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27、柏木沙羅と女装男子だらけの体育祭




 あーあ、憂鬱だ。

 プールの授業が廃止になったと思ったら、これだよ。


 筆文字で「体育祭」と書かれた横断幕を見上げて、俺は思わずため息を漏らす。

 面倒くさい開会式は終わったが、体育祭はまだまだ始まったばかりである。


 こっちは体力を犠牲にして女子力手に入れてんだよ。

 体育祭なんて下らない。

 優勝賞金が出るわけでもなし。汗はかくし日焼けもするし、一体なんの得があるってんだ。

 ムキムキのヤツが多いとはいえ、ここにいるのは女装男子ばかり。

 漢の本気出すわけにはいかないだろうし、全然盛り上がらないだろうな……


「ヨッシャ行くぞお前らァ!!」

「へ?」

「白組ブッ殺すぞオラァッ!」


 俺は慌ててあたりを見回す。

 ……なんだこれ。

 あちこちで円陣が組まれ、物騒な言葉に合わせた男たちの雄叫びが上がっている。


「な、なになに? なんでこんな気合入ってるの?」

「うーん、やっぱり賞品出ると気合の入り方が違うよね」

「……え?」

「賞品だよ、賞品。去年まではそんなのなかったのに、今年から優勝した組に賞品が出るんだって。一人につき食券十枚。結構な額だよね、どこから資金でてるんだろうね?」

「あ、ああ……そうなんですねぇ……ところで、あの……誰?」


 俺は急に横から説明してきた、サングラスとマスクと鍔の大きな帽子で頭部を覆った不審者に恐る恐る尋ねる。

 すると不審者はのけぞりながら素っ頓狂な声を上げる。


「私だよ、和子だよぉ!」

「え? あ、なんだカズちゃんか……保護者のおばさんかと思ったよ」

「ひ、酷いなぁ。そもそも保護者の参加は認められてないでしょ。っていうかサラはちゃんと日焼け対策してる? 秋の紫外線も馬鹿にならないよ」

「もちろん日焼け止めは塗ってるけど、そこまではちょっと……」

「いつもの体育程度なら日焼け止めでもいいかもしれないけど、今日は鎧くらい纏った方が良いかもよ」


 カズちゃんは至って真面目な口調でそう呟く。

 筋肉隆々女装男たちの殺気立った雄叫びを聞きながらカズちゃんの言葉を笑い飛ばせるほど、俺の肝は据わっていない。

 ハーフパンツから覗くゴリゴリの脚。丸太のような腕。

 あんなのの中で戦うとか、考えただけで恐ろしいぜ。


「ま、まぁでも! 私全員参加の玉入れと綱引きしかやらないから。今日のお仕事はもっぱら応援かなー? はは」

「そっかそっか。ま、私たちはのんびりエンジョイ勢でいこう。おこぼれで食券貰えると嬉しいんだけど」

「アハハ、まぁ貰えるものは貰いたいよね。それに、観客として見るだけなら結構面白いかも。最初の種目は、ええと……」


 俺は畳み込んだプログラムを探してポケットを探る。

 だがすぐにその必要はなくなった。

 エコーのかかった機械音声がグラウンドに鳴り響り、最初の種目を知らせたからだ。


『第一種目、騎馬戦がもうすぐ始まります。名前を呼ばれた選手の方はゲートの前へ――』

「騎馬戦かぁ。初っ端から見ごたえありそうだねぇ」

「怪我人が出ないと良いけど」


 俺たちはグラウンドに並べられた待機席兼応援席兼観客席である椅子に背を預け、高みの見物とばかりにグラウンドに目を向ける。ポップコーンでも摘まみたい気分だ。

 だが、俺は呑気にグラウンドなど眺めている場合ではなかった。


『金子スズさん、小林真奈美さん、柏木沙羅さん――以上の生徒は前に』

「……あれ、サラ、いま名前呼ばれなかった?」


 引き攣った表情で俺の顔をのぞき込むカズちゃん。

 俺は歯がガチガチと鳴りそうになるのをなんとか堪えながら、ゆっくり言葉を選んで口を開く。


「いや、あの……聞き間違いじゃない? 柏市沙耶とかじゃなかった?」

「え? ああ、そう、かな……? うん、そうかも……?」

『柏木沙羅さん、柏木沙羅さん、競技が始まります。至急前へ』


「ねぇサラ、やっぱり……」

「…………」




******




「どういうことですか!?」

「どういうこともなにも」


 放送席兼運営本部のテント下。

 マイクの前で頬杖をついたその生徒は、クリップで留められた書類を乱暴に机の上へ放り出す。


「あなたが立候補したんでしょう?」


 そう言って彼女は書類をトントン、と指で叩いて見せる。

 体育祭選手リストと題のついたその書類には、確かに俺の名前が記されていた。

 が、もちろん俺にそんな覚えはない。


「絶対立候補なんてしてません。なにかの間違いです。書類を作るときに手元が狂っちゃったんじゃないですか? そうだ、クラスメイトに聞いてもらえば――」

「あー、ハイハイ。でも今更そんな事確かめてる余裕も時間もないから。出たくないなら、棄権する?」

「え、良いの?」


 思いのほかあっさりとした返答に俺は思わず聞き返す。

 すると彼女はニタリと笑って言った。


「良いわよ別に、私は困らないし。でもそちらのチーム……赤組はさぞ困るんじゃないかしら? 騎馬は四人一組。あなたが棄権することで四人分の戦力が失われることになるのだから」

「待ってよ、なら代わりの人間を」

「ダメダメ。選手登録していない人間は競技には出られないよ。あーあ、みんなあんなに本気なのに。たった一人の人間がやる気なくなっちゃったせいでチーム全体の戦力大幅ダウンかぁ。可哀想になぁ」

「くっ……」


 なんて嫌な言い方をするんだ。

 俺は赤い鉢巻きを巻いた騎馬隊の連中を見やる。


「テメーら死ぬ気で殺れよォッ!」

「ビビッて逃げたりしたら承知しねぇからなぁッ!?」


 あ、あんな連中に俺が棄権したことを知られたら……

 でも、だからといって戦ったとしても……


「ねぇ決めてよ。どっちにする?」


 彼女は俺に残酷なまでの笑顔で決断を迫る。

 まるで「敵と味方、どっちに殺されたい?」と尋ねられているようだ。


 俺は彼女が腕に付けた「生徒会」の腕章を睨みつける。


「会長といい、どうしてあなた達はいつもいつも……」


 俺の言葉に、彼女の眉毛がピクリと動く。


「……さぁ時間よ。決めなさい」


 彼女の吐き捨てたその言葉には、確実に悪意と憎悪が滲んでいた。


 まさか、この感じ――手違いなんかじゃない?

 よくよく考えたらおかしいよな。たかが体育祭なのに選手名簿に載ってないと出場できないなんてことあるか?

 立候補していない人間を間違えてリストに載せるなんてこと、あるか?

 選手名簿を改ざんした? なんのために? 俺を貶めるため? ……なんで?

 いろいろな考えが頭の中でぐるぐると回る。

 だが今は結論を出す時間も余裕も情報も無い。

 ならば。


「分かった」


 ほとんど初対面の彼女たちが俺にどんな恨みを抱いているのかは知らないが、こいつらの思い通りにはさせない。

 どうせ死ぬなら……いや、死なない。

 死装束がセーラー服なんてまっぴらだし、女子校で男塗れになって死ぬなんて論外だ。

 生きて、この地獄を切り抜けて見せる。


「騎馬戦、出場します」


 やってやる。見せてやるよ。

 女装男子の戦い方ってやつをな!




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