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4、鮫島マリと酸っぱい葡萄




 本当にウンザリするぜ。

 女子校に女装して入学するなんて馬鹿が、こんなにたくさんいるなんて。


 俺はあんな下半身に脳が付いてるようなアホ共とは違う。

 ここは本当に素晴らしい学校だ。

 豊かな自然に囲まれた美しい校舎、今時珍しい伝統的な校風、資格取得サポート、生徒の個性を伸ばすカリキュラム。


 別に俺は女子校に入学したかったんじゃない。

 行きたかった学校がたまたま女子校だったんだ。


 そういった志ある学生たちが集まっているのかと思ったら……これだよ。


 だから、あの子を見たときは衝撃が走った。

 艷やかな黒髪、白い肌、控え目ながら芯のある眼差し。

 柏木沙羅――この伝統ある白薔薇女子高等学校に相応しい大和撫子だ。

 あの子となら、きっと話が合うはず。


 下心はない。全然ない。

 まぁね? 学園生活の中で人生の伴侶になる女性と出会う可能性を考えなかった訳ではなかったけど?


 だが、綺麗な花にはおぞましい虫がたかっているものである。


 柏木沙羅の周りをちょろちょろしている――鬼頭とか言ったか。妙に化粧の上手い、オネェのメイクアップアーティストみたいなヤツ。

 あのオネェが怖い怖い! 健全な高校生の出せる眼光じゃない。多分二、三人殺してる。

 なんで女って不良みたいなのが好きなんだろうな!

 見た目は大和撫子だが、結局あの女もクソビッチだったって訳だ。

 やっぱりこの学校にまともなやつなんていない。


 そんな絶望感で息が詰まりそうになっていた時。

 あの人は颯爽と現れて、俺が今一番ほしかった言葉をくれたんだ。


「あなたは他の生徒とは違うわ」


 落ち着きのある綺麗な声。

 顔周りだけ短く切り揃えられた、吸い込まれそうな長い黒髪。涼やかで理知的な目元。黒のストッキングに覆われた脚はスラリと長く美しい。

 柏木沙羅とはまた違うタイプの、優等生然とした美少女。


 セーラー服のスカーフが青い。俺たち一年のスカーフは赤だから、多分先輩だろう。

 そんな麗しの先輩が、俺に、この俺に微笑みかける。


「私、生徒会長の白森です。あなたとなら、きっと良い仕事ができる。生徒会に入ってみない?」

「ッ!!」


 優秀で美人な生徒会長が、俺を認めてくれた。

 心臓が跳ね上がる。目の前が一気に明るくなったみたいだ。

 これだ。これだよ。俺の求めてた学園生活。薔薇色のスクールライフ!


「ごめんなさい。急にこんな事言われても困るわよね。良かったら放課後、生徒会室にきてもらえない? 生徒会の仕事を説明するわ」

「ア、アイ。デュフ……ヨ、ヨロシクオネッシャス」


 こうして俺の薔薇色の生活が始まった!





 ……と、思ったのに。


「うぎゃッ!?」


 冷たい。

 セーラー服が重みを増し、肌に張り付く。

 前髪から滴るしずく。その向こうで笑う女子高生たち。手に持ってるのは、空になったバケツ。


「え? ここ……え? え?」


 あれ? なんか俺、間違えた?

 いや、合ってるよな。

 生徒会室……だし、ここ。言われた通り、授業終わってすぐに来たし。

 それに、それに、生徒会長……いるし。

 でも、ええと……なんで四つん這いになった女装男子の上に座ってるんだ?


「ようこそ新入生。我々が白薔薇女子高等学校の生徒会です」


 当然のごとく人間の上に座り、長い脚を組んだ生徒会長がつまらなさそうにそう言う。初めて会った時の笑顔はなく、刺すような視線だけを俺に向けて。


 そして生徒会長を囲むのは、三人の生徒たち。

 生徒会のメンバーだろうか。彼女らも形の良い真っ赤な唇を歪ませて、口々に俺を罵る。


「例年通り、今年も馬鹿がいっぱい入ってきたみたいだね」

「アハハ! いくらなんでも下着つけてないのはありえないっしょ。乳首見えてるよ?」

「あんたみたいなのが生徒会に入れると思ったの? ……本気でぇ?」


 部屋に充満するのは純度百パーセントの悪意。

 やられた。ハメられたんだ。

 奴らは、俺をいたぶるためだけにここに誘い込んだんだ!

 この、糞ビッチども。由緒正しい白薔薇女子高等学校の面汚しが!


 でも、でもなんだろ……この湧き上がる感情は……


「残念ながらあなたは生徒会に相応しくないわ。でも、私の犬にならしてあげてもいい」

「……は? い、犬?」

「ええ。コレよ」


 生徒会長はそう言って、自分の下で四つん這いになっている女装男子の尻をひっぱたく。


「キャイン!」


 バチィンッ! という派手な音と共に、男の情けない悲鳴が教室に反響する。

 そして彼女は、俺の目の前にその長い脚を差し出した。


「私の靴を舐めて忠誠を誓いなさい」

「ッ……な、何言って。誰がお前の足なんか!」


 と言いながらも、視線は会長の足に吸い寄せられる。

 妙につま先の磨り減った上履き。そこから伸びるスラリとした脚、膝の辺りから少しずつ柔らかな膨らみが出てきて、そしてその上は――


「あがッ!?」


 後頭部を走る衝撃。

 フラッシュを浴びたように目がチカチカして、気付くと俺は床とキスしていた。


「どこみてんだテメー!」


 頭上から降り注ぐ金切り声。

 蔑んだ目で俺を見下ろす生徒会の面々。

 なんだ……なんなんだ、この湧き上がる感情……


 答えは見つからぬまま、俺の鼻を掠めるようにして足が降ってくる。


「で、舐めるの? 舐めないの?」


 つまらなさそうな会長の声。

 もちろんこんな要求は突っぱねるべきだ。

 「ふざけるな!」と声を上げて足を払いのけ、すぐにこの場から出ていくべきだ。教師に抗議するのも良い。


 なのに……どうして声が出ない?

 どうして俺は会長の足に手を伸ばしている?

 彼女の綺麗な足から目が離せない。吸い寄せられる。

 こんな事すべきじゃない。こんな事すべきじゃ……


 ……ダメだ、我慢できない!


「なにやってるの!?」


 廊下の方から聞こえる、悲鳴にも似た声。

 意識が引っ張られるような感覚がして、俺はハッと顔を上げる。


 そこにいたのは、紛れもなく“女神”だった。


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