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26、副生徒会長三峰アヤメの悪巧み





 気に入らない。

 あの子が現れてから、生徒会長はおかしくなった。


「うわぁ、見て。本当にプールできてる」

「あれって新任体育教師クンが建てたんだって。なぁんか浅ましいよねぇ?」

「それでその、会長。なんでこんなとこに……?」


 犬に乗り、ズンズン山を登っていく会長を追いかける。

 その背中に声をかけると、彼女は相変わらず愛想というものの欠片も感じられない無機質な声で言う。


「着いてきてなんて、頼んでないんだけれど」


 彼女の冷たい態度は昔からだ。

 それでも、以前はもっと私たちを見てくれていた。


『あなたは他の生徒たちとは違う』


 肥大した下心を胸に女装までして女子高へ入学。

 しかしクラスメイトは同じ考えの浅ましい女装男子ばかり。

 極限の状況下で美少女にそんな甘い言葉をかけられれば、誰だって骨抜きにされてしまう。そうやって会長の犬になった男を、俺は何人も見てきた。


 犬と生徒会メンバーの差は、単に女装のクオリティの差。

 確かに俺たちの女装クオリティは、その辺の生徒たちに比べればかなり高い。


 女子校に入学したのに周りはギラギラした男ばかり。

 女生徒は自分だけ――会長の苦労と孤独がどれほどのものか、俺などには想像することもできない。

 少しでも女性っぽい生徒をそばに置きたいというのは当然の欲求だ。

 俺たちも彼女の心の隙間を埋められるよう、努力を惜しまなかった。


 だが、とはいっても俺たちは男だ。

 夕方になればうっすら髭が生えてくるし、腕は筋張っているし、薄着になれば広い肩幅も誤魔化せない。


 本物には勝てるわけないんだ。

 それでも。


「……私たちはいつだって生徒会長のおそばにいたいんです」


 今更彼女のそばを離れることはできない。

 だから俺たちは付いていくしかないのだ。それがどんなに険しい山道だったとしても。


「おっ、授業やってますねぇ」

「みんなちゃんと水着着てるんだ……あっ、あれが噂のサラちゃんですかね?」


 キャッキャと呑気な声を上げる一ノ瀬と二宮。

 ここからだと、遠くはあるもののプールの全体が見渡せる。

 生徒会長は犬が差し出すオペラグラスを受け取り、切れ長の目にそれを当てた。


「……なんてこと。可哀想に」


 そう呟いてオペラグラスを下す委員長。

 その眉は不快そうに顰められ、目には嫌悪の色が浮かんでいた。


「水着で泳ぐことを強制させるなんて、いかにも教師らしい前時代的な発想ね。厳重に抗議させてもらいましょう」


 ……やっぱり。

 吸血鬼のごとく日焼けを嫌う彼女がわざわざ山に行くなんて言うからおかしいと思ったが、やはり柏木沙羅のためだったか。


 柏木沙羅と出会って以来、委員長はなにかと彼女を気にかけているみたいだ。

 本物の女子高生が現れた今、偽物は用無しというわけである。


 柏木沙羅には、勝てない。そんなことは分かってる。

 だって、あんなに可愛いんだ。男も女も夢中になるのが当然というもの。

 現に、俺を除く二人――一ノ瀬と二宮もすっかり柏木沙羅のファンだ。


 だが、俺はそう簡単に自分の心を変えることができない。

 俺が愛しているのは生徒会長ただ一人。

 たとえ対象が女子だったとしても、愛する会長の視線が他の生徒に向けられているなんて我慢ができない。


 気に入らない……気に入らない!

 どうにかできないのか。もう胸が張り裂けそうだ。

 勝てないなら、努力ではどうにもならないなら――彼女の方をどうにかするしかない。


 でも、どうやって?


「みっちゃん、なにボーっとしてんの。置いてかれるよ」

「あっ……」


 気付くと、すでに会長は犬に乗って険しい山道を降りていくところであった。

 っていうかあの犬の人すげぇな、どんな体力してんだよ……

 なんて考えている場合ではない。


 もう授業も終盤に近付いているらしい。

 先ほどまでプールで泳いでいた生徒たちは吸い込まれるように更衣室へ入っていき、プールには教師だけが寂しく残されている。


「ちょっと待って」


 会長を追って一歩踏み出す。その足が何かを蹴飛ばしたのを感じ、俺は視線を足元に向ける。

 日の光を受けてきらりと光るオペラグラス。生徒会長が落としていったんだな。

 会長に届けてあげねば。俺はそれを素早く拾う。


「……ん?」


 もう一度、何気なしに視線を向けたプールサイド。

 俺はその違和感に首を傾げる。今、あの新任の体育教師が更衣室に入っていったような。


 いや、それはおかしい。

 まだ生徒たちが更衣室に入って間もない。女性教師ならともかく、奴は(公式に)男だぞ。

 それに人影が入っていくのが見えたのは生徒たちが入っていった正規の入り口とは逆だった。


 見間違えか?

 一瞬のことだったから、その可能性は十二分にある。

 もし、見間違えじゃなかったら――


 俺は恐る恐る、オペラグラスをのぞき込む。

 しばらくそうしていると――出てきた。

 正規の出入り口とは反対側。草むらに覆われた更衣室の裏から、壁を剥がすようにして体育教師が出てきたのだ。


「……マジかよ」


 思わずため息が漏れる。

 このプールを建てたのがアイツなら、更衣室を建てたのもアイツだろう。

 まさか、わざわざ覗き用の通路でも作っていたのか?


 気持ち悪い。

 とんだ教師が赴任してきたものだ。


 生徒会として、このことはすぐ学校側に報告せねば。

 あの更衣室を調べれば証拠はすぐ……


 いや、待てよ。

 新米とはいえ、教師が持つ権力は我々生徒の持つそれなど足元にも及ばない。

 そんな教師の弱みを握って、意のままに操れるとしたら。


「ふふ……ふふふふ」


 光が見えてきた。

 柏木沙羅、お前の時代はもう終わりだ。


 君に恨みはないが――消えてもらう。




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