていたが、やはりここに来ていたか……帝国の魔女ルクレイシアが! 身の内の炎が豪と火勢を増すのを感じる……!


 ユウリイは正門横の高い石塀に隠すように車を停め、運転席から降りると、トランクからいつも背負っている細長い筒状の革袋を取り出した。私も助手席から降りると、後ろ腰に二振りの短刀を交差するように差し、両太股のベルトに3本ずつ投げナイフを差した。


「ニドを追おう。その先にルクレイシアがいるはずだ……おそらく、ガヴリルも」

「ええ!」


 こうして私とユウリイは、ニドが起こした騒ぎに乗じて紫葉隊の基地に突入した――


……


……


……


 時を遡ること30分。ダニーは、全身鎧を着て要塞の門番をしていた。


「アーシャ、いま何してんだろーな……。任務が終わったら、会いに行ってみるか」


 ダニーが独り言を呟いた、その時だ。


 ――ズダァンッ!


 高さ20mはあろうかという断崖の頂から、何か黒いモノが石塀を越えて敷地内に飛び降りた。地が震える程の大きな着地音と共にもうもうと灰砂煙が上がる。


「何だ!?」


 ダニーはそれが何か確認するために、着地点である屋外訓練場へと向かう。そこで戦闘訓練を行っていた5人の樹士が、何者か確かめんと灰砂煙に入った次の瞬間――


 ――ゴドガァッ!!


 鎧のひしゃげる衝撃音が響き、5人の樹士が煙の中から放射状に吹き飛ばされた!


 その風圧で灰砂煙が晴れ、現れたのは()()――全身を漆黒の鱗に覆われ、身の丈程もある巨大な両手剣を握った人型魔獣だった。筋骨隆々の体格は、長身のダニーよりも優に一回りは大きい。


 黒き魔獣は天に雄叫びをあげる。


「見つけたぞォォッ! ぶッ殺してやるッッ!!」


 衝撃波のごとき怒声にビリビリと空気が震え、あまりの殺気にダニーは一瞬怯んだ。


「喋った!? 高位の魔獣か!?」


 吹き飛ばされた樹士達が灰地に伏せ呻く中、黒き魔獣は地を割るほどの踏み込みで訓練場から真っ直ぐ施設に駆けた。ダニーは気を取り直し、両手の曲刀を強く握る。


「殺すって――まさか王子を! 行かせるかッ!」


 ダニーは先回りし、石壁の施設の木扉を背に二刀を構え、黒き魔獣の前に立ち塞がった。


「魔獣め、ここは通さんッ!」

()()()()()()なァッ! 邪魔だッ!」


 黒き魔獣は駆けながら大剣を右肩に振りかぶり、ダニーに剣の腹を向け袈裟懸けに振り下ろす。


「!」


 巨大な鉄塊とは思えない剣速に驚きながらも、ダニーは上半身を屈ませ、時計回りに旋回しながら半歩左に動きこれを躱す。魔獣の大剣は空を斬り、並みの人間なら吹き飛ぶほどの風圧で地面の灰を激しく巻き上げた。


「二刀の型――≪旋≫ッ!」


 灰煙の中、ダニーは旋回の勢いを乗せた2振りの曲刀を、がら空きになった黒き魔獣の右腹めがけ振り抜く。銀の二重弧は灰煙を鋭く裂き、漆黒の鱗に斬り込む――


 ――はずだった。


 ガキィンッ!


「何ィッ!」


 ダニーの曲刀は頑強な黒鋼の鱗に弾かれ、傷ひとつ付けられなかった。その隙に魔獣は大剣を右一文字に凪ぎ払い、剣の腹でダニーを強打する。


 ――ゴガァンッ!


「がはあッ!」


 まるで大型運搬車(ダンプトラック)が衝突したような強烈に重い衝撃を右胴に受け、ダニーは宙に吹き飛ばされた。灰の地面に激しく身を擦り、墜落の衝撃に兜が外れ転がっていく。


「がはっ、ごふっ……」


 右肋骨が折れたのか、ダニーは喉に込み上げる熱い血を吐き出した。灰の地面に赤い液溜まりが染み込んでいく。うつ伏せのまま何とか腕の支えで上半身を起こして施設の入り口を見れば、木扉は開け放たれ、すでに黒き魔獣の姿は無かった。


「……クソッ!」


 ダニーは自らの無力さに苛立ち、地を殴る。


 黒き魔獣は明らかに手加減していた。2回の攻撃のいずれも、あえて剣の腹で叩いてきた――腹を向けて振れば風の抵抗で剣速は大きく落ちる上、当然斬れない。加えて、ダニーの剣は受けも躱しもしなかった。もしかすると一撃目のあと右腹をがら空きにしていたのも、わざとだったのかもしれない。


 圧倒的な力の差が、そこにはあった。


「オレは何でこんなに弱えんだ……クソッ! クソォッ!!」


 ダニーには、()()があった。強くならねばと。


 アーシャが炎の力に目覚めたあの日、何も出来なかったことをずっと悔やんでいた。次こそアーシャを守るため、強くなろうと共に修行する内に、ダニーは気付いた。アーシャの炎の力の強大さに。


 旅立の鉄道で猪の魔獣が現れた時は、アーシャに子分猪の殲滅を頼まれたことが悔しくて仕方無かった。一瞬ためらったが、従うほか無かった。自分には炎の力のような特別な力はない。アーシャのように、あの大猪を一撃で葬ることは出来ないとわかっていたからだ。


 守りたいひとに守られる自分の弱さが、情けなくて、悔しくて、腹立たしかった。


 同じ道を歩んでも、特別な力を持つアーシャ以上に強くなることはできない。だからダニーはアーシャと離れ、力を磨いてきたつもりだった。樹士団に入り、厳しい訓練に耐え……。


 それが、どうだ。


 突如現れた黒き魔獣に一目でナメられ、手加減の末に一蹴されてしまった。英雄に授かった剣と技がありながら、魔獣の鱗に傷ひとつ付けることが出来なかった。こんなことでは、いざという時に大切なひと(アーシャ)を守れるはずがない……。


「クソッ! クソォ……」


 怒りと悔しさに、何度も何度も地を殴る。右手に滲んだ血が、拳跡の灰に染み込んでいく。……やがてダニーは気を取り戻し、その目には再び使命の炎が宿っていた。


「……まだだ……まだオレは折れちゃいないッ! 王子を守らなければ……!」


 ダニーは曲刀を杖がわりにして立ち上がる。胴の痛みを消すほどに燃える悔恨を胸に、施設の2階、一等樹士しか入場を許されていない区域にある王子の部屋へと向かった――

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