8、柏木沙羅はカツサンドなんて欲しくない
不動さんによる焼きそばパン爆撃以降、俺はそれまで以上に口に気を付けなければならなくなった。
「ねーねーサラ、カツサンド食べたくない?」
言いながら、満面の笑みを俺に向けるカズちゃん。
俺は彼から視線をそらす。
「……食べたくない」
「ちぇっ」
「間接的に不動さんパシろうとするのやめて!」
不動さんによるプレゼント攻撃は一層激しさを増していた。どこで聞き耳を立てているのか。少しでも願望を口に出すと、彼は息を切らしながらすぐにそれをもってきてしまうのだ。
「サラは真面目だなぁ。良いじゃん、せっかくくれるんだから貰っとけばさ。異物混入の痕跡もないみたいだし」
「何言ってんの……絶対ダメだからね」
確かに不動さんのプレゼントは魅力的だ。思わず受け取ってしまいそうになることも多々ある。事実、俺は一度焼きそばパンを受け取ってしまった。
だが、女装して女子高に入った挙句、女装した男に貢ぐなんていくらなんでもあんまりじゃないか。
……なんて話をしていると、いつも突然教室の扉が開くのだ。
「ひえっ、不動さん!?」
「お、噂をすれば。カツサンド持ってるかな?」
不動さんは(恐らくは無意識に)威圧感を振りまきつつ、俺の前にまっすぐ歩いてくる。
「いらないよ! カツサンドいらないから!」
「じゃあ私がもらうわ」
「カズちゃんは黙ってて! 待って不動さん、今ほんとにおなか一杯だから――」
不動さんは俺の制止を無視し、セーラー服のポケットに手を突っ込む。
しかし彼が取り出したのはボリュームたっぷりのカツサンドではなく、リボンで飾られた青い小さな箱であった。
「そ、それは……まさか」
「ん? なにそれ? 随分小さいカツサンドだなぁ」
カズちゃんのアホな発言を無視し、不動さんはその箱を俺に差し出す。
そして彼は、手のひらの上に乗せた青い箱を恭しく開いた。
現れたのは、光り輝く銀色の輪。
ファッション誌でも取り上げられていた、高級ブランドの限定ジュエリーだ。
「ず、ずいぶんファッショナブルなカツサンドだなぁ」
混乱しているのか訳の分からないことを言うカズちゃんを無視し、不動さんは俺の左手に手を伸ばす。
「こ、これなら気に入ってくれるよね?」
「……こんなの受け取れないよ」
「へ?」
俺は不動さんの手を振り払い、彼から一歩、二歩と距離を取る。
「なんでこんなもの。高校生の小遣いで買えるようなものじゃないでしょ」
「そ、それは、その……バイトとかで……」
「バイト? この全寮制の学校でどんなバイトやってるっていうの? それにこの指輪、店舗限定だし……どこでどうやって手に入れたの?」
「いや……あの……」
「なにより……『物をくれるから仲良くしてあげる』なんて、そんなので不動さんは本当に満足なの?」
「う、ううう」
不動さんは目を白黒させながらしばらく口をパクパクさせていたが、やがて弾かれたように走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
「うげゃああああぁぁぁぁぁッッ!」
人類に発音できるギリギリの奇声を上げながら、不動さんは教室を飛び出した。
どたどたという足音が遠のいていくとともに、不動さんの奇声も小さくなっていく。
「い、一体どうしちゃったの、不動さん……」
「ねぇ、カツサン」
「カズちゃんは黙ってて」