冒険者ギルドで話を聞きます
「こんにちは、お姉さん。」
「あら、クロウ君。また来たの?今日はどんな事が聞きたいの?」
「ダンジョンの最新情報は何かある?」
「それは今日もいつもと同じよ。『ない』わ。」
僕がダンジョンに興味を持ってから、このやり取りはもうずっと続いてる。3年くらい前に、36層の情報が開示されてから、これといってめぼしい情報は入っていない。
「むぅ・・・。ダンジョン攻略ってこんなに進まないものなんだね。」
「そりゃぁそうよ。記録があるだけでも200年以上踏破されてないんだもの。そう簡単には進められないわよ。」
窘めるように言うお姉さん。名前は確か・・ミミリーさんだったはずだ。この町にダンジョンはなくとも、朝は忙しそうに冒険者の応対をしているけど、午後を回ったばかりの今の時間帯、冒険者たちのは稼ぎにでているので、ギルド内は閑散としている。となると、僕みたいな子供でも相手をしてくれる。彼女の暇つぶしも兼ねているのだろう。僕にはありがたいことだ。
「じゃぁ今日は町の周辺で採れる薬草について教えてください。」
「あら?クロウ君って冒険者じゃ・・・」
「ではないです。なりたいとは思ってはいるんですけどね・・・。師匠になってくれそうな冒険者さんには心当たりがなくって。」
成人していない子供が冒険者に登録するには、実力や人柄が伴った現役の冒険者の推薦が必要になる。そして、その推薦人は一人前と認められるまで、その子供の面倒を見る必要がある。なので、知り合いに冒険者がいなければなることは難しい。
「お姉さんもそればっかりはどうしようもできないからごめんね。」
両手をパンッと合わせて謝るミミリーさんだけど、こればっかりはごねてもお金を高く積み上げてもどうにもならないのでしょうがない。良縁がないかという期待もあって冒険者ギルドには通ってはいるけど、成果はこの通り芳しくない。
「それで、周辺の薬草だったわね。」
手近にあったファイルをパラパラとめくって、依頼書をいくつか見せてくれる。
「ギルドから常設で出している依頼で、採取関連がこの5つ。このうち3つがGランク依頼よ。つまりこの町『ライラック』からそんなに離れなくても採取できる薬草ってことなのよ。」
そういって見せてくれたのは、依頼内容が書かれた依頼書。通常クエストボードと呼ばれる掲示板のような物に、ランクごとに張り出されているが、常設依頼なので、受付カウンターにも常備されているらしい。Gランクが3つ。Dランクが1つ。そしてAランクが1つだ。
「まずはGランクから説明していくね。『ヒールリーフ』『アースフラワー』『グリング』の3つが、この町の周辺で採取できることが確認されてるわ。クロウ君はこれらの効果は知ってる?」
「はい。『ヒールリーフ』は主に最下級ポーションの素材になります。そのままでも多少は効果があったと記憶してます。『アースフラワー』は解熱作用があるので風邪をひいたときなどにお世話になります。解毒作用もありましたね。『グリング』は魔物除けのお香になります。」
僕の答えに眉尻を下げ、微妙な表情になるミミリーさん。あれ?何か間違ったかな?
「・・・クロウ君はホントに教え甲斐の無い子ね・・・。正解よ。もう少し詳しくいうと、ヒールリーフはそのままでも若い芽の場合は効果はそれなりに確認されてるわ。」
「なるほど。じゃぁ若い芽だけでポーションを作ったらどうなるんでしょうね。」
僕からの質問に、ミミリーさんは少し難しい顔になる。
「うーん・・・試したって話は聞いたことないなぁ。そもそも若い芽だけをそんなに集められる機会がなさそうよ。」
「そうなんですか?ランクGだから簡単に手に入ると思ってました。」
僕がそういうと、ミミリーさんは嬉しそうな顔で得意げに笑った。
「ふふっ、ようやくクロウ君の知らないことが出てきたわね。そうなのよ。ヒールリーフは人の手でまだ育成に成功したことが無い薬草でね。だけど何処でも見つかるの。草原や森はもちろんだけど、洞窟の内部でも見使うこともあるわ。」
「採取した場所は覚えておかないんですか?もう一度行けば・・・」
「それがね、一度刈り取ってしまうと直ぐに枯れてしまうの。そしてしばらく周辺では見つけられないみたいなのよ。」
ランクGというくらいなので、もっと簡単に採取できると思ってたけど、どうやら毎回探し当てないといけない面倒な薬草なんだな。うーん・・・いったいどういう条件で育つんだろう。
「あら?クロウ君、やっぱり興味ある?資料室にいくつか情報があるはずだから自由にみていいわよ。ちなみにアースフラワーも結構どこにでもあると思ってくれて大丈夫よ。効能はずいぶん変わっちゃうけどね。」
「どういうことですか?」
再び僕からの疑問にミミリーさんは満足そうに笑う。
「この花、茎が長くて背の高いの。それで白い花を咲かせるのね。この花が採取対象。背が高いから、草原で探せば結構見つかるんだけど。森にもけっこう群生しているらしいの。でも森で採れたものは、薬効があまり高くないみたいなのよ。」
「森の方が肥料となりそうなものが多そうですけどね・・・日光が当たりにくいからなのかな?それとも他にもなにか要因が・・・」
「そ、そのあたりは誰も調べてないと思うよ。・・・クロウ君ってホントに8歳?」
「ハイ。もう3か月もしたら9歳ですけど。」
それを聞いてミミリーさんはふぅっと軽い溜息を1つ吐く。
「貴方の知識を少しでも冒険者がつけてくれたらって心の底から思うわ。」
よくミミリーさんが愚痴をこぼすのだけど、この町の冒険者の質はあまりよくない人が多いみたい。薬草の見分け方くらいは身に着けてほしいとミミリーさんは言うのだけど、冒険者的には魔物の討伐さえしてればお金を稼げるという認識らしく、この町の薬草はいつも不足気味みたいだ。孤児院出身の小さな冒険者見習いたちが、せっせと薬草を集めているらしい。
「薬草不足ってそこまで深刻なんですか?」
そう聞いてみると、ミミリーさんは難しそうな顔でうーんと困ったように声を上げた。
「なんとかなるギリギリのラインね・・・。現状維持なら問題にはならないけど、何かトラブルでも発生したら間違いなく拙いわね。」
「そうですか・・・僕もお手伝いできれば良かったんですけどね。本当に残念です。」
「クロウ君なら大歓迎なんだけど規則は規則だから・・・ね?」
「むむ、残念です。」
ミミリーさんはアハハと笑うと、僕に講義を続ける。
「孤児の子たちが頑張ってくれてるから、ヒールリーフの備蓄はそれなりにあるわ。質に目をつぶればね。でも、今はグリングが不足してて困ってるのよね・・・はぁ。」
そういってグリング採取の依頼書を取り出す。それに書かれていたのは円状に描かれた植物。色は付いてはいないがこれは緑色をしている。緑の円状の植物。だからグリング。
「比較的採取しやすい物だから、Gランク依頼になってはいるんだけど・・・最近になって、このグリングの群生地が焼けちゃってね・・・。」
「あ、先週の森でのボヤ騒ぎですか?」
「そうなのよ。ホントに困ったわ。」
燃え広がらないようにと、冒険者だけでなく、町の大人たちで、手の空いているものは全員駆り出されていたので、ここ最近では大きな事件だったからみんな知ってる。そうか、グリングが焼けてしまったのか・・・。
「あの騒ぎであの森、いまちょっと観察中なのよ。何組かのパーティーに調査をお願いしているところなのよ。」
「・・・やはりグリングの特性による影響ですか。」
「えぇ。そうよ。冒険者や行商人たちが使っている魔物除けのお香。その元になったのがグリング。それが燃えたってことはどうなるか・・・ちょっと予想がつかないのよね。」
お香と同じような効果を持った煙が、かなりの広範囲にひろがって、視界の確保すらも難しい状況での消火活動だったと聞いた。となると影響は・・・。
「・・・魔物の生息域に変化があったとか、ですか?」
「クロウ君もそう考えるのね・・・。えぇ、あの森にいたウルフ系の魔物が今のところ全く確認されなくなってるわ。やっぱり鼻が効く魔物に効果があるのね。ただ、その分ゴブリンの数が増えてる感じ。」
「・・・となると森の外にウルフたちが解き放たれた可能性があるわけですか・・・。危険ですね。グリングが焼けてグリングが必要になるとは・・・かなり拙いのでは?」
僕からの質問にコクリと首が縦に降られる。
「今は護衛人数を増やすことで、何とか行商の方々には納得してもらってるけど、このままだとちょっと拙いかな・・・。調査でグリングの群生地が新しく見つかればいいんだけど・・・。このままだとグリングの依頼ランクも上がるかもしれないって話も出てるの。」
「それは・・・大変そうですね・・・。」
Gランクであれば、採取を頑張ってくれている子供の見習い冒険者が受けることもできるが、Fランクに上げられてしまうと、見習いには受けることが出来ない依頼になってしまう。となると、余計にグリングの不足が続いてしまう。
「最悪の場合、仕入れるしか無いのよね。そうなると経費がかさむわぁ。私たちのお給料もどうなっちゃうのかしら。」
「・・・ホントに大変ですね。」
「えぇ。だから何かいい案があったら教えてくれると助かるわ。」
「は、はい。分かりました。」
冗談っぽく言うけど、その眼は本気だと思った。でも何とかしようにも情報が足りなさすぎる。
「大丈夫よ。調査がうまくいってくれれば問題はないんだから。」
それもそうかと僕は内心でホッと息を吐く。
「ここからは初心者向けじゃない薬草ね。このあたりでも採れるんだけど、危険度があがるのよ。はい、まずはこれね。Dランク依頼になるんだけど、ザクランシード。」
まさかの現物!?トゲトゲした大きな木の実が出てきた。これは初めて見る・・・シードと呼ぶにはデカいと思うんだけど。
「この周りのトゲトゲの部分がザクランシードなのよ。この実自体はザクランっていって、中身の果実は結構甘味が強くて人気なんだけど、採取には注意が必要でね。」
「その棘が危険だからですか?まさか毒とか・・・?」
「いえ、切れ味は確かに鋭いんだけど、採取ランクが高いのはこの実自体が原因じゃないの。この実が好きな魔物がね、いっぱいいるのよ。特に虫系が多いから数が多くてね・・・周囲を厳重に警戒する必要があるの。とはいえ、この実のなる木はギルドで管理しているものがあるから、不足の問題は無いわ。」
ギルドの管理物であるから、現物がすぐに取り出せるんだなと納得する。
「そうだったんですね・・・効能はたしか回復系でしたっけ?」
「そうね、自然治癒力の強化よ。ポーションみたいな即時性は無いけど、じわじわと回復していくの。怪我の治療というよりも、病気とかで落ちた体力の回復に使われてるから医療用に重宝されてるわ。」
この町だけという話ではでなく、かなり重要な薬草なので、管理可能であれば、どの町でも確保しているものらしい。ただ、魔物をおびき寄せるために、維持管理を誤ると町1つが崩壊する可能性すらある。優秀な分、危険な物だ。
「そして最後にランクAはこれ。シダシビレって言ってね。これは少し離れた森に生えてるんだけどね、見つけても絶対近づいちゃダメよ。」
「分かっています。僕みたいな子供では命まで危なそうですからね。強い麻痺効果があるのですよね?」
葉の裏にびっしり付いた胞子に強い麻痺作用があり、見つけたときは風向きに注意して速やかに離脱しろと言われている薬草だ。薬になりそうにない効果をもたらすが、麻痺は見方によっては非常に有用な状態異常。そのため、薬草扱いされている。
「副作用が一番少ない麻酔薬が作れるからね。これも医療方面の薬草よ。まぁ必要になることは少ないんだけど、念のため備蓄はしておきたいって感じかしら。日の届かない森で良く見つかるそうよ。」
「・・・ということは、注意喚起の意味合いが強い依頼ということですか。なるほど、これなら分かりやすく危ない植物だと分かりますね。」
僕の言葉に何度目か分からない溜息をミミリーさんが吐いた。あれ?違ったかな?
「クロウ君はホントに・・・。良ければギルド職員にならない?」
「お姉さん・・・僕が冒険者になりたいって知ってますよね?」
アハハと笑うミミリーさんの目は、やはり笑っていなかった。そんなミミリーさんに資料室へ連れて行ってもらって、その日は暗くなるまでそこで過ごした。