33、生徒会長白森百合の嘆き
ファンデーションで作った白い肌、くるんとカールした長い睫毛、淡いピンク色の唇、薔薇色の頬。
完璧な仕上がりだ。ファッション誌やメイクに関するハウツー本を買い漁った甲斐があった。
皺ひとつないセーラー服のスカートを翻し、軽くポーズを取って見せる。鏡の中でサラサラ黒髪ストレートの女子高生が微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「ククク……」
薔薇色の高校生活を夢想しながら鏡の前で噛み殺したような笑い声を上げる。
我ながらゾッとするほど高いクオリティの女子高生が完成した。
まさか俺が男だなんて誰も思わないだろう。
******
あれから二年。
まさかこんな生活が待っているなんて、あの頃の俺に教えたら卒倒するに違いない。
「ハァハァ、会長、ご褒美くださぁい」
「犬が人語喋らないで?」
「うあっ! ありがとうございます!」
四つん這いになって、俺の蹴りに涎を垂らしながら喜ぶ男たち。
女子高生に囲まれて楽しく暮らすはずだったのに、いつのまにか俺の周りにはこんなやつばかり。
必死に努力した。
厳格な体型管理、女性らしい所作を身に着けるための茶道、華道、くわえて無駄に偏差値の高いこの学校に入学するための勉強だって欠かさなかった。いざという時ヒーローになれるよう、通信合気道まで修めた。
そうやって、必死の思いでこの学校に入ったのに。
「会長、かいちょぉ……」
「その結果がこれか!」
「アガッ!? ありがとうございます!」
チクショウ、殴れば殴るほどすり寄ってきやがる。
美しくなるための努力もせず、ただ他人の美しさだけを求めて地面を這う犬め。
俺はコイツらとは違う。
それを実感するため、奴らに地を這わせ、俺は奴らを踏みつけるのだ。
だが時々、俺の中の冷静な部分が呟く。
“お前だって所詮、男としての努力を放棄し、美しい女子高生に囲まれるためこの学校に逃げ込んだ犬に過ぎないじゃないか”と。
同じなんだ。こんな、こんな馬鹿で醜い奴らと。
その事実が、俺をたまらなくイラつかせる!
だが三年生にして、この灰色の学園生活にもようやく転機が訪れた。
ようやく、ようやく待ち望んだ“本物”が現れたのだ。
柏木沙羅、俺のようなまがい物とは違う。
俺の目の前に現れた彼女は、まさしく女神だった。
なのに。なのに。
――終わった。
ここ一年で女性としては不自然なほど伸びた身長を隠すために自分の足で歩かなかったことも、化粧を崩さないよう表情を固めていたことも、どんなに暑くてもタイツと長袖のセーラー服を着続けていたことも、全部全部無駄になった。
全部。全部全部全部……無駄だった。
「あー……せめて最期に図書館デートとかしたかった」
「じゃあやります? 図書館デート」
「は?」
犬のくせにクソみたいなこと言ってんじゃねぇよボケカスが俺が男だとも気付けねぇそのクソみたいな目玉引き抜いてネズミにでも食わしてやろうかクソ雑魚クソクソ女装男がテメェと図書館行くときは大量の本でテメェをペチャンコ押し人間にする時だアホその労力すら惜しいからテメェは一生そこで地べた這いずり回ってろ
「痛い痛い痛い痛い! 無言で踏みつけないでください、もっと罵って! もっと言葉ちょうだい言葉!」
「ちょ、ちょっと! そんなにしたらその人死んじゃいますよ!?」
汚い犬の喚き声に混じって、鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえてくる。
俺は思わず足に込めていた力を緩めた。安堵と不服の混じった微妙な表情でこちらを見上げる犬。こいつの声じゃない。こいつがあんな綺麗な声を出せるはずない。
なら、なら誰が……
「ッ!?」
俺は思わず息を飲む。
生徒会の扉の前に立っている人影。廊下の窓から差し込む光が後光のように彼女を覆い、神々しさを増している。
こんな生徒、この学校に二人といない。
「柏木沙羅……」
茫然と呟くしかできない俺に、彼女は優しく微笑みかけた。