20、風紀委員長北条すみれは弱者である
「そのへんに置いときなさい。食べたい人は食べてもいいわ」
紫の腕章をつけた僕の部下たちが、風紀委員室に大量のサラダを運び込む。まるで餌を運ぶ働きアリだ。
学校中のサラダを買い占めるなんていう下らない仕事を、彼らは文句も言わず黙々と進めている。
世界はいつだってそうだ。強い者の言葉に、弱い者は従うしかない。
この学校において、強さとは美しさ。
……柏木沙羅は危険だ。
このままでは、きっとまた悲劇が繰り返される。
馬鹿なことをやってるって、自分でもわかってる。
だが、これは必要なことなのだ。
とはいえ、それを本人の前で力説できるほど、僕は強いハートを持っていない。
「あんたたち、よくもサラダを……!」
柏木沙羅……まさか乗り込んでくるとは。
彼女の横には妙に化粧の濃い、ガラの悪そうな男。この前、鬼神のごとき活躍で柏木沙羅を奪還した生徒だ。
――ほら見ろ。入学からまだ数か月しかたっていないのに、もう自分の配下を従えている。
危険だ、やっぱり危険だ。
早く彼女を排除しなくては。
……どうやって?
「そんなとこにいないで、出てきなさいよ委員長!」
可愛い顔で凄む柏木沙羅を、僕は椅子の後ろから覗き見ることしかできない。
可愛い、可愛い、怖い、怖い。
やめろ、僕の心をかき乱すな。
「なんでこんな嫌がらせをするの!? 私が一体なにをしたっていうの?」
イラついたように声を上げる柏木沙羅。
「これから」
「は?」
「これから、だ。今はなにをするつもりがないとしても、力を持つ者は必ずそれを使いたくなってしまう。たとえ本当に力を使わないと誓ったとしても、周りの人間がそうさせないんだ。絶対に」
「……何言ってんだ?」
妙に化粧の濃い男は、そう呟きながら怪訝な表情で首をかしげる。
一方、柏木沙羅は。
「…………」
意味が分かっているのか、それとも訳の分からない話を突然されて唖然としているのか。口を一文字に結び、大きな目で俺をジッと見つめる。
その視線に耐えられず、僕はまた椅子の背中に頭を隠す。
「分かった」
椅子の向こうから落ち着いた声がする。
そして今度は、椅子の“上”から声がした。
「教えて、あなたのトラウマ。なにがあなたをそうさせてしまったのか」
「ひいっ……」
椅子に上り、背もたれに顎を乗せるようにして俺をのぞき込む柏木沙羅。
その可愛さに、俺は尻もちをついてただただ彼女を見上げる事しかできない。
ああ、やっぱり僕は弱者だ。
僕がいくら宝石みたいな色のアイシャドーを乗せたところで、髪を巻いたところで、綺麗なリボンで着飾ったところで彼女の――本物の女子高生の美しさの足元にも及ばない。
絶対的な力の前で、人はなんと無力なことか。
蹂躙されるほかないのだ。
僕も、アイツみたいに。
「……分かった。見せてあげる」
その圧倒的な“力”を跳ね除けることなど、弱い僕にできるはずもない。
それに……僕は彼女の力に魅せられると共に、彼女に興味がわいてきてしまったみたいだ。
「着いてきて」
憐れみか、嘲笑か、嫌悪か。
アイツを見たら、彼女は一体どんな顔をするのだろう。
アイツは同じ中学の同級生で――いいや、もっとずっと前からの友人だった。幼馴染ってやつだ。
放課後はいつもそいつとつるんで、馬鹿なことをたくさんやった。
そんな僕らも中三になると進路を考えなきゃならなくなる。でも、そんな将来にかかわる真面目な選択をしなければいけない場面でも、僕らは馬鹿をした。
その当時ハマっていた漫画――女装した男が女子高に入学するというエロ漫画に影響され、僕たちは共に女子高を目指し、そして見事合格、入学を果たしてしまったのだ。
問題は、共に入学した生徒たちも僕たちと同じ女装した男だったこと。
そしてさらに問題だったのは、その中に極々少数の“本物”が混じっていたこと。
本物はその圧倒的な力で、僕ら純情男子の心を奪い、蹂躙していった。
僕の幼馴染もその毒牙にかかって、今や人間ですらない。
「紹介するわね」
扉に手をかけ、柏木沙羅に視線を向ける。……いや、違うか。僕は扉の向こうの変わってしまった幼馴染から視線をそらしたのかもしれない。
一思いに、生徒会室の扉を開ける。
そこにいたのは、圧倒的な力に押しつぶされて恍惚の表情を浮かべる無様な男。
「これが私の幼馴染兼、生徒会長の犬兼、椅子。鵜飼さんよ」
「……ッ!?」
柏木沙羅は口元を押さえ、その大きな目を見開く。
だが彼女が視線を向けているのは僕の幼馴染ではなく、その横で這いつくばって生徒会長に足を乗せられている男。
柏木沙羅は彼を見下ろしながら、呆然と声を上げる。
「鮫島……さん……」