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師匠がやってきた

 冒険者ギルド職員に見習いになったとおもったら、その翌日には冒険者見習いになっていた。昨日はショックを受けて帰ってきた僕を心配していた母さんが、今度はご機嫌すぎて心配していた。なんとか気持ちに折り合いをつけて、乗り気でもなかったはずなのに、一体何があったのかとかなり詮索された。隠さなくてはいけないことが出来てしまったので、答えに窮してしまったので色々と勘ぐられてしまった。


「も~昨日は心配したのよ~?この世の終わりみたいな顔してたんだから~」

「心配かけてゴメンよ、母さん。もう大丈夫だから」

「それならいいのよ~。あんまり隠し事はしないでね~」

 しっかりと釘を刺されてしまった。いつまでも隠しておきたくはないけど、このスキルの有用性だけは本当に危ないらしいので漏らすわけにはいかない。今日は本当に色々あり過ぎた。部屋に戻ってベッドに倒れこんだら直ぐに寝てしまった。



 いつも通りの時間に目が覚めて、一階に降りると、なぜかボーグさんがウチに来ていた。


「おう坊主、邪魔してるぞ」

「ボーグさん!?なんでうちに?」

「俺には時間がないからな。早いところお前さんが物になるようにせんと安心してセントラルに帰れん」

 そういうボーグさんはテーブルに出されたパンと干し肉をかじっていた。持ち込みなのか我が家から出されているのか怪しいところだ。母さんも来客用のカップを出しているので、すでに僕の師匠であることも説明済みなのかもしれない。


「母さん。もう聞いてるかもしれないけど、こちらはボーグさん。昨日僕の師匠になってくれたんだ。」

「聞いてるわよ~。本当に冒険者になっちゃうなんてね~。あんまり危ないことしないでね~?」

「大丈夫ですよ、クロウのお母上。しばらくは危ないことはしませんので。見習い期間中は、町の外で研修をする際にはかならずベテランが付き添いますのでご安心ください。」

「あら本当?クロウのことお任せしますね~?」

 ・・・ボーグさんが凄いまともなこと言ってる。僕が口をパクパクされたら睨まれてしまった。大人になると体面は大切にしないといけないってことかな。


さて、僕も手早く朝食をとろう。師匠をお待たせするわけにはいかないからね。と思って慌てて食べていたら「ゆっくり噛んで食え」と言われてしまった。ボーグさんは忙しい人だから僕としては気を使ったつもりだったけど、案外優しい人のかもしれない。


「飯を食い終わったらお前さんの仕事をみさせてもらうぞ」というと、ズカズカと2階へと上がっていったんだけど・・・すぐに「うえぇぇぇぇぇん」という声が聞こえて慌てて駆け出した。


「うえぇぇぇぇん!にーちゃぁぁぁぁ!!」

「く、クロウっ何とかしてくれっ!俺の顔を見た瞬間このありさまで近づくこともできん」

 なかなか悲惨な光景が広がっていた。最近1人でちょこちょこと歩き回ることができるようになった妹のネルが、寝室に母さんの姿がないことに気づいて降りて行こうとしたところにボーグさんと蜂合わせてしまったんだろう。


「にーちゃぁぁぁぁぁ」

 ボーグさんの脇を抜けて、トテトテと走り寄ってきたネルを受け止めて、頭をポンポンと叩いて宥めてやる。ネルは人見知りを結構するので、家の中に知らない人が居てびっくりしてしまったんだろう。


「よしよし、大丈夫。大丈夫だからなーネル。このおじちゃんは怖い人じゃないからなー」

「お、おじ・・・」

 なにやらボーグさんがダメージを受けているみたいだけど、今は愛する妹が優先だ。いまだに僕の腕の中でぐずぐずと泣きじゃくる妹をひたすらに宥めていく。ネルはギュッとするのもギュッとされるのも好きなので、僕からも抱きしめ返してやる。


「にーちゃ」

「どうした?ネル?」

「・・・抱っこ」

「よしよし、よいしょっと。お、ネルまた大きくなったか?兄ちゃんもすぐ追いつかれちゃうかもなー」

「えへへー!にーちゃー」

 抱っこをしてやると、ニコニコ顔になったネル。よかったよかった怖いことはないからねー。


「このおじさんと僕は大事な話があるから、ママとご飯食べてこようか」

「うん!」

「そういうわけですので、ボーグさん、しばらくお待ちいただいても?」

「あ、あぁ」

 母さんにネルを預けるために再び1階へ降りる。ネルは嬉しそうに母さんに駆け寄っていったので、後は母さんにまかせることにしよう。


「スイマセン、お待たせしました」

「あぁ、むしろ手間をとらせてすまんな」

「いえ、ネルはちょっと人見知りさんなので、初めて会う人にはあんな感じになっちゃうんですよ。」

「・・・意外と面倒見がいいんだな」

「可愛い妹を可愛がるのは当然では?」

 僕は冷たい人間だと思われていたのだろうか?確かにボーグさんとはまだ出会って1日だ。師匠として僕の人となりもしっかり見てくれているんだろうと思っておこう。


「ところでなぜ僕の家に?」

「何だ、今更の疑問だな」

「いえ、ちょっと突然のことが多すぎて聞きそびれてました」

 ほんとに色々と虚をつかれたというかなんというか。頭の処理能力がどこかにいってしまっていたんだと思う。ひょっとして突発的なことに僕は弱いのかもしれない。


「まー、その・・・あれだ。一応師匠としてはちゃんと方針を決めるためにお前さんの人となりや生活なんかを見て判断しないとな」

 ちょっと感動してしまった。本当に僕のことを考えてくれていたのだ。以前に酒場で出会った酔っ払い冒険者とは全然違う。これが本当の冒険者の姿なんだ。酒場で毎日のようにどんちゃんと騒いでいる冒険者に軽々しく師事することなく、今まで我慢し続けてきて本当に良かった。これからはボーグさんのことはちゃんと師匠って呼ぼう。


「じゃぁ午前中はいつも本の複写をしているので、それを普通にしてればいいということですか、師匠?」

「あぁ。今日は普段通りの姿を見せてくれ。スキルは人の生き方に左右されると言われている。お前さんの本質がそれだけで計れるとは思わんが、多少の指針にはなるだろう」

「分かりました。では僕の部屋はこちらです。妹の部屋には入らないでくださいね」

「わーってるよ。女に泣かれるのは苦手なんだ」

 うちの妹もボーグさんの中では『女』に含まれるのか。年齢で差別しないところを尊敬するべきなんだろうか・・・。


「文筆家・・・本を作る職か。ジジイの影響か?」

「えぇ。爺ちゃんの本屋には小さいころから入り浸ってましたから、本好きは爺ちゃんの影響が大きいと思います。本を作るようになったのは爺ちゃんからの勧めで。思えば爺ちゃんも筆記スキルを持ってたので僕にもそんなスキルを身に着けてほしかったのかもしれませんね」

「本は物にもよるが、金になるからな。貴族相手の商売なんて普通は恐れ多くてやらねーもんだんだが、あのジジイなら心臓に毛が生えてそうだから不思議もねぇわ」

「・・・僕はそこまで言われる爺ちゃんの過去が気になり始めましたよ」


 そんな風に話ながら僕は机に向かう。今、爺ちゃんから渡されている本は5冊。ほとんどがやはり貴族向けの本が選ばれている。以前に複写したお貴族様の子供に向けたマナー教本は売れたみたいだね。今度は大人の貴族でも使えるシリーズを複写するようにと爺ちゃんから依頼された。


「なになに・・・『テーブルマナー教本』『後継者の育て方』『趣味のハンティング』・・・。げんなりするくらいに一般庶民向けのがねぇな」

「仕方ありませんよ。まだまだ紙の価格が安定しませんからね。今は貴族向けの本しか気軽に作れませんよ」

「まぁそうだよなぁ・・・お前さんと話してるとホント考え方が子供らしくないっつーかなんつーか」

「僕はまだまだ9歳にもなってないお子様です。だからしっかりと教えてくださいね、師匠」

「そういうとこだっつの。まぁいい。早いとこ仕事しちまえ」

「そうですね」

 とはいえ、筆記スキルを覚えてからは仕事は簡単だ。本の内容を『転写』してしまえばいいわけだから。それでは・・・と本を開く。


「うん、大丈夫。よく分かんない慣習だけど読めるし理解はできるね・・・『転写』・・・『転写』・・・『転写・・・』」

 テーブルマナー教本は、珍しく絵の付いた本だった。テーブルの上に並べられたお皿、ナイフ、フォーク、スプーン。並んでいる順番の意味や、食べ勧める順番。使い方や食べ終わった時のマナー、途中で席を立つときのマナーなど、食事するのも面倒なんだなと思わされる数々を一気に『転写』していく。


「・・・・・・『転写』。・・・ふぅ。これでこの本は終わりですね。さて次は」

「まてまて!何だその速度は!それに連続使用できるだと!?お前さんのスキルは一体どうなってやがる・・・この前はぶっ倒れかけただろうに」

 ボーグさんが驚いてるけど、そんなに異常なことだろうか?『転写』は本を複写する分には少し疲れる程度で済むんだけど・・・。


「この前、師匠の前で見せた時は、インクに魔力が乗るようにということだったので魔力が枯渇しかけましたけど、本には魔力を込める必要がないのでこれくらいなら大丈夫ですよ。さすがに少し疲れはしますけど、中身の内容が僕が分かるような物なら、魔力の消費は抑えられるみたいです」

「ふむ・・・分からない部分を魔力で補っているのかもしれないな・・・。興味深いが検証している時間はないからそういうものとして考えておくことにしよう。他には何かないか?」

「そうですね・・・インクに何か細工をしようとすると普段よりも疲れます・・・魔力を消耗しているんだと思います」

「なるほど・・・」

 そういうと、ボーグさんは黙り込んでしまったので、僕は複写作業を続けた。『転写』によって消耗した魔力は、放っておけば回復する。具体的には本1冊くらいならスゥ・・・ハァと深呼吸すれば、大体元通りだ。とても便利。インクいらずで大変お得です。


「えっと・・・あと9冊か。うん、何とかなるかな。」

 ボーグさんも黙り込んでぶつぶつと何か呟きながら考え込んでいるみたいだし、これからすることの準備のために本を開く。内容を一通り覚えておかないと出来ないことだから。まぁ失敗することもあるけど。


「・・・よし、覚えた」

 紙の枚数をパラパラと確認する。元の本は羊皮紙で作られているために分厚く頁数も少ないけど、紙に転写することで小スペースで軽量化もできて価格も抑えられる。下級貴族にこそ必要だもんね。分かりやすく狙ってきてるなぁ、爺ちゃん。


「では準備もできたところで・・・師匠、見ていただいてもいいですか?」

「あぁ・・・あぁ?何をするんだ?」

「このスキルの応用ということでこういうことも出来るということで・・・『転写』」

 ちょっと魔力の消費は多いけど、用意した紙の束に対して一気に転写することもできるのだ!・・・まぁ何度も同じ本を書き写すという作業が面倒になったときに魔が差してやってみたら出来てしまったという代物だ。最初は魔力の消費が酷くて倒れかけたし、中身は微妙に間違ってるしでしばらく封印していたんだけど、スキルについて色々試してみようとして、成功率は8割くらいになった『ズボラ転写』だ。なお、爺ちゃんにはバレていないけど、そのためにかなりの枚数の紙が犠牲になった。出費が痛かった・・・。


「一枚ずつではなくてたくさん出来ないかと考えたら出来ました」

「お前さんにはホントに驚かされるな・・・スキル自体の汎用性はなかなか高そうだ」

 ボーグさんは驚いてはいるものの、直ぐにその有用性を探っているみたいだ。


「お前さんもスキル検証してるみたいだし、早速俺も一枚かませてもらおうか」

 ボーグさんは人の悪い顔をしていた。


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