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少年は本を読む

「今日も読んでおるのか?飽きんのぅ。」

「うん。飽きないよ。面白いもん。ダンジョンってすごい!」


爺ちゃんはやれやれといった感じで息を吐くけど、何度読んでも面白いのだからしょうがない。すでに何十回と読み直してるこの本の名前は『あるダンジョンの光景』という本。実際にダンジョンへ潜った冒険者が画家志望だったらしく、実際経験したことを絵にしたためたと言う。しかし、貴族には「野蛮」と評されてしまいまったく売れず、うちの本屋へ持ち込まれたらしい。

貴族には売れなくても、本は本。紙が高いのはもちろんのこと、ほとんど絵で表現された本なので、絵の具にだって相当な金額がかかっているはず。なので価値としては高い。だから勝手に触ると怒られるけど、爺ちゃんが見てくれている時だけは自由に触れることができる。


本は貴重品。町で本屋を営んではいるけど、平民がおいそれと手が出せるような金額ではなく、嗜好品として、お貴族様くらいしか買っていかない。複写した廉価版もあるにはあるけれど、それでも子供に買い与えるような金額じゃないものが多い。そんな本の中でも絵のついた本はかなり貴重。画家を雇ってわざわざ絵を描かせるような文筆家はほとんどいない。そういう本の大半は、お貴族様がお抱えの文筆家と画家に書かせたものみたい。文筆家と比べて画家の数が少ないのも理由の1つみたいだ。


「ほどほどにしておくんじゃぞ、クロウ。あんまり遅くまで読んでおると、またイオスに怒られるぞい。」

「はーい。もうちょっとだけ。」


クロウというのは僕のこと。そしてイオスというのは父さんの名前。本に夢中になりすぎて、あんまり夜更かしするもんだから、一度本を読むことは禁止されて以来、爺ちゃんは父さんをダシに、僕を(たしな)めるんだ。夜更かしは健康にも良くないから、おとなしく言うことを聞いた方がいいのは分かってるけど、読んでいると、ついつい時間を忘れちゃうんだよね。ちなみに、爺ちゃんの名前はケヴィネンという。


気を取り直して本を開く。この本はダンジョンに入るところから始まる。

ページをめくると、しっかりと準備を整えている4人の冒険者グループが描かれている。文字は無い。けど、僕はこの絵だけの本を読むときには、頭の中で自分勝手に文字をつけるのが好きだった。これから彼らの冒険が始まるのだ。ある冒険者は矢の補充を。別の冒険者は薬草や魔法薬(ポーション)を。ガタイのいい冒険者は自慢の大剣を研ぎに出している。杖をもった冒険者は瞑想している。


次のページから、いよいよダンジョンに入る。まず緑色をした人型が現れる。ゴブリンだ。ダンジョンには魔物がたくさんいるらしい。ガタイのいい冒険者が、自慢の大剣を使って一太刀で切り伏せていた。それ以外にも何匹か描かれているゴブリンだが、彼の手にかかれば簡単に突破できるだろう。他のメンバーも負けてはいない。放たれた矢はゴブリンの眼球を貫き動きを止めている。魔法によって生み出された炎で焼かれているゴブリンもいる。


更にページをめくると、徐々に怪我が増えていく冒険者たちが描かれている。ゴブリンに加えて狼の群れにも囲まれ、辛くも突破したものの、無傷とはいかなかった。テントを張って、夜を迎えるようだが、描かれた傷が痛々しい。包帯を巻き、ポーションを飲み、各々が回復を図っている。焚火を囲って何かを口々に言い合っているようにも見える。励まし合っているのかな?そうだといいな。


次はゴーレムに果敢に立ち向かう冒険者たちだ。とても硬そうなゴーレムに矢は弾かれ、剣も刃こぼれしてしまっている。そこへ放たれた炎弾(えんだん)は、ゴーレムへ確かなダメージを与えているように見える。


ページをめくる。ゴーレムを倒して満身創痍だった冒険者たちの前に、箱が現れていた。矢を放っていた冒険者がそれを開けると、そこに入っていたのは拳大の金塊。大喜びする冒険者たち。疲労も忘れて地上に戻る冒険者たち。ゴブリンや狼たちをなぎ倒し、地上へ戻った。

冒険者たちが持ち込んが金塊に、周囲にいた冒険者たちも活気づいた。誰もが「次は俺も」という表情で描かれている。

大金を手に冒険者たちは酒場へ繰り出す。周囲を巻き込んでの宴会だ!誰もが酒を酌み交わし上機嫌な表情で物語は終結する。


「ふー」

満足した。目まぐるしく変化する展開に、毎回興奮してしまって、読み終わったときには大きく息を吐き出してしまう。やっぱり面白い!今日も息を吐く暇もないくらいに楽しんでしまった。


「そんなに面白いもんかのぅ。ワシには危険な場所にしか思えんのじゃが。」

爺ちゃんはそういうが、僕はこの本に出会ってからはワクワクしっぱなしだ。この本に出会う前も、ダンジョンについて書かれた本は結構あったけど、やっぱり文字だけで書かれた物よりも、絵が合った方が臨場感があってすごく分かりやすい。ゴブリンや狼は正直ちょっと怖くなったくらい、魔物の恐ろしさも少し理解できた気がする。


そして、本の中の冒険者たちが全員で勝ち取った勝利の証。そこへたどり着くまでのドラマは何度見ても胸が熱くなる。あの金塊の正確な価値は分からないけど、あんなに大きければ、うちの本がほとんど買えちゃうんじゃないだろうか。そう考えると、あの場にいた全ての冒険者たちが目を爛々とさせていたのも頷ける。


この本が描かれている内容は、だいたい今から50年以上前の話らしい。ダンジョンが生まれたときは、何も無かった土地だけど、今では大きな街になっている。そして今日も冒険者たちはダンジョンへ潜っている。


『ついに36層が判明したぞ!』

そんな声が聞こえてきたのはつい最近だ。この本が作られた年から数えても50年以上ダンジョンは踏破されていない。


『最深部にはいったい何が眠っているんだろうな』

『見たこともないお宝の山だぜ、きっと』

『神様がなんでも願いを叶えてくれるんじゃないか?』

『神様がダンジョンを作ったって話か?ホントならそれもありかもな』


そんな話を、酒場で酔っ払いたちがいつも議論を交わしている。いまだに解明されていないダンジョンの全貌に、誰もが想像を膨らませている。


僕の興味もそこにある。ダンジョンの最も深いところにあるのは果たして何なのか。そもそもダンジョンは何時から何のためにあるのかすら分かっていない。自然に発生したのか、誰が作ったのかすら分かっていない。まったくの未知の存在。だからこそ知りたい。


「僕もダンジョンに行ってみたいな・・・。」

「・・・クロウはまだ子供じゃろう。少なくとも今は無理じゃよ。」

うっかり呟いた言葉に、爺ちゃんは無理だという。たしかに今の僕は5歳。どう頑張ったってゴブリンや狼に勝てっこない。子供の僕では直ぐに殺されてしまうだろう。それに、ダンジョンには最低でも12歳を超えないと入ることは許されていない。


「クロウは本当にダンジョンが好きじゃのぅ・・・。本を読むだけでなく、ちゃんと勉強はしておるか?」

「ちゃんとしてるよ!文字もいっぱい覚えたし、難しい本も読めるようになって勉強も楽しい!」

その言葉に爺ちゃんは満足そうに笑う。


「ほぅほぅ、そうかそうか・・・。もう読むのは大丈夫そうじゃの。では書く方はどうかの?」

「うーん・・・まだちょっと難しい。お手本があれば大丈夫だと思う。」

僕の答えを聞くと、さらに上機嫌に「ほっほっほ」と笑う爺ちゃん。読む方はほぼ完璧だと思う。たまに爺ちゃんの持っている辞書を貸してもらうこともあるけど、それはちょっと不安があるときに確認のためって感じ。でも、さすがに書くのはちょっと間違えそう。でも爺ちゃん的には満足いく答えだったみたい。


「では、月の初めに1冊ワシから本を貸しておくから・・・この紙に写していくのじゃ。裏も表もそっくりそのまま写すのじゃぞ?」

「えっ!本を持って帰っていいの?」

「ワシが選んだ奴だけじゃがの。インクは・・・これで良いじゃろう。ゆっくりでもいいから間違えないように正確に書き写すのが大事じゃぞ。」

そういって、爺ちゃんは真っ黒な瓶と白っぽい紙を取り出し、僕に渡してくれた。


「うん、分かった。ちゃんと写せたら本にして売れるもんね。」

「そういうことじゃ。クロウはホントに頭が良いのぅ・・・5歳とは思えんわい。そうじゃ、今までは勉強じゃったが、これからは仕事じゃ。紙もインクも安くないことは知っておるの?集中してしっかりやるんじゃぞ。」


こうして僕にも仕事が与えられるようになった。普通は6歳になったぐらいの頃から家の手伝いから始めるのだけど、そういうのをすっ飛ばして、僕はすぐに仕事扱いだ。いくら何でも爺ちゃんのスパルタが過ぎる。とはいえ、ひと月は30日だから、それまでに本1冊分を書き写すのだから、そんなに無茶な話ではなさそう。本のページ数にもよるけど、そこまで多いとは感じない。どれだけ多くても20ページくらいしか無いから僕でもできると爺ちゃんは判断してくれたんだろう。


爺ちゃんが貸してくれた本は、魔物の特徴が記された『魔物辞典 初心者の貴方へ』というタイトルの、僕も読んだことのある本だった。ダンジョンの本では無いけど、町の外に出没する魔物の特徴などが、複数の研究者の手によって、色々な角度から考察された1冊だ。


魔物の本は貴族には好まれない。爺ちゃんは、僕の練習作品の販売相手を、貴族ではなく平民にするようだ。魔物はダンジョンの中だけではなく、町の外にもいる。自警団や旅の商人を護衛する傭兵とかには売れるかもしれない。


僕の書いた本(といっても複写だが)が誰かに読まれるかもしれない。そう思うとやる気も湧いてくる。頑張ろう。


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