6、柏木沙羅は禁断の恋がしたかったけど、この禁断の恋ではない
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
この学園に何人もいないであろう本物の女子高生、それもものすごい美人。
そんな彼女が、よりによってあんなヤバい奴だったとは。
……いや、あんな美人だからこそあんな無茶苦茶なことができるのだろう。
なにせこの学校にいるのは女装して女子高に潜り込むほど女の子が好きなくせに、女の子に飢えまくって餓鬼のように手足が痩せ細り腹の出たような男ばかり。
彼女に迫られれば、喜んで床に這い、椅子になったり靴を舐めたりする人間が五万といるはずだ。
俺だって、出会い方が違っていればどうなっていたか。
あの……鮫島さんって言ったかな。
あの子のことも心配だ。結局最後まで呆けていたし。変なトラウマにならないといいが。
「……あたしたちに、何の用?」
「へ?」
急にどうしたんだカズちゃん。俺は顔を上げて彼を見る。
だが彼は俺に向けてそのセリフを言ったのではなかった。
彼が鋭い視線を向けているのは、俺たちの前にそびえたつセーラー服を纏った巨大な山。
「あ……えっと、不動さん? だっけ。どうしたの?」
俺は努めて笑顔を作り、彼に向ける。
直接話すのは初めてだが、彼はクラスでもかなり目立つ存在だ。主に、その大きさが。
身長は180センチ近くあるだろうか。縦の大きさもさることながら、横の大きさもかなりのものである。
制服の上からでも、彼の体がアメフト選手のようにガッチリムッチリしているのが分かる。腕も脚も丸太のように太く、本気を出せばリンゴどころか俺の頭蓋骨すら片手で粉砕できてしまいそうである。
そして恐ろしいことに、ここは女子高。ここの生徒である以上彼もまた女子高生であるし、当然纏った制服はセーラー服だ。
そんなのに黙って見下されていれば、当然生物としての本能的な恐怖を感じずにはいられない。
「……なに? 黙ってちゃ分かんないんだけど」
俺を守ろうとしてくれているのか。カズちゃんが割り込むようにして不動さんと対峙する。
どちらかと言うと大柄な方のカズちゃんも、不動さんの前ではまるで華奢な女の子だ。
「…………」
不動さんは押し黙ったまま、表情も変えずカズちゃんをその大きな手のひらで押しのける。
だがカズちゃんも怯まない。不動さんの太い手首を掴み、射殺すような目で彼を睨む。体中の穴という穴から殺意が噴出し、今にも喉笛に噛み付きそうな勢いで口を開いた。
「おうデカブツ、なんか文句でもあんのわよ?」
カズちゃん、なんにでも「わよ」つければ女子っぽくなるわけじゃないぞ。
「…………」
不動さんはカズちゃんを見ようともしない。
じゃあどこを見ているのかというと……俺だ。
「え、えっと……」
怖い怖い怖い!
なに? カツアゲ?
なんで女子校でカツアゲされなきゃなんねぇんだよ!
百歩譲ってギャル系JKならともかく、こんな大男に!
「……柏木さん」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
次の瞬間、その巨体からは想像できない素早さで不動さんが動いた。
いや、動いたというより転んだといった方が正しいかもしれない。
透明人間に膝を蹴り上げられたような勢いで地面に崩れ落ち、床に膝をついた状態で俺に視線を向ける。
そして彼は、俺の軟弱な動体視力では追えないほどの速さでなにかを俺に突き付けた。
「ひえ」
後退りしようと足を動かすが、背後に迫った壁がそれを拒んだ。仕方なく彼に突きつけられたそれを薄目で確認する。
ナイフ……にしてはカラフルだ。
銃……にしてはいい匂いがする。
それはピンクのリボンで纏められた、小さな花束だった。
「私と付き合ってください」
は?
待って、今なんて?
もしかして俺、告白された?
待って待って待って待って!
夢だったよ、正直。女子高に侵入して、女子高生と禁断の恋愛!
最高じゃん、鉄板じゃん。
でもそれは“本物の女子高生に告白された場合”の話だから!
お前男だろ! 俺もだよ!
ヤベェよどうしよう。
高校の教室とは思えないほど静かだよ。みんなこっち見てるし。……カズちゃんに至ってはこっち見てすらいないわ、白目向いてるわ。
ととととにかくこの場をおさめないと。それも穏便に、だ。
……俺のせいで不動さんが退学になるのは避けたい。
俺はとびきりの笑顔を作って、彼を見下ろす。
「あ、ありがとう不動さん。でも、ごめんなさい。私たち女の子同士だし……もちろんそういう世界があることは知ってるけど、不動さんをそういう風には見れないんだ」
「い、いや、俺は」
「ま、まぁ私、男の人怖くて話すことすらできないんだけどね! あはは……」
よし、これで全部の道塞いだぞ!
これ以上俺にアプローチはできまい。
さぁ不動さん、馬鹿なことを考えるのはやめて、今すぐ女子高生の顔に戻るんだ!
「う……うぐぅ」
「ふ、不動さん?」
「うわあああああぁぁぁぁッ!」
女子高生らしからぬ雄叫びを上げながら、不動さんは教室を飛び出していく。
……泣きながら教室を飛び出すってのは、ちょっと女子高生っぽい、ような?