31、川田武は諦めない
『観客席からの生徒の乱入、及び選手の危険行為があったため、先程の競技は無効とします』
グラウンドに響くアナウンスを掻き消すほどのブーイング。
いやいやおかしいだろ、あんなの騎馬戦じゃねぇよ。
エンターテイメントとして見る分にはなかなか面白かったが。
「ま、気にすることはない。体育祭は始まったばかりだ。選手登録はまだしてあるんだろ? 次の種目は何だったかな」
「……もう、良い」
「は?」
俺は思わず聞き返す。
試合後のボクサーのごとく座り込んだ三峰の表情を伺い知ることはできない。
「な、なんだ? どうした? さっきの戦いで怪我でもしたのか?」
「違う。怪我なんてするはずないじゃないの。力で負けたんじゃないもの。でも……勝てない。勝てるはずないじゃない、あんな子に」
「別に勝つ必要はないって言ってただろ? 普通に勝てば絶対負けないんだ。あんな奇跡、そう何度も起こるものじゃない。何弱気になってんだ」
俺は必死に三峰を励ます。
が、奴はうつむいたまま首を振るばかり。
「分かったの、分かったのよ。自分がどんなに小さな存在か。そう、最初からおこがましい話だったの。私がやろうとしていたのは、天に唾吐くようなもの。女神に嫉妬するなんて……」
「なんだよ……なんなんだよぉ! 話が違うじゃないか!」
三峰の肩を揺さぶり、無理矢理顔を上げさせる。
奴は眉間に皺を刻んで、怪訝な表情を見せた。
「なんであんたがそんなに必死になるの? 心配しなくても更衣室の件は」
「違う! 違うんだよォ!」
「ちょ、落ち着いてよ。いきなりどうしたっていうの」
「ヤツは! 柏木沙羅は女神なんかじゃない! あいつは、あいつは……男なんだよ!」
「……は?」
「だから……俺が完全にしてやらないと。柏木沙羅を女にしてやらないと! なぁ分かるだろ!」
できれば秘密にしておきたかったが、背に腹は代えられない。
一縷の望みを託し、三峰に秘密を打ち明ける。頼む、お前が頼りなんだ。
俺は三峰の顔をジッと覗き込み、祈りながらヤツの返答を待つ。
数秒の静寂の後、三峰はこちらをしっかりと見て、そして。
「……ええ、理解した。とんでもない人ね。あなたって」
その顔に浮かべているのは、軽蔑、恐怖、嫌悪、そして憐憫。
「酸っぱい葡萄ってやつ? 振られたからって、あの子が男だなんて思い込んだの? っていうか“俺が女にしてやる”って……キモ……」
なんで、どうして分かってくれないんだ。
「やっぱりあなたみたいな危ない人、放置しておくわけにはいかない」
「なっ……どこへ……どこへ行くんだ」
「どこかへ行くのはあなたの方。今のうちに荷物をまとめておくことね」
汚物でも見るような目で俺を一瞥し、三峰は吐き捨てるように言う。
そして奴は俺に背を向け、そして二度と振り向かなかった。
……なんで、なんで。
なんで分からないんだ。
俺が、俺だけが彼女を救えるっていうのに。
「いや……まだだ。まだ遅くない」
ハサミを取り出し、太陽にかざす。
キラキラ輝く磨き上げられた刃。そうだ、こいつをまだ使えていない。
まだ……終われない!
「サラ大丈夫!?」
「あ、ちょ、ちょっと疲れただけだから……」
「大変だ、救急車!」
「いや、さすがにそれは……えっと、じゃあ保健室に」
「みんな、運ぶぞ!」
あの子の周りはいつも騒々しいな……
だが、これは。
「くくく……」
何が女神だ。
見ろ、神は俺に味方した!