28、川田武と共犯者
「作戦は順調か?」
「ええ、お陰様で」
放送席に座った三峰は、俺に軽蔑の眼差しを向けながら面倒くさそうにそう呟く。
俺が隣の席に座ると、ヤツは眉間に刻んだシワをますます深くした。
「言われた通りにして下さいね。でないと更衣室のこと――」
「分かってるから、そう何度も脅さないでくれ」
俺は慌てて三峰の口を閉じさせる。
まったく、あの秘密通路からの出入りを見られていたとは。なんという不覚。
おかげで俺はヤツの操り人形だ。
女子高生に操られるならそこまで悪い気もしないのだが、残念ながら三峰もまた女装した男。
救いなのは三峰の女装が柏木沙羅ほどではないにせよ、それなりのレベルであること。
肩まで伸びたサラサラの髪、白い肌、切れ長の涼し気な目元――骨格や筋肉の付き方にやや“男”を感じることに目をつむれば、なかなかの美人である。
もう一つは――ヤツのやろうとしている事が、俺の野望にとってもプラスになるということか。
「屈強な男たちの戦場にあんなか弱い女の子を送り込むなんて、三峰もえげつない事をするな。彼女の心は間違いなく大きな傷を負うことになる。後の学校生活にも影響が出てくるはずだ」
「なに? 今更教師面して止める気? 変態覗き魔のくせに」
「止めるものか!」
吐き捨てるように言った彼女の言葉に、俺は思わず机に手をつき立ち上がる。
彼女が傷付き、弱っている時こそチャンス。
今の彼女の周りには人が多すぎる。
周囲に人を寄せ付けず、孤独になればなるほど、教師である俺が近付きやすくなるというもの。
そうなれば――いずれチャンスがやってくるだろう。
「……なんでそんなもの持ち歩いてるの?」
三峰は警戒心の滲んだ声を上げながら怪訝な表情を浮かべる。
おっと、無意識に取り出してしまっていたようだ。
「いつチャンスが来るか分からないからね」
俺は手に持ったハサミを太陽にかざす。
よく研いだ刃は光を反射し、キラキラと輝いている。
美しい。まるで彼女の美を象徴するようだ。
「変なことしたら、本当にバラすからね」
三峰は強気な声を上げながら怯えた視線をハサミに向ける。
俺がコイツで三峰に復讐しようとしているとでも思っているのか。だとしたらとんでもない。
どういう理由かは知らないし興味もないが、三峰は柏木沙羅を潰したい。
俺は心を潰され、孤独になった柏木沙羅の懐に潜り込みたい。そして――
「ククク」
俺はハサミを手の内でくるりと回す。
俺自身の手で彼女を“本物の女”にしてやるのだ。
目的が違えど俺たちの企みは一致している。
まぁ、三峰はそんなこと知らないだろうから怯えるのも訝しむのも無理はないが。
「で、どんな様子だ。柏木沙羅と戦うヤツは」
「当然、完璧よ。白組には事前に優勝賞品の情報を流しておいたから、鉢巻きが擦り切れるほど練習を重ねている」
「……うん、そんな感じだな」
赤組と違い、円陣も組んでいないし、気合を入れる雄叫びも上げてはいない。ともすれば無気力とも捉えられかねない態度だ。
だが、それは違う。
あの目――俺には分かる。あれは鍛え抜かれた兵士の目。
円陣を組むまでも、雄叫びを上げるまでもない。目線を配るだけで、意思の疎通が可能なレベルにまで達しているのだ。
あれは相当な訓練を積んだに違いない。
正直、どうして食券十枚程度でここまで熱くなれるのか分からないくらいだ……暇なのか?
「騎手の人選も完璧よ。弓道部、アメフト部、柔道部、野球部の主将たち、そして彼らを纏めるリーダー。この学校の戦力を集結させたといっても過言ではないわ」
「リーダー……って、まさか白森か?」
アイツも柏木沙羅並の美人だが……苦手なんだよな。
いくら美人でも人間に乗って移動してるのはちょっと。
「私が会長を巻き込むわけ無いでしょう? 生徒会長は美肌を維持するため、日の光の下にはめったに出てこないの。今も生徒会室で仕事か勉強でもしてるはずよ」
三峰の言葉に密かに胸を撫で下ろしつつ、俺はもう一度尋ねる。
「じゃあ一体誰だよ、そのリーダーってのは」
「……ふ、ふふふ」
三峰は静かに笑いながら、ふらりと立ち上がる。
そしてヤツは生徒会の腕章を外し、ポケットから白い鉢巻を取り出した。
「私が、この手で彼女を潰すの」