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29、柏木沙羅は身と精神力を削り戦う




「サラ……やっぱり出るんだね。騎馬戦に」

「え? あ、ハイ……え、誰?」


 尋ねると、サングラスとマスクで顔を覆った不審者が素っ頓狂な声を上げる。


「だから私だって! 和子!」

「カズちゃん? ……誰の体操服着てるの?」


 俺は彼の体操服をジッと見つめる。

 胸のあたりに縫い付けられたゼッケンには堂々と「金子」と書いてあるではないか。

 だがカズちゃんは特に悪びれる様子もなく答える。


「選手からちょっと拝借したの。私も騎馬戦に出るから」

「ふーん……は? なんで?」

「サラを守るためだよ! 他のヤツになんて任せられないもん。本当はサラの影武者になってあげたいんだけど、流石にそれは色々無理があるから」

「そ、そんなのアリ? バレたら失格だよ……?」

「大丈夫大丈夫。幸い顔も隠れてるからね。私も金子もサラみたいに有名人じゃないし、騎馬戦で馬見てるヤツなんていないよ」


 カズちゃんはそう言って、その厚い胸板を叩いて見せる。


「私に任せて。無理に勝つ必要はないよ。できるだけ相手に近付かず、逃げ回ろう。なんならわざと鉢巻取らせたって」

「いや、私は勝つよ」

「へ?」


 カズちゃんの巨大なサングラスの奥の目が一瞬点になる。

 そして彼は長い睫毛のついた目をぱちくりさせ、困ったように眉間にしわを寄せる。


「……そんなに食券欲しいの? 学食行きたかったなら、私が奢ってあげるから」

「違う違う! 優勝賞品目当てじゃなくって!」

「じゃあ何よ。体育祭なんてくだらないって感じだったじゃないの。あれだけの体格差があるのに、まともに戦って怪我でもしたらどうするの?」


 カズちゃんはそう言って、白い鉢巻きを付けた男たちを指さす。もはや女装男子というか、ロン毛のプロレスラーである。


 確かに、カズちゃんの言う通り。俺は男として恵まれた体格をしてはいない。

 背も低いし、力もないし、体力もない。

 おまけに臆病だ。男としてぶつかって、女の子に嫌われたりキモがられたりするのが怖いから、女装して無理矢理女の子に囲まれようとしたんだ。

 女の子が怖すぎて、でも好きすぎて、努力が明後日の方に向いてしまった。

 でも、それはみんな同じ。


「……大丈夫。この戦い、私に圧倒的に有利だもの」


 怪訝な表情で首を傾げるカズちゃんの肩を叩き、俺は彼に笑いかける。


「頼りにしてるよカズちゃん、今日だけは私の馬になってね!」

「え……う、うん」


 カズちゃんは顔を茹でダコのようにして、落ち着かないように視線を右へ左へと動かす。

 結局彼はそれ以上俺を止めようとはしなかった。



「……で、なんでお前らもいるんだよ」


 カズちゃんは口をへの字に曲げながら、吐き捨てるように言う。

 すると、二人は平然と口を開いた。


「柏木沙羅が騎手をやるとあらば、馬になるのが信者の務め」

「生徒会長を背中に乗せて階段の登り降りとかしてるし、体力には自信あるんだ」


 そう言って笑う不動さんと鮫島さん。

 彼らもまた、俺のためにこの危険な戦いに身を投じてくれるらしい。

 ありがたい話だ。気心しれた友人たちのほうが指示も出しやすい。

 そしてこの屈強な体――きっと俺の弱点を補ってくれる。


「足元は任せたよ。ちょっと無茶するかもしれないけど……信じてるからね」




******




『さぁ始まりました、白薔薇女子高等学校体育祭! 開幕を飾るに相応しい最初の競技は騎馬戦です。栄光と食券を手に入れるのは誰だ! 手に汗握るおと……女の戦いが今、始まる! 実況は私、生徒会書紀の一ノ瀬がッ!』

『解説は同じく生徒会会計、二宮がお送りします』


 けたたましい発砲音、グラウンドに鳴り響くノイズ混じりの実況、巻き上がる砂煙、風のごとく押し寄せる白鉢巻きの男たち……いや、馬か。


「殺せ!」

「奴らの鉢巻きを赤く染め上げろ!」


 白組とは対照的に、勇ましい声を上げながら突っ込んでいく我が赤組の騎馬たち。

 脚がすくむほどの凄まじい気迫だ。牙一つ一つの体格にも、それほど大きな差があるようには見えない。


 だが、騎馬隊がぶつかり合った時、わが軍と白組との間には圧倒的戦力差があるということを嫌というほどに見せつけられることとなった。


「何だよこれ……レベル差五十くらいあるんじゃないの?」


 鮫島さんの引き攣った声が足元から聞こえてくる。

 レベル差――鮫島さんの表現は的を得ているように思える。


 すなわち、積み上げてきた経験値の差。


 闇雲に突っ込み、力任せに腕を伸ばす赤組の騎馬。一人一人の気合は十分だが、それだけでは彼らには歯が立たない。

 白組の騎馬隊は、まるで一つの巨大な生き物のようなのだ。

 一つの騎馬と組み合って戦っていると、忍び寄った別の騎馬が死角から颯爽と鉢巻を奪い去っていく。

 誰も声を上げていないのに、まるで心を読み合っているような凄まじい連携。

 一体どれだけの練習を積んだのか、想像もできない。暇なんだろうか?


『凄いぞ白組! 圧倒的だ! 白組の猛攻に赤組、手も足も出ません!』

『困りましたね。こんなに早く決着がついてしまうと後のタイムスケジュールに影響が出ます。赤組、もう少し粘ってください』


 一騎、また一騎と騎馬が討ち取られていく。

 戦力の差を悟り、次々戦線から離脱していく白組の騎馬。だが赤組の連中は狩人のごとく逃げ惑う騎馬を追いかける。


「おいおい、どうする? ……こっちに来るよ」


 騎馬が散ったことで、グラウンドの端で静観していた俺たちにも敵の視線が向き始める。

 だが、うろたえる必要はない。最初からそのつもりだったのだから。


「みんな、構えて。迎え撃つ」

「ねぇ、本当にやるの?」

「もちろん。肩借りるよ!」


 俺は馬の上でゆっくりと立ちあがる。

 そして不動さんと鮫島さんの大きな肩によじ登り、足場とする。

 数十センチ違うだけで、見える景色がガラリと変わった。


『あれはどういうことだ? 小柄な柏木選手が、ほかの騎馬を見下ろしている!』

『肩に座るのではなく、肩の上に立つとは。確かに背が高い方が鉢巻きを取られにくく、有利ではありますが……あれでは少しぶつかられただけでもバランスを崩し落馬する危険があります。諸刃の剣ですが、彼女は一体どう戦うつもりなのか……』


 人と違う戦法を取ったことで、グラウンド中の視線を集めることとなってしまった。

 大丈夫、作戦通り。大丈夫、大丈夫。


「柏木さん、脚震えてるよ」

「ッ……き、気のせいじゃない?」


 そうだ、この程度で怯えていてはこれから先やっていけない。

 俺はこれから、奴らと戦わねばならないのだから。


『おっと? 柏木選手、鉢巻きを外したぞ。そして……足に、太ももに巻きなおしている?』

『どうしてわざわざあんなことを。あれでは落馬覚悟で立ち上がった意味がないのでは……いや、まさか』


 おしゃべりな実況者が、俺の脚を見つめたままその口を閉じる。

 ――いや、実況者だけじゃない。

 感じる。視線を。

 先程まで狩人の眼で獲物を追跡していた騎馬たちが、揃いも揃ってアホ面で俺の脚を見つめている。


 そうだ、手が出せるはずないじゃないか。

 女の子が好きすぎるくせに、男として女の子と関わりを持つことを拒絶した童貞共に、おんなのこの太ももに巻かれた鉢巻など取れるはずがない。

 ……少なくとも、俺なら取れない。


「私は別にズルをする気はないわ。かかってきなさい。正々堂々と、勝負よ」


 俺はそれらしい適当な宣言をして真意を隠し、アホ面のまま固まった敵のところへ馬を走らせる。


「あ、あわわ……」


 いくらガタイがよくたって、腕力が強くたって、思考回路がショートしてしまえば単なる“でくのぼう”にすぎない。

 俺は目をチカチカさせた騎手から、白い鉢巻を奪い取る。


 一瞬の静寂。

 刹那沸き起こる雄叫び、歓声、割れんばかりの拍手。


『柏木選手、とんでもない奇策で鉢巻ゲットだ!』

『これはもしかすると、始まるかもしれませんね。赤組の快進撃が』


 ここまでは恐ろしいまでに作戦通り。

 少し想定外だったのは、俺の脚に集まった男たちの舐めまわすような視線が精神力をゴリゴリ削っていくこと。

 そして、俺の身を削る決死の作戦にも怯まず向かってくる強敵が存在したこと。


「……させないわ」


 サラサラの黒髪を風に靡かせながら、ゆっくりとこちらへ近付いてくる女生徒。

 俺を貶めた憎き生徒会メンバー。

 しかし今はその腕に腕章はなく、頭に白い鉢巻を巻き付けている。

 彼女は親の仇でも見るような鋭い視線をこちらへ向け、唸るように言う。


「勝つのは、私よ」



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