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少年は本が好き

少し時間が経過しました。

「・・・よし、これで今月のノルマ達成だね。」

先ほどまで書いていた紙のインクが乾くまで重ならないように端に寄せ、羽ペンを水ですすいでから布で丁寧に水気をふきとる。インク壺は蓋をして直ぐに引き出しにしまう。なかなかインクが乾かないので、書いたばかりのページには栞を挟み、明日になったら纏めて綴じて、本にする。


今日書き写していた本は『薬草の効能』。駆け出しの冒険者に向けて。ギルドが案内しているマニュアルの1つなんだけど、さっぱり浸透してない。あまりにも薬草の誤用が多いということを爺ちゃんが聞きつけて、僕に仕事が廻ってきたという代物で、かれこれ10冊目になる。


爺ちゃんから言われて始まった本の複写の仕事は、最初こそ失敗も多かったけど(主に読みふけって書くことを忘れてしまったのが原因)、3年も経った今では余裕を持って納品ができている。ちゃんと仕事として賃金も発生してるし、自由にというわけにはいかないけど、本を読むこともできる。


けど、これでいいのかとも思ってしまう。自室の窓から外を眺めると、僕と同じくらいの子供たちが門の方へ駆けていくのが見える。僕の仕事は本を複写することだけど、あの子たちの仕事は門の外にある。多分彼らは冒険者見習いなんだろう。危険な職業だけど、子供でも一応、6歳から見習いになることができる。そうすれば、たとえ子供であっても1人で依頼を受けることができる。依頼には討伐や採取があるため、町の外で活動することになる。


僕はまだ、町の外に出たことがない。


「町の外は魔物が出て危ない」と、大人はみんな言う。実際、本で読んだ限りでも、町から町へ移動して、魔物に出会わないことはほぼ無いらしい。魔物は普通の獣などと比べて繁殖力が高く、数が多い。


特に数の多い魔物がウルフ系。森や平原など、どこにでも現れる。足が速いから逃げられない。鼻がいいから襲われる。出会ってしまったらもう倒すしかないと言われている。

1匹当たりの強さはそこまでではないけど、彼らは群れを成す。2頭、3頭なら何とかなるかもしれないが、5頭を超えると、荒事になれた冒険者であっても無傷で切り抜けるのは難しい。


そんな魔物と運悪く出会ってしまったら・・・まともな親が子供たちを外に出そうとしないのは当たり前。


(でもなぁ・・・町の中は新しいものが無いんだよなぁ。)

いくら子供の足とはいえ、町の中を歩き回って、まだ見てないような場所は、他人の住居や、貴重な飲み水の水源となっている井戸の中くらいだ。歩いて見て回れる範囲に面白いものは特にない。


この町唯一の雑貨屋に陳列されている数多くの商品ですら、一通り名前どころか使用時の効果などもほとんど覚えてしまい、この町に知らないものは早々見つからない。


先ほどまで複写していた本を撫でる。こいつもずいぶん読み込んだから、薬草に詳しくはなったと思うけど、実際にそれらの知識を使ったことが無いのが引っかかっている。実際に使った時の感覚や効能のすり合わせがしたい。この知識を完全なものにしたい。


「はぁ・・・危ないのは分かるけど、やっぱり町の外には出たいよなぁ。」

本をパラパラと眺めながら1人ごちる。眺めていたのは『森の植物』という本。僕の住んでいるこの地域「ディリク大陸」の森でよく見られる植物の一覧が掲載された本。町でもよく見られ何の効果も持たない雑草から、ポーションの材料になる『薬草』と総称される効能のある草。小型の獣くらいなら死んでしまうような危険な毒草の一覧がずらりと並んでいる。

この本を作った作者はかなりの情熱を持っていたのか、それらを食べたり、肌に塗ったりしたときの効果や、毒であればその効果時間などもこと細かく書かれた研究結果を纏めたレポートのような物だ。


しかし、”一覧”なんだよね。名前と効果が分かっても、それがどんな草かを見たことが無い。どうしてこの本を書いた作者は絵師に依頼しなかったのかと、何度思ったことか・・・。それもあって、雑貨屋には何度も通って店主からは苦い顔をされた。何度も説明お願いして大変な思いをさせているので、そのお礼と言うわけではないけど、紙とインクはちゃんと購入している。


効能の低い薬草なんかは雑貨屋でも取り扱っているけど、一覧の中で見たことがない植物の名前はまだまだ8割以上ある。


そして、この本と、先ほどまで複写をしていた本を混ぜ合わせたような本を、現在趣味でまとめ始めている。


『薬草の効能』は、初心者冒険者のための薬草の簡単な使い方が書かれている。駆け出し向けに安価で手に入りやすい薬草だけが書かれている。でも、それだけだと使いづらいと感じたんだ。なので、他の本から細かい情報を書き写している。『森の植物』から抜粋した情報も多い。他にも気になる情報は技術の類は、爺ちゃんから渡されている紙ではなく、自分のお金で買った紙にメモでざっくりと纏めている。いずれは、きちんとした形に分かりやすくまとめて本にしてみようと思っている。


「やっぱり絵がつけたいなぁ・・・でも絵師を雇うの高いんだよなぁ。頑張って描いてみる・・・?うーん、文字インクに加えて色付きインクなんてさすがにコストが・・・むむむ・・・。」

爺ちゃんからの仕事で始めた本の複写は、月に1冊で良かったのだけど、本にまとめるという作業が思いのほかハマってしまって、ノルマ以外にも他の本を複写していたらノルマが5冊に増えた。そのため、給金も増えたのだが、さすがに個人で絵師を雇うのも、絵を描くためのインクを買うのも、コストが少しかかりすぎる。


いつかのために、絵の入る場所を確保して書かれたメモ書きたちは、いつか綴じられることを夢見て引き出しの一番下に眠っている。紙もインクも結構高価な物なので、こんな高い趣味があるなんて父さんが知ったら・・・。うん、これは絶対に見つからないようにしないと・・・。


今作っているのは自分用の『薬草辞典』と『魔物辞典』。いつか町の外に出たときに困らないようにまとめている物だ。とはいえ頭の中に全て入っているので作る必要は無かったのだけど・・・物を形にするということに楽しみを覚えてしまったから。


いつか町の外に。そしてダンジョンに。そんな思いが、僕の胸を渦巻いている。


きっかけはやっぱりあの本。『あるダンジョンの光景』。

初めのころは、ただワクワクと興奮するばかりだったけど、最近はそうばかりではなくなってきている。たくさんの本を読んだ知識を得た今では、絵の中の冒険者の行動や、魔物の対策などを考えながら絵の流れを追っていくようになっている。正解かどうかは分からないけど、僕にとっては教本みたいになっている。


早くここへ行きたい。でもダンジョンに入るには条件がある。冒険者としての実績だ。冒険者の死体を無駄に増やすことを良しとしない冒険者ギルドは、一定以上のランクの冒険者を代表としたパーティーしか、ダンジョン入りを許可していない。


冒険者ギルドの掲げるランク制度。A~Gまであり、最初はGから始まり、Aランクにもなるにはかなりの功績を上げないといけないらしい。


さらにGランクの下には、成人(12歳)していない子どもが登録する『見習い』がある。僕は8歳なので、もし登録することができてもランクを上げることは出来ない。最低でもあと4年我慢する必要がある。


はぁ・・・と自然と溜息がもれるが、年齢の問題はクリアのしようがないので気持ちを切り替えよう。軽く身体を伸ばして凝り固まった身体を解してから部屋を出る。僕の部屋は2階にあるので、1階へ移動。母さんと妹のネルが居たので一声かけてから家をでる。


「じゃあ母さん、ネル、行ってくるね。」

「いってらっしゃ~い。晩御飯までには帰ってくるのよ~。」

「らしゃいー!」

いつも通り、母さんがのんびりした声で、妹のネルが元気な声で送り出してくれる。僕は体力づくりも兼ねて、冒険者ギルドへ走って向かう。もし推薦人がいれば、僕でも冒険者見習いにはなれるけど、そういう縁は僕にはない。それでもどんな依頼があるのかを確認したり、話を聞くことはできる。


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