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18、柏木沙羅のプリズンブレイク




「あのう、メニューは選ばせてくれないんですかね」


 肉野菜炒め丼とは名ばかりの、丼に乗った豚肉の山を見ながらため息をつく。野菜なんて一体どこにあるというのか。


「ダメだ。これは委員長命令なの。好き嫌いしてたら大きくなれないわよ」

「足りなければ、カップ麺もあるぞ。夜食にポテチやアイスも用意してる」


 変なとこ厳しくて、変なとこ甘いなこいつらは。


 まぁでも、食事は出してくれるし授業も受けさせてくれるし、一応人間らしい生活を送らせる気はあるみたいだ。

 生活に必要なものも取りに行ってくれるって言ってたし。俺、枕変わると寝れねぇから良かった。

 だが人を入れるなんて考えてなかったから、部屋片づけてなかったな。


 ……あれ、待てよ。

 そういえばトランクス洗濯籠に入れっぱなしじゃなかったか?


 もちろん普段は女装用パンツだが、俺だって寝るときとか休みの日くらいは男物のパンツ履きたい。

 ヤバイかな……いや、さすがに見ないよなそんなとこ。

 しかしこうも一日中監視される生活を送っていたら、いつかボロが出てしまう可能性だってある。

 もしバレたら――


『お前も男だったのか!』

『あああ、唯一の希望がぁ』

『よくも騙してくれたな』

『もうダメだ、死のう』

『いいや、この詐欺師を殺せ!』


 ううう、阿鼻叫喚の声が聞こえてくるようだ。

 死人が出ることは覚悟しなくてはならない。最悪殺されるかも。


 早くここを出なくては!


「あのあの、ちょっと部屋を出たいんですけど」

「何言ってんの。そんなの許すはずないでしょう」

「何か欲しいものがあるなら言いなさい。持ってきてあげるから」

「あのう、そうじゃなくて……その、お手洗いに行きたくて」


 人間として当然の欲求を口にすると、彼らは露骨に表情を変えた。


「柏木さんもトイレ行くんだ……」


 行くに決まってんだろ、俺を何だと思ってんだコイツら。


 なぜか奴らの失望を一心に受けながら、ひとまず俺は部屋を出ることができた。

 問題は、ここからどうするかだ。

 個室の中で俺は頭を抱える。


「うーん……」


 なんとしてでもひり出さなければ。

 この窮地を切り抜けるアイデアを。ひり出さなければ。


「うーん、うーん……」

「あ、柏木さん、その、俺……じゃなくてあの、私、外出てるから。あの、ごゆっくり。それと、えっと、頑張って……」


 見張りの生徒の足音が徐々に遠ざかっていく。

 ……なにやら勘違いされてしまったようだが、嬉しい誤算だ。

 見張りが外へ出てくれたから、多少物音を立てても大丈夫。時間にも余裕ができた。


 さて、あとはここから出る手段を講じるだけだ。


 こういう時、映画とかだとダクトを通って外へ出たりするよな。

 俺は立ち上がり、天を仰ぐ。


 ……ダメだ、小さすぎる。子供でもこんなとこ通れない。


 あーあ。どうして人生って映画とか漫画みたいに上手くいかないんだろうなぁ。

 まぁ俺もトム・クルーズ的な身体能力ないし、お互い様か。

 ハリウッド映画の主人公並みの身体能力があれば、あんなやつら……


「ヒエッ!?」


 俺は悲鳴をなんとか噛み殺す。

 ふいに視線を向けた窓に、人の顔が浮かんでいたからだ。


 なに? なに?

 俺が憧れてんのはラブコメとかアクションとかラブコメとかラブコメとかなんだけど。

 間違ってもホラー映画じゃないんだけど!!


「……沙羅……柏木沙羅……!」

「ひいいっ、イワコデジマイワコデジマ!」

「柏木沙羅、私だ」

「弱気退さ……え? 不動さん?」


 俺は恐る恐る窓を開ける。

 窓から顔を出す、口紅をべったり付けた強面の男。

 纏っているのはセーラー服、ここは四階の女子トイレ。

 ……うん、十二分にホラーだ。サイコホラーだ。


「大丈夫だったか? 助けに来た」

「あの、どうしてここが?」

「いつだって君の場所はお見通しだよ」


 なに……? 怖い……ストーカー?


「まぁでも、さすがに今回は大変だった。鮫島が教えてくれなかったらここまでは辿り着けなかったよ」

「鮫島さんが?」

「ここに連れ込まれるとこ見たって。忍び込むための経路も教えてくれた」


 雄っパブ教室の件といい、なんでも知ってるなアイツ。


「時間がない。とにかく、ここから逃げよう」

「逃げるったって……窓から?」

「もちろん」


 平然と無茶言うなよぉ。

 こっちは女装のために体力を犠牲にしてんだよぉ。


「大丈夫、雨どいを伝って隣の教室に移るだけだから」


 大丈夫なもんかよぉ。

 でも確かに、ほかに手立てはない。


 俺は窓を飛び越え、雨どいの上にそっと降り立つ。

 ……すごいスースーする。初めて女装した時のこと思い出すぜ。


「こっちだ。さぁ、早く教室に――」

「どうです、柏木沙羅の様子は」


 今まさに飛び込もうとした教室から聞こえてきた甘い声。俺は息を殺して身をかがめる。


「特に抵抗もせず大人しくしているようです。夕食にはほとんど手を付けなかったようですが」


 紫の腕章の男が、重厚な椅子に座った女子に報告をしている。ふわふわした、可愛らしい雰囲気の少女だ。もしかして彼女が風紀委員長?


「まぁ初日はそんなものでしょう。明日のメニューは?」

「ハイ。朝食は蜂蜜フレンチトーストとバナナミルクとバターのフリット、昼食はマーボーラードと揚げ餃子にごま油のスープ、夕食はにんにく丸揚げに牛脂のアヒージョとマヨチーズピザオリーブオイルがけ。デザートには豚足コラーゲンのゼリーも用意しております。成人女性の平均的な摂取カロリーのおよそ十倍です」

「ふふ……ひと月もすれば柏木沙羅は今の姿を失う。この学校の風紀は守られるわ」


 な、なんて高カロリーなメニューだ。

 まさか、俺を太らせるためにわざわざ監禁してたっていうのか……?

 魔女のばあさんかよ。ヘンゼルになった気分だぜ。


「ねぇ……ねぇ……」

「不動さん、静かにして。バレちゃうよ」

「ごめん……でも、もう……」

「ん? あっ」


 どうやら静かに足を滑らせていたらしい。

 不動さんは排水溝にぶら下がったまま、ミノムシのように静かにしていた。


「不動さん!? しっかりして! っていうかもっと早く助けを求めてよ、なにしてんの」

「い、いや……騒ぐとバレると思って。それに……いや、なんでもない」

「ん? ……あ」


 不動さんの視線を辿り、ゾッとする。

 彼が瞬きもせず凝視していたのは、俺のスカートの中である。

 だが彼を責める時間はなかった。


「もう……手汗が……」


 不動さんは最期にふっと笑い、そして。


「不動さん!」


 俺が伸ばした手を、彼は取らなかった。

 彼はただただ俺のスカートの中だけに視線を向けながら、地面に吸い込まれるように落ちていく。

 そして。


 ガサガサガサガサッ。


 派手な音を立てながら、不動さんは植木の上に着地する。


「あ……生きてる、よね? よ、良かった……」


 と言葉では言ったものの、地面に仰向けになった不動さんの視線が未だ俺のスカートの中に向けられているような気がして、俺はさりげなくスカートを押さえる。

 だが、俺はそんなことをせずさっさと逃げるべきだったのだ。


「おい!」


 何者かが俺の腕を掴み、窓から教室に引きずり込まれる。

 目に飛び込んできたのは、紫色の腕章。


「ひっ!?」

「お前、柏木沙羅……! 委員長、柏木沙羅です! 確保しました」


 マズイ、捕まった!

 しかもよりによって敵の親玉に!


「委員長! 委員長……?」


 あれ、敵の親玉はどこだ。

 俺は俺の腕を掴んだ風紀委員メンバーと共にきょろきょろと教室を見回す。

 

 ……いた。

 重厚な椅子の陰から、大きなリボンが覗いている。


「……なにやってるんです?」


 風紀委員メンバーが声をかけると、大きなリボンがビクリと跳ねた。


「そ、それを……」

「え?」


 椅子の陰から見える垂れ気味の目が俺に向けられる。

 それは完全に怯えの色に染まってしまっていた。


「それを近付けるなぁッ!! ぼ、僕の前から失せろ!」


 ヒステリックに叫ぶ風紀委員長。

 それは俺を恐れているからだ。怖いから、小型犬のようにキャンキャン吠えるのだ。

 だが俺より恐ろしい人間など、この学校には腐るほどいるはず。

 ……いや、違うな。そういう種類の怖さじゃないんだな。


 俺分かっちゃった。

 アイツ童貞だわ。


「なにやってる、早くしろ! さっさと閉じ込めて豚にしろ!」

「そうはさせるかァ……」


 地獄の底から聞こえてくるような声。

 勢いよく扉を開けて教室に入ってきたのは、まさに鬼だった。


「サラ!」

「カズちゃん……! ん?」


 彼が手に持った、見覚えのある赤色の布。

 幻覚かと目をこすってみても、その赤色の布が消えることはなかった。


「……ねぇ、なんでトランクス持ってんの?」




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