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16、柏木沙羅と六畳一間のディストピア




『――そういうわけで、エリート官僚だった李徴は大きすぎるプライドに押しつぶされて虎になってしまったわけですね』


 六畳ほどの畳ばりの部屋に、ややノイズの混じった声が響く。ちゃぶ台の上に乗ったパソコンの画面に映し出されているのは、丁寧な文字の並んだ黒板と国語教師の中島先生。

 学校にいながら映像授業とは、なんとも不思議な感覚である。


 ……で、俺なんで拉致られてんの?


「あのう、なんで私はここに連れてこられたんでしょう」


 素朴な疑問をそのまま口に出す。

 すると扉付近で団子になっていた男たちがビクリと肩を震わせた。彼らは互いに視線を交わらせたあと、落ち着かないように『風紀委員』と書かれた腕章を撫でながら口を開く。


「き、君の存在は学園の風紀を乱すからよ!」

「隔離は当然の処置だわ!」


 妙に上ずった声で彼らが発した言葉を理解するのに、数秒の時を要した。


「……え? 待ってください、私何もしてない」

「何もしてないということが問題ではないの! 全裸の男が“ボクなにもしてないですぅ”などと主張しても、誰も聞く耳を持たないでしょう」

「いや、服着てるし」


 セーラー服だけど。


「そういう事ではない! いいから大人しくしていなさい!」


 なんだよもう、お前らのほうがよっぽど風紀乱してるよ。

 まずその脛毛の渦巻いたみっともない脚をどうにかしろよ。


 なーんて言えないし、逃げだすにしても暴れるにしても三人相手ではちとキツイか。

 ひとまず奴らの指示に従い、監視の目が緩むのを待つしかあるまい。

 そう考え、俺は小さな画面の中で授業を続ける中島先生と向き合う。

 っていうか扉の前で見張ってるあいつらは授業サボってていいのか?


「……おい」

「え?」


 セーラー服を纏った三人の男たちの鋭い視線がこちらへ向けられている事に気付く。


 え?

 なに、怖い。


 待てよ。呑気に考えてたけど、今結構ヤバイ状況なのでは?

 傍から見れば、この部屋にいるのは女子高生と女に飢えた男三人……まぁ実際は女に飢えた男四人なんだけど、多分奴らはそう思っていない。


 俺は右手に持った鉛筆を逆手に持ち替えながら、


「なに」


 と低い声で返事をする。

 このHBの鉛筆一本でどの程度太刀打ちできるかは分からないが、目の一つ二つは潰してみせるぜ。


 だが彼らが次に発したのは、思いもよらない言葉だった。


「室温はどうだ、冷房が効きすぎてはいないか?」

「へ……? あ、うん」

「喉乾いていないか? お茶は?」

「ええと、じゃあノンカフェインやつあります?」


 すると男たちは困ったような表情を浮かべながら三人輪になって会議を始める。


「あるか?」

「すんません、番茶しか」

「えっと……じゃあ私買ってきます」

「ホント? なら爽健美茶で」


 言うと、男は素直に頷いて部屋を出てくる。

 十分ほどして戻ってきた彼が差し出した袋には爽健美茶数本に加えて、ご丁寧に茶菓子まで入っていた。

 なかなか気の利く誘拐犯である。


 クーラーの効いた部屋、自由に茶を飲み、お菓子をつまみながら授業を受ける優越感ときたら!

 これで看守が美少女なら言うことないのだが……



 なんて楽観的に考えていられたのは、せいぜい放課後までであった。



「……ねぇ、流石に暇なんですけど」


 携帯は没収されているし、テレビもなく、パソコンはホームルームの終了と共に撤収された。

 常に娯楽に囲まれ生活してきた現代っ子の俺にとって、過度な暇は毒にすらなり得る。


「なにか暇つぶしはないですか? もう気が狂いそうで」

「ではまたおやつを買って来よう」

「いやいや、もう食べ物は良いです。読み物とかないですか?」

「読み物か……」


 すると彼らはまた三人で輪を作り会議を始める。

 結果、この娯楽ゼロの部屋に一冊の救世主が運び込まれることとなった。

 週刊少年チャンプである。


 最近は受験のための参考書か女装のためのファッション誌ばかり読んでいたが、元来俺は漫画が大好きだ。

 最近色々と落ち着かないことが多い。というか、今も落ち着かない事件の真っただ中なのだが……まぁ、たまには落ち着いて漫画を読むのも良いだろう。

 俺はウキウキでページを捲る。


 が、すぐにその手を止めることとなった。


「……なに、これ」


 黒い。ところどころ、コマが塗りつぶされているように黒いのだ。

 いや、このテカリ……印刷じゃないな。とすると、実際にマジックか何かで一つ一つ丁寧に塗りつぶされているのか?

 塗りつぶされたのは、主人公がヒロインに風魔法を使った直後のコマ、触手型モンスターがヒロインに襲い掛かった直後のコマ、そして主人公がヒロインに向けて腕を突き出しながら石に躓いた直後のコマ。


 ――これ、もしかしてお色気シーンが塗りつぶされてるのか?


 社会主義国家の検閲のような措置が施された漫画を、俺はそっと閉じた。

 嫌な汗が背中を伝うのを感じる。エロにがっついているのも気持ち悪いが、エロを徹底的に排除しているのもそれはそれで気味悪いものを感じる。


 俺は漫画をちゃぶ台の脇に置き、代わりにノートを取り出す。

 今は呑気にマンガなど読んでいる場合ではないしな。宿題でもしよう。


 そう思ってノートと筆記用具を取り出すが、直後に鉛筆の芯が折れていることに気が付いた。

 この部屋にぶち込まれたとき与えられた筆記用具はこの鉛筆と消しゴムのみ。


「あー、誰か鉛筆削り持ってます?」


 看守たちに尋ねると、彼らは困ったように首をかしげる。


「お前持ってる?」

「持ってないわよ、鉛筆削りなんて。鉛筆持ってないし」

「仕方ないわね。じゃあ私のシャーペンを貸すわ」


 一人の看守がそう呟くと、押し入れからスクールバッグを取り出して中から筆箱を取り出す。何本ものペンが入っているであろう黒いエナメルの四角い筆箱は、はち切れんばかりに膨れていた。いかにも男子学生が使っていそうな、色々雑な筆箱だ。チャックには水着姿のアニメキャラクターが描かれたアクリルキーホルダーなどを付けている始末。

 女子高生というのはああいう小物にこそ全力のこだわりを見せる生物だ。

 性別はどうあれ、この学校に入学した以上俺たちは全力で“女子高生”でなくてはならない。あんな筆箱は言語両断、今すぐ焼き払うべき代物である。

 全く、ため息をかみ殺すのが大変だ。


 だが俺がため息を噛み殺している横で、ほか二人の看守が押し殺したような悲鳴を上げた。


「お、おまえ、それ……!」

「重大な風紀法違反だぞ!」

「へ!? あの、いや、これはその……お、お母さんからプレゼントで貰ったから仕方なく」


 どこの世界に水着の女のキーホルダーを息子にプレゼントするお母さんがいると言うのだ。

 ペラペラと隙だらけの言い訳を紡ぎ続ける看守の腕を、他の二人の看守が素早く拘束する。


「言い訳は部屋で聞こう」

「連行だッ!」

「い、いやだ……あの部屋だけは! あの部屋だけはァッ!」


 男の喚き声を、廊下から聞こえてくる何人もの足音が掻き消す。

 やがて彼は扉から伸びる何人もの腕に引きずり込まれ――消えた。


「なんなんですか……一体あの人に何を」


 不気味な静寂に支配された部屋に、俺の震える声が響く。


「すまない、見苦しいものを見せてしまいました」

「そうじゃなくて……!」

「ここは神聖な学び舎。猥褻物の排除は我々の責務ですから」


 やや動揺したように視線を泳がしながらも、彼らは堂々とそんな言葉を口にする。

 ……俺はどうやら、思ったよりヤバいやつらに捕まっているらしい。



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