スキルって便利
眠い・・・。爺ちゃんから借りた本を読んでいたらうっかり夜更かししてしまった・・・。寝ぼけ眼で朝食を食べに台所へ顔をだす。
「あら、クロウおはよ~・・・って酷い顔してるわよ。また夜更かししたんでしょ~?子供はよく食べて良く寝ないと大きくなれないのよ~?」
「母さん、おはよう。爺ちゃんから新しい本を借りたんだ。それで止まらなくなっちゃって。」
「も~!クロウもお爺ちゃんも本ばっかりにご執心なんだから~!ちゃんとご飯食べてね~!」
言いながら母さんは、パン屋から買ってきたであろうパンを切ってくれる。昨日からいい匂いをさせていたスープにつけてお腹を膨らませる。
「そういえばネルは?」
「ご飯食べた後すぐにお眠さんよ~。ベッドで寝てるわ~。」
「そっか。父さんは・・・この時間だともう仕事だよね。」
「そうよ~。あんまり夜更かししてるとお父さんに怒られちゃうから気を付けるのよ~。」
うっ・・・たしかに父さんにまたチクチクと小言言われそうだ。ふぅっと息を吐いてごちそうさまをしてから、僕も仕事に向かう。せめて仕事はきっちりしておかないと、父さんに何を言われるか・・・。
いつもの仕事道具を机に並べる・・・が、インクだけはそっと机の奥へしまう。今日からは筆記スキルがあるからね!
今日から複写していくのは『貴族社会~デビュー前に覚えておきたいマナー~』。客層が限られすぎてるけど、お貴族様の子供達には社交デビューのためのお披露目パーティーというものがあるらしい。そこでいかに恥をかかず、気品の高さを見せつけるかが注視される。そのための教本というわけだ。これは売れそうだね。
昨日のうちに読んだので大体のことは頭に入っているが、貴族って面倒なんだなって気持ちしかわかなかった。身分の高い人から順に挨拶とか、挨拶するときの礼の角度も相手の身分によって変えないといけないとか、そういう細かい事項が永遠と・・・読むだけで疲れる本があるとは思わなかったよ。
「よし・・・と。やりますか。」
羽ペンを手に、インクが引けるイメージをすると、あの時と同じようにペン先がぼんやりと光る。すっとペンを引けばイメージ通りの黒い線が引ける。ふと思い至って引かれたインクに指をこすらせる。・・・指につかない。紙にも滲みは無い。乾くのも一瞬なのか!よし、どんどん行くぞ。
「・・・ちゃ。にーちゃ。」
コンコン。コンコン。控えめに扉を叩く音と僕を呼ぶ声が聞こえた。気が付けばずいぶん日が高い。結構な時間集中してしまったようだ。インクも尽きない。紙を重ねないように気を付けないといけないわけでもない。余計なストレスから解き放たれて、ずいぶんと没頭してしまった。まだ初日だというの、もう半分にも届きそうなところまで進められてしまった。
爺ちゃんから「魔力が切れたらインクは出なくなる。その前に疲れるから使えるだけつかってしまえ」と言われていたのだけど、特に疲れた感じはしないことに少し首を捻りながら、扉を開けて小さな客人を迎える。
「どうしたーネル?兄ちゃんに何か用か?」
「ママねー、おはんってにーちゃっていってた」
「んー?・・・おはん・・・ご飯か!そっかぁありがとうな、ネル。」
ぐりぐりって頭をなでて頬をフニフニしてやると「うゃー!」と声を上げて喜ぶネルを抱えて居間へ顔を出す。
「母さん、ごめん。すっかり没頭しちゃってた。」
「も~。朝に注意したばっかりよ~。お昼もだいぶ過ぎちゃってるんだから~。」
頬を膨らませて怒る母さんにお願いして、かなり遅めの昼食を取る。朝も食べたパンだけど、時間が立っているので硬くなったパンをこれまた朝食で出たスープに浸しながら、肉屋で買ってきたであろう豚肉の塩漬けを焼いたものと一緒に食べる。少し塩気が強いけど、噛み応えのある肉に満足する。
「クロウちゃんがお昼に気づかないなんて久しぶりね~。何かあったの~?」
食べ終わったタイミングを見計らって、母さんから問いかけられた。
「うん、ちょっとね。爺ちゃんにも昨日聞いてきたんだけど、筆記スキルっていうのが使えるようになったんだ。」
食べ終えた食器を重ねながら答えると、母さんはびっくりした顔になっていた。やっぱりびっくりするようなことなんだね。8歳児がスキルが使えるのって。
「クロウちゃんお爺ちゃんと同じスキルになったのね~。でもお爺ちゃんは直ぐに疲れて寝ちゃうんだけど・・・こんな時間まで大丈夫だったの~?」
「えっ!そうなの?全然疲れてないよ?」
「あら~そうなの?クロウちゃんは魔力が多いのかしらね~。スキルって使いすぎるとお母さんも疲れちゃうのよ~?」
ひょっとしたらスキルというのは、僕が予想していた以上に魔力を使うのかな。全然疲れないから気にしてなかった。・・・っていうか母さんって何のスキル持ってるんだろう?
「母さんのスキルってなんなの?」
「あらあら~。あんまり気軽にスキルを聞いちゃダメなのよ~?お爺ちゃんは言ってなかった?」
爺ちゃん・・・そういう大事なことは言ってくれないと・・・。母さん曰く、見てればなんとなく分かるらしいけど、マナーは大事ということだ。それはなんとなくわかる。お貴族様の慣習でもマナーの重要性は強く語られていた。
「私は子供の頃から炊事場や洗濯のお手伝いが多くてね~。私のスキルは『水』。おかげで井戸までお水を汲みに行かなくていいから助かるわよ~。」
井戸に行く母さんを見たことが無かったけど、そういうことだったのか。水か・・・とても便利そうだ。・・・井戸の水とスキルで生み出した水では違いはあるのかな?今まで家で使っていた水は透明で冷たくて気持ちいい。井戸の水だとそうでもないのかな?
色々と知りたいことが増えた。爺ちゃんによると、教会で詳しく話を聞けるみたいだから、寄付金を持って行くのもいいかもしれない。一体いくらくらいの心付けが必要なのか、先に確認するのもいいかもしれない。
「今日はもういい時間だけど今日も出かけるの~?」
「うん、どうしようかなって。ちょっと教会で詳しく話を聞いてみたいとは思ってるんだよね。このスキルについて。」
「そうなのね~。気を付けていくのよ~。」
そういって出かけた僕だったけど、結局その日は教会にたどり着くことは無かった。この日僕は、初めて冒険をすることになったからだ。