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19、柏木沙羅を兵糧攻め




「大丈夫だった? 変なことされなかった? お腹空いてない? 焼きそばパン食べる? コンビニのだけど……」

「や、お腹はいっぱいだから大丈夫。それよりそのパンツは」


 恐る恐る尋ねると、彼はギョッとした顔で自分の手の中のパンツに目をやり、慌てたように背中に隠す。


「大丈夫、サラはなにも心配しなくて良い。これは私が処分しておくから」


 何も大丈夫じゃねぇよ。

 誰の許可とって俺のパンツ処分しようとしてんだよ。


「……で、どうして私の場所が分かったの?」

「サラの部屋に忍び込んでた不届き者を絞り上げたの。簡単にゲロったわよ」

「ああ、だから……」


 俺はゴミ箱に目をやる。

 丸まったティッシュに鮮やかな血が染み込んでいる。

 恐らく俺の私物を取りに行った風紀委員のヤツだろう。

 運の悪いヤツもいたものだ。くわばらくわばら。


「でもまだ油断はならない。学内で拉致までしてきた奴らだからね。拉致の理由だっていまいち良く分からないし、いつまたサラに手を出すか……」


 拉致の理由――

 確かに未だ謎だ。


 風紀委員長が男なら、奴は可愛い女の子に囲まれたくてこの学校に入学したんじゃないのか。

 なのにどうして俺を太らせようとする?

 ……高校に入ってから、奴の心境に変化が起きたのか。

 とすると――


「だ、大丈夫だよサラ! 私が守ってあげるから」

「え? ああ、うん……ありがとう」


 俺が怯えていると思ったのか、勇ましい言葉で励ましてくれるカズちゃん。



 だが、俺はまだまだ風紀委員を見くびっていた。

 奴らの力は個人が太刀打ちできるレベルではないということを、俺はすぐ知ることとなった。


「……なに、これ」


 壁に手をつき、膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪える。

 目の前に広がるのは、すっからかんになった商品棚。サラダもサラダチキンも忽然と姿を消し、冷やすべき商品を失った冷気だけが俺の頬を撫でる。


「な、なんで? なんで購買にもコンビニにもサラダがないの? 雨不足で野菜が取れないの?」

「ああ、なんか紫の腕章つけた子たちがみーんな買ってっちゃってね。いつもサラダなんて余って廃棄になることが多いのに、急にはやり始めたのかね?」


 店員のおばちゃんはそう言って笑うが、俺にとってその言葉は死刑宣告にも等しい。


 サラダが、俺の主食のサラダが、ない?

 じゃあ俺は、一体これからなにを食えば――


「サラダがないなら肉を食べればいいじゃない」

「ひっ!?」


 店内の生徒が、みんな俺を見ている。

 どうして気付かなかったのか。彼らの腕には紫の腕章が。


「ここはコンビニだよぉ? サラダ以外にも色んな商品がある。別にサラダにこだわる必要はないよねぇ?」

「ほらほら、これなんてすっごく美味しそうだよぉ?」


 そう言って、彼らは俺の買い物カゴにどんどん商品をぶち込んでいく。

 超絶スタミナ焼肉弁当、にんにくと油のボリューミーカップ麺、二倍盛りミートミートパスタ、それから、それから――


「やめてぇっ!」


 どんどん重くなっていくカゴを捨て、俺は転がるようにコンビニから逃げ出す。


「あはは、待ってよ柏木さぁん」

「一緒に激盛りニンニクラーメン食べてお腹壊そ?」

「奢ってあげるよ」

「いっぱい食べる君が好き」


 紫の腕章の男たちは近すぎず遠すぎない微妙な距離を保ちながら俺に高カロリー商品を勧めてくる。

 俺は彼らから逃げるように、必死に足を動かす。


 サラダが買い占められた?

 んなアホなことがあってたまるか!


 あるはずだ。この学校にも、まだサラダが、どこかにあるはず。

 手繰れ、記憶を。

 どこかにないか、サラダ、どこかに――


「……そうだ!」


 記憶の断片をつなぎ合わせ、俺は一筋の希望を手繰り寄せた。


 食堂で提供される日替わりメニュー。

 確か、今日の日替わりBセットは。


「サラダうどんください!」


 俺は食堂に駆け込み、日替わりBセットの食券を差しだす。

 うどんなんて糖質の塊、決して食べるまいとスルーしていた。だがサラダが食べられるならこの際うどんが混入していようと構わない。


「あっ、サラ。結局コンビニで買わなかったの?」


 サラダうどん待ちの列に並んでいると、カズちゃんから声がかかった。

 彼はすぐそばのテーブルで丼に入ったうどんを啜っている。


「色々あってね……」

「ふうん。でもかえって良かったよ。今日のBセットすごい美味しいから!」

「へ? カズちゃんのソレ、Bセット?」


 野獣のごとく肉やらフライやらを食らうカズちゃんにしては珍しいチョイスだ。

 しかし彼の食べている丼に乗っているのは僅かばかりのネギとベーコン、そして妙にテカテカした大量の麺。

 その丼の中から、俺はサラダのサの字も見つけることができなかった。


「サラダうどん、なの? それ?」

「サラダうどん? ……ははは、まぁ間違ってはないけど、ちょっと足りないかな」

「足りない?」

「うん」


 カズちゃんはテカテカ光る麺を持ち上げ、満面の笑みを浮かべる。

 ほぼ同時に、食堂のおばちゃんが大きな丼をカウンターに上げる。ひとつまみのネギと、卵黄と、ベーコンと大量のうどん。

 やはりこの丼に“サラダ”要素は見当たらない。


 だが、もしサラダうどんの“サラダ”が俺の思い描いているサラダではないとしたら。

 丼の底に溜まっている黄ばんだ液体。まさか、これは。

 背筋を冷たい汗が流れるのを感じる。


「今日のBセットはね――」

「お待ちどうさま、今日のBセットの――」


 合図したわけでもないのに、おばちゃんとカズちゃんの声が重なる。


「サラダ油うどんだよ」


 ピタリと揃った二人の声により、俺の前に降りてきたかに思えた蜘蛛の糸はプツンと切れた。

 同時に、俺の中の何かも音を立てて切れる。


「ふふ……うふふふふ」


 もういいじゃないか。そんな声がどこからか聞こえてくる。

 どんなに着飾っても、俺は食べ盛りの男子高校生。とんかつ弁当やニンニクたっぷりのカップ麺を食べるのが自然の摂理というもの。

 そうだ、もう楽になってしまえばいい。

 いっそ奴らの思惑通り豚になれば、今よりずっと平穏な生活が送れるかも――


「おいサラ! しっかりしろ」


 心配そうな表情で俺をのぞき込むカズちゃんと目が合う。


「どうしたんだよ、体調悪いの? 保健室行く?」

「違う、違うの……サラダが、サラダが……」

「サ、サラダ?」


 カズちゃんは怪訝な表情で首をかしげる。

 その時だった。


「ねぇ柏木さん、サラダ探してるの?」


 お盆を手にした鮫島さんが、俺にそう声をかける。彼はさらにこう続けた。


「サラダなら風紀委員の子たちがどこかに運んでたよ。多分、風紀委員室だと思う。交渉すれば一個くらい譲ってくれるんじゃないかな」

「風紀委員室……そうか」


 風紀委員の姿は何度も見かけたが、彼らがサラダを食べているところは一度も見ていない。

 とすると、買い占めたサラダをどこかに保管しているはず。

 交渉なんて生ぬるい事で風紀委員がサラダを渡すとは思えないが、やられっぱなしでは気が済まない。


「カズちゃん……行こう、風紀委員室へ」

「えっ? ちょ、ちょっと待って、あと一口だから!」

「教えてくれてありがとう、鮫島さん」

「う、うん。頑張って」


 俺は鮫島さんに見送られながら足早に食堂を後にする。


 俺からサラダを奪ったことを、やつらはきっと後悔することになるだろう。

 あの風紀委員長の糞童貞に一泡吹かせてやるぜ。


 ……俺も童貞だけど。




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